落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第31話 

2013-04-07 06:20:43 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第31話 
「梅とキンモクセイ」




 水道山公園の展望台からは、
桐生の市街地のほぼ全域を見下ろすことが出来ます。
足元の山麓からは、青い瓦の民家の屋根が幾重にも連なりはじめていきます。
第二次世界大戦の戦火を受けず、昭和初期の建物が無傷のままに残った桐生市では、
圧倒的に低い日本家屋の建物たちが、市街地をどこまでも密集しています。
中心部に突出をしてひと塊りに見えている本町通りの商店街にも、
5階建て以上のビルは見当たりません。
例外的に、JR両毛線の高架に伴って再開発をされた高層マンションのみが、
ポツンとひとつだけ突出をして目立つのが、唯一の高層建築です。


 俊彦が住む、(市内北寄りの)本町1丁目と2丁目の一帯には
全部で450軒あまりの民家と工場、町屋や商家などが密集をしています。
大半が戦前からの建物で、古いもの中には、大正や明治時代に建てられたという
希少な蔵や織物工場なども含まれています。
夜景として見降ろしたときに、どこかにほのぼのとした雰囲気が漂っているのは
そうした古くからの建物たちが醸し出す、桐生独特の街並みによって
生じてくるのかもしれません。


 「そうよねぇ・・・・
 ほとんどが私が育った、30数年前と同じ景色のままだもの。
 桐生は、時間が止まったままの町だわね。
 あそこに見える赤レンガの織物工場の辺りと、天満宮の周辺で
 小学生時代の大半の時代を過ごした。
 この水道山公園と、足元に見えるあの吾妻公園で私は、
 中学生の大半の時間を過ごしたわ。
 どうりで、いくら見ても飽きも来ないし、
 懐かしさも、そのままのはずだわね」
 


 展望台の手すりに身体を預けたまま、清子が懐かしそうに市街地を眺めています。
服のポケットをあちこち探しながら煙草を見つけていた俊彦が、
しばらくしてから、あっと気がつきます。
(そうか・・・・借りものだった、こいつは。)
たしかにそれは、清子に言われて着用したばかりのジョギングウエアです。


 「やっぱり忘れたんでしょ。あなた。
 うふふふ。そういうところだけは、いつまでたっても変わりませんね。
 そんな事だろうと思って、予備を私が持ってきました」

 清子が自分のポケットから、新品の煙草とライターを取り出します。
「流石だね。君は」受け取った俊彦が、一本目の煙草に火をつけると旨そうに、
ゆっくりと煙を吐き出しています。



 「ねぇ・・・・ひとつ聞いてもいいかしら。
 あなたは、もう、自分の口から白状をしたの。響へ。 
 実は俺が、お前の本当の父親だって」

 「言えない。いまさら。
 まだ正直、どうしたものかと面食らったままだ。
 チャンスが無いと言うか、言い出すためのきっかけがどうにも俺にはつかめない。
 なんだか、ず~とこのままでも良いような気もしてきた」


 「ねぇ・・・・もうひとつだけ、聞いてもいいかしら。
 初めて私の響を見た時に、あなたは一体どんな風に感じたの。
 遠慮しないではっきりと、言って頂戴。
 実はねぇ・・・・響が家出をした時に、漠然とだけど
 あの娘は、きっとあなたの目の前にあらわれるという予感がしていました。
 あの娘は、いまだに家出の本当の理由を言わないけれど、
 たぶん、父親に会いたくて動き始めたというのが、本音だと思います。
 一度も『父親に会いたい』と言ったことなどは無いままに、
 あの子は、24歳まで育ってきたの。
 父親の事を一切知らずに、お嫁に行くものとすっかり決めつけていた、
 私が、やっぱりあさはかでした。
 やっぱり、父親に逢いたいという気持ちを、ずっと持ち続けていたんだと、
 私は、あらためて思い知らされました」



 「いい子だと直感したのは、確かだ。
 なぜか素通りができずに、当然のなりゆきのように手助けに入っちまった。
 気が付いたら、なんだかんだとお節介をやいているし、
 ごく自然に、面倒をみる羽目になっちまった。
 どこかに何やら、不思議な縁でもあるのかなと、最初はそう思ったし、
 もしかしたら、この子が君の娘かもしれないという、
 直感的なひらめきも、確かに感じた」



 「それが親子の、因果というものなのかしら?
 それにしても、出会うべくして出会ったような父娘のめぐり合いぶりです。
 もう私には、この先で、何ひとつ止めることは出来ません。
 それで、どうしたいのかしら、この先あなたは」

 「おおいに、まずは、動転をした。
 君に、響という娘が居て、それが自分の娘だと知った時は、実に衝撃だった。
 だが、時間が経つにつれて、君にも響にも、感謝の気持ちが増してきた・・・・
 もうこの先は、一人っきりの人生だとばかりに覚悟を決めていたが、
 思いがけなく、家族が出来た。
 いや、君とは他人のままだから、娘が出来たというべきか。
 だが俺と君との間に、俺が全く知らなかった24年と言う月日が横たわっていることに
 おおいに驚いたが、それ以上に、君には大変な苦労をさせてしまったようだ。
 大変だったろう。 芸者の身で、子供を育て上げるということは。
 しかも、24年間もの時間をかけて・・・・
 尋常な生き方ではなかったはずだと、あらためて痛感をしている」


