落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第42話 サラが祇園にやって来る。

2014-11-20 11:00:29 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第42話 サラが祇園にやって来る。




 意外なほどあっけなく佳つ乃(かつの)は、妹の話を受け入れた。
「お引き受けいたします」そう答えた佳つ乃(かつの)の顔に、迷いはなかった。
同席していた理事長のほうが、逆に恐縮の表情を見せた。


 「そやけど髪は栗色や。目は父親譲りの薄いブルーやで。
 おまけに身長は170センチの、大女や。
 日本語の会話は片言や。
 レディファーストが当たり前の国で育った女の子や。
 面倒見るのは、生半可なことでは済まないで。ええのか、本当に。
 嘘やないやろな」

 「ウチの可愛い妹になるんやろ。ウチが辛抱すればええことどす。
 心配あらへん。ウチがすべて面倒みますさかい、安心しておくれやす」



 ニコリと笑ってみせる佳つ乃(かつの)の様子に、おおきに財団の理事長が
内心で、ほっと、安堵の胸をなでおろす。
難航すると思われた佳つ乃(かつの)の説得は、短時間で終了した。
同席をした置屋の女将も、バー「S」の老オーナーも、意外すぎる展開に、
思わず拍子抜けをする。
手放しで単純に喜んでいるのは、理事長だけだ。


(やれやれ。これで一安心がでけるというもんだ。よかった、よかった、)
額の脂汗をぬぐい落とした理事長が、カウンターの隅へ似顔絵師を呼びつける。


 (恩にきるでぇ。お前さんの下話のおかげや。これで万事がうまく進みそうや。
 これ、少ないが今日のデート代の足しにしてや)



 成功報酬のつもりだろうか。理事長が白い封筒を似顔絵師に押し付ける。
「僕は別に、そんなつもりで口添えしたのでは・・・」と戸惑う似顔絵師の肩を、
上機嫌の理事長がポンポンとたたく。
(最近は人目を避けて、梅田の町でデートを重ねているんやて。ええなぁ若いもんは。
サラが祇園へ住み込むと、佳つ乃(かつの)も何かと忙しくなる。
今日は忙しくなる前の束の間の休息や。もうええから、2人でどこかへ行っといで)
ポンポンともう一度、路上似顔絵師の肩を叩いた理事長が、底抜けの笑顔で
カウンターの隅から立ち去っていく。


 「ワシらも久しぶりに飲みに行こうか」と理事長が、女将の勝乃に声をかける。
「あらまぁ、理事長はんのおごりとは珍しい。大賛成どすなぁ、行きまひょ」
すかさず勝乃が、嬉しそうな反応を見せる。


 「鞍馬がええわ。 夏の末から初秋の今は、落ち鮎の季節どす。
 アユと言えば夏に味わう魚というイメージが強いおすけど、
 本当に美味しいのは、落ちアユや。
 卵を抱えた子持ちのアユは、絶品どすからなぁ」


 「いいねぇ、落ちアユか。
 貴船川沿いに、湯豆腐と鮎料理の料亭が軒をつらねとる。
 話は即決で片付いた。
 いつまでも若い2人の邪魔をしていては、無粋すぎるというものだ。
 ワシら大人は、貴舟で、落ち鮎三昧としゃれ込むか」


 バー「S」の老オーナーも、嬉しそうに席を立つ。
慌ただしく立ち上がった3人は、佳つ乃(かつの)と路上似顔絵師を
店内に残したまま、ドヤドヤと先を争って階段を駆け降りていく。
街路樹の並ぶ路上に、先ほどから理事長のベンツが停まったままになっている。
エンジンをかけたまま、運転手がじっと待機している様子から察すると、
佳つ乃(かつの)の説得がうまくいった場合、最初から鞍馬で
祝杯を挙げる予定だったようだ。



 「いいんですか。帰国子女を、簡単に2つ返事で引き受けちゃって。
 あとでたっぷり、後悔することになりませんか?」


 
 「後で後悔するくらいなら、最初から引き受けません。
 ウチなぁ。今年は貧乏くじを引きっぱなしどす。
 7年間も面倒を見た清乃は、新しい生き方を求めて、夏と一緒に祇園を去った。
 ウチの心に気が付いたら、ぽっかりと大きな穴が開いてしもうた。
 悲しみと淋しさが、ウチの平常心を狂わせているんや。
 本間言うたら、ヤケになっているのかもしれへん。
 気が付いたらいつの間にか、実力の知れん、訳の分かれへん絵描きをひらうし、
 挙句の果てには、薄いブルーの目をした帰国子女の面倒見る気にもなった。
 別に、心境が変化したわけや、あらへんで。
 いわれるままに、はい。わかりましたいうんが、いまの本心や。
 全部引き受けて、重荷を背負って歩いてみろと言う神様からの試練やな。
 好き好んであんたを拾ったくせに、いまさら変な絵描きなどと
 悪態を言うのは、あんたに失礼過ぎますねぇ。
 怒らんといてな。ちょいとだけ、ウチの口が滑っただけや」



 「ウチ等も行こか」と佳つ乃(かつの)が路上似顔絵師の腕を取る。
腰に手を回すと不機嫌な顔を見せるが、手をつなぐことは本人的にOKらしい。
階段を降りた佳つ乃(かつの)は、通りかかったタクシーを素早く拾う。
乗り込んだ瞬間、佳つ乃(かつの)が、「嵐山電鉄の、嵐山駅まで行って」と
運転手に行先を告げる。

 

第43話につづく

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