@社会環境、仕事を通じた矛盾等をさまざまな著名人、犯罪人、芸術家、女優、子供達のインタビューを通じて鋭い視点で「アウトサイド」から見極めたコラム集である。
人間の弱さ、肉体的、心情的、または病的に、法的に 弱味を持った人間はごまんといる。それを承知で強制的、虐待的行為をする人間もまたごまんといる世で弁護士にも「説明できない」事情があると言う内容には目を瞑るしかない。それは、弱者に対する偏見「ならず者」と言われるだけで罪を被せ、その罪も一般以上に重く長く投獄させらる事実があると言うことを。人間社会の矛盾、固定概念から人間が人間を裁く社会を見過ごしてはならないこともあると言う事を。
『アウトサイド』マルグリット・デュラス
デュラスのパリ、愛の事件簿。情熱と知のエクリチュール。
「愛人が男の妻を殺すとき」
男は性的偏執狂となり愛人を夢中にさせ逆らう事を一切させなかった。人は愛に狂うと善悪の見境ができなくなる。
「ならず者」
ムショ経験をしたものは自分を破滅したものとみなす。負傷者も死者も出さなかった犯罪者は検事によって刑罰が下され「ならず者」扱いされる。警察官への暴力行為は通常3~4年の刑期だが、「ならず者」というだけで5年間、その後も強情だと言うことで6年間独房入りさせられた。司法官と弁護士が刑法をよく知らないことでムショで猛勉強模した犯罪者だ。一番恐れるのは「精神科医」の判断で独房の6年だった。それに刑務所での扱い「看守」の管理は「ならず者」に対しては規則はない。ムショでの労働は奴隷扱いされ、低賃金で多くの賃金を搾取された。ムショにいることで痛感したことは「率直に語ることの危険」を感じ、いつも危険な人物だとみなされたこと。(世間に対して刑務所の事情が暴露される恐怖)
「盗みか死か」(小説家:メドレーヌ・アラン)
窃盗容疑で40回も逮捕された71歳の老女。老女の言葉「放っておいてください。私はコツを心得ていますから」が口癖で、生きる術はこれしかないと悟っていた。
「二つの家庭を持つ男」
夫50歳の妻は末期の癌を抱え、商売は傾きかけて三人まで、もう一人の無職の愛人、まではなんとか生活できた。だが、次第に看病に時間と費用がかかり、商売も諦め家財等を売りその看病と生活費に当てた。やがて妻を人里離れた田舎に連れて行く。さらに生活が苦しくなり何もかも売り捌き、遂には妻を殺害、愛人と暮らすが長続きせず、愛人も殺害し生きる屍となった。
「ジャンヌ・モローの静かな日常」(フランスの女優)
俳優とは「見られるために作られたもの」自分を隠し演技に熱中する。そのスクリーンの姿に愛こがれて現れる男が現れるが本当の自分の姿と男の愛情は違うと感じた。だが、恋愛は激しく孤独を嫌った。
「メリナ・メルクーリの思想」(ギリシャの女優)
彼女は「私の最大の誇りは何も所有しないこと」と言う。でも「海を、愛を喜びをそしてまた純粋な絶望を所有する事」だと言う。絶望の中に狂恋の失楽園を夢見た。
「マーゴ・フォンティンの挑戦」(イギリスのバレリーナ)
彼女は「閉じ込められた世界から快適さを求めて旅に出たい、人の受け売りを絶対に言わない」と悲劇にあった夫(身体不随)を抱えると、仕事のための集中力と不幸に堪える事を知った。
「99%ボツの原稿」
文学部門の編集主任との会話から「出版されるのは1%、99%は作者に戻される。文学が3分の一を占め、投稿の多くは退職者、その次が公務員、一般的なロマンと人生はが多い。
「小さな人たち」
小学1年生の先生。学校では生徒の性格等がどんな家庭なのか、どんな両親かのか等も読めと言う。さまざまな質問にいかに答えるのかでも生徒それぞれの特徴が伺える。