 「どうってことはありません。
 何度かは辛いと思ったことも、確かにありました。
 でもそれ以上に、人様からもらう情けの嬉しさや、
 あの子の可愛いい笑顔に、かえって私の方が、何度も助けられました。
 たぶんあの子は、私が父親のことについて一切口にしてこなかったために、
 自分も絶対に口にしないと、あえて心に決めていたのだと思います。
 私の過ちが、あの子をそのようにして育ててしまいました。
 そりゃあ、やっぱり・・・・
 あの子だって、父親に会いたくなる時期がどこかでやってきます。
 すこしも不思議な話では無いと思います。
 あの子だって24年間も、その寂しさをがまんしてきたんだもの。
 今がその時なのかなと、私もおおいに反省をしているところです」

 「24歳の我が子が突然現れたんだ。びっくりしたが、でも嬉しかった。
 それ以上に、あの娘が家出をして桐生に来なければ、
 おそらく一生にわたって隠し通したかもしれない、君の頑固さと覚悟ぶりに、
 俺は、もっと驚いた」



 「だから、もうそれは謝ったでしょう。
 それとも正直に言えば、24年前のあの頃に、何かが変っていたのかしら」


 「俺が山奥の温泉で、芸者の亭主に収まっていたかもしれない」



 「馬鹿なことは言わないの。よく言うわよ、あなたも。
 駆けだしの板前さんに、女どころか、子供まで養う器量も余裕もありません。
 そのうえ、私よりも好きな同級生があなたにはちゃんと居たくせに。
 大人同士の、お互いに割りきった火遊びだと、
 私は最初から、覚悟を決めて貴方とお付き合いをしていました。
 私の気持ちさえ済めば、いつでもあなたを、その同級生のもとへ
 返すつもりで遊びました。
 本気でも、遊びのつもりでいなければ、
 貴方を好きになりすぎて、貴方と別れることが出来なくなってしまいます。
 お付き合いをする最初から、私はその覚悟をすでに決めていました。
 だもの・・・・響が出来たなんて、あなたに言えるはずはありません。
 どうやって育てるかをあれこれと考えたけれど、それでもやっぱり、
 貴方には黙って、わたし一人で育てるということで、
 私は覚悟と結論を決めました。
 芸者だもの、父親の解らない子供が一人くらいいたって、
 それもまた、花柳界でのただの武勇伝のひとつになるわ。
 そこまで腹を決めたら、もう恐いものなんか、何一つなくなりました」


 「あの子は、ずいぶんと湯西川で、幸せに育ててもらったようだ。
 育ちの良さと言うか、周りの大人に大切に育てられてきたという
 独特の雰囲気を身につけている」


 「そこの良さが、田舎ならではの温泉地です。
 有力者でもある置き屋のお母さんと、老舗旅館の若女将に贔屓(ひいき)にして
 もらえれば、もう万全を絵に書いたのと同じで、鬼に金棒です。
 思慮も財力もある女たちに囲まれて、ある意味、響は何ひとつ不自由なく育ちました。
 ただひとつの不足をのぞいては、という意味ですが・・・・」

 「俺のことか?」



 「響は、女たちに支えられて育ちました。
 短大へ行く前までは、普通に、そういった女たちばかりの中で生活を送ってきました。
 大人になった響には、もうひとつの、別の存在も必要になったようです。
 見た目には大人ですが、響の内面はまだ少女のまんまです。
 やっと殿方へ、あの子の関心が向くようになったきたのかもしれません。
 そうなると、もうひとつの心の拠り所として、無性に
 父親が恋しくなってきたのだと思います」

 
 「俺が、響の最初の異性と言う意味か・・・・」


 「少女は、父親に最初の男性を意識すると、教わったことがあります。
 普通の家庭で暮らしていれば、いやがおうにも
 父親を最初の男性として、意識し始めるようになるはずです。
 男性ゆえに教えることが出来る、独特の子育ての部分もちゃんとあると思います。
 男親を知らない響には、ボーイフレンドが、いつまで経っても出来ませんでした。
 いいえ、最初から響のほうが男性たちと親しくなるのを、避けていたのだと思います。
 ある意味、響には、男性への免疫が有りません・・・・
 そんな自分の殻を破る行動が、家出で有り、
 父親探しの旅だったのだと思います。
 でも予想外に、あっさりと響が貴方を探しあててしまうとは。
 私も思いもしませんでした。
 実は、あの子は本能的に、あなたをいち早く探しあてたようです。
 ここだけの話ですが・・・」


 「えっ、ええ・・・・」


 「貴方に会ったその翌日に、もう響から私へ、メールが届きました。
 『お父さんみたいな人を、昨日、見つけました』って。
 どうしましょう、あなた。
 私たちはどうやら、すでに響に、足元を見られてしまっています。
 告白するタイミングが、どうにも微妙に難しくなってしまいました。
 困りましたね」



 そう言っている口ぶりの割に、清子は嬉しそうです。
町並の景色の見物にすっかりと飽きた清子は、くるりと振り返ると
俊彦の肩へ頭を寄せて、なにやらどこかで聞いたことのある流行り歌などを、
口ずさみ始めてしまいました
南東から吹いてくる3月初旬の風の中に、ほのかに梅の香りなども漂っています。
しかし、いくら目を凝らしても、この高台から梅の花を見ることはできません。


 (そうか、東日本大震災からまもなく一年になる。
 また梅の季節が咲く季節がやってきたんだ。この桐生にも・・・・
 それにしても、響も難問だが、清子の方もなんとなく手ごわくなりそうな雲行きだ。
 どうなるんだいったい、この先の俺たちは、)


 また、温かい南風の流れの中に、梅の花の香りに混じって
清子からのキンモクセイの香りが、俊彦を誘うように、ほのかに漂い始めてきました。



 

・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/


・連載中の新作はこちらです

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (64)稜線上の嵐
http://novelist.jp/63022_p1.html


(1)は、こちらからどうぞ
 http://novelist.jp/61553_p1.htm

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