落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(74) 

2013-09-02 10:12:21 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(74) 
「DV(ドメスティック・バイオレンス)の持つ意味と、美和子の決断」




 最近の統計によれば、全国の配偶者相談支援センターで受けた年間の相談件数として、
『DV防止法』が施行された2002年度は約3万6千件でしたが、7年後の2009年度には、
7万3千件弱と、約2倍にまで増加をしています。
警察で対応した配偶者からの暴力対応件数も、2002年度は約1万4千件だった対応件数が、
2009年度には約2万8千件と、こちらも7年後には約2倍と増加をしています。
「DV」は、家庭という密室で行われる一方的な暴力です。
一般的には殴る、蹴るといった身体的な暴力をイメージしますが、
本来のDVの範囲は、もっと幅広いものと考えられています。


 配偶者などからふるわれる暴力「DV」は、身体的な暴力ばかりでなく、
性行為の強要や精神的暴力なども含まれています。
DVは女性に限定されたものではありませんが、その被害者の9割は女性です。
周りが、DVを受け続けている被害者を心配して、
『どうしていつまでも、そんな人にくっついてるの?』
『もう別れた方がいいんじゃない?』とアドバイスをしても、被害者がその
関係を断ち切れないでいるケースが多いのも特徴です。


 アメリカでDV研究家として知られる心理学者レノア・ウォーカーは、
DVでは3つの段階が繰り返され、そのサイクルがパターン化していると説いています。
「暴力によるサイクル理論」と呼ばれ、3つの段階が循環すると指摘をしています。


 第1段階と言われる『緊張期』は、加害者の心に苛立ちや不安など、心理的緊張が
高まっている状態のことを言い、イライラし不満を募らせている時期のことを指しています。
第2段階の『爆発期』は、心理的緊張がたまりついには、殴ったり蹴ったりなどの、
爆発的に暴力をふるう時期のことを指します。
この後に来る『 ハネムーン期』と呼ばれる第3段階は、被害者に対し暴力をふるったことの
反省や謝罪をして、親密になる時期のことを表しています。



 加害者は、被害者に対していつもひどい態度で接しているわけでなく、反省をしたり、
気遣う態度を見せたりするときもあります。
そんな態度のギャップから、被害者は加害者の感情にほだされてしまいその結果、
何時まで経ってもDVからは逃れられなくなってしまう、という学説です。


 反省をしても、結局この暴力は何度も繰り返されるのが特徴です。
反省をして謝ってくるので、つい許してしまいがちですが実際上の効果は何もありません。
たとえ『俺が悪かった』『もう絶対こんなことはしない』と、何度反省をしても、
またイライラが募ってくると、相手を傷つけストレスを発散させてしまうのが
DVにおける決して避けられない必然のパターンです。


 また受け止める側の被害者も、加害者が真摯に反省する姿を見ると、
『この人の苦しみは、私しか受け止められない』
『いつかはこの人が、変わってくれると信じている』
などと、同情や期待の気持ちが湧きおこり、結局は被害を長引かせることになります。
暴力を一切認めず、自分の人権を守ろうという強い意志を持たない限り、
DVからの被害を断ち切ることは、難しいとさえ言われています。



 「貞ちゃん。そんなに心配をしないで。あたしのことなら大丈夫だから」



 心配そうに覗き込む貞園の目線を気にした美和子が、前髪を引き下げます。
しかし、あえて短くかつ綺麗に揃えられた前髪では、やはり傷跡を隠すことなどはできません。
『この長さの前髪では、傷を隠せるわけがありません。往生際が悪すぎますね、あたしも』
と、逆に寂しそうな笑顔さえ見せる美和子です。


 「子供が出来たことで、この先で何かが変わるかもしれません。
 あまり期待をしすぎると、しっぺ返しで痛い目にあうこともありますがこの世の中、
 そんなに悪いことばかりが続く訳ではありません。
 貞ちゃんがそんな暗い顔をしたら、あたしまで辛くなってしまいます。
 病院からの帰り道、強い母親になろうと心に決めて、言い聞かせながら歩いてきました。
 折角だもの、話題を変えてもう少しおしゃべりをしましょう」


 「そうか。ついに母親になると気持ちを決めたんだもんね、美和ちゃんは。
 そういえば、その子の父親になる幸せな旦那様って、どういう人なの。
 会ったこともない人だけど、ついでにお祝いなどをちょっぴりと言ってあげたいわ」


 「あら。突然、風向きが変わってきましたねぇ。
 ちょっと待ってね。携帯で最近写した画像が有ったと思うけど手頃なやつを探してみます」

 「どういう意味なの?。その、手頃なやつって・・・・」



 「写真映りを気にする人だし、あまり画像を残したがらないのよ。うちの亭主。
 隠し撮りみたいにして写したものが何枚かあるはずだから、探しているんだけど・・・・
 正面から撮ったものはほとんど無いの。
 横顔ばかりだけど、こんな感じのものしか写っていません」


 差し出された携帯の画面には、遠いアングルでポーズを取る坊主頭の男が写っています。
どこかの有名な観光地のようにも見えますが、不良ぽい服装にサングラスという特徴だけが写って
いるだけで、そのうえ横顔だけときては、どこの誰だか見当さえもつきません。
遠すぎるうえに顔の表情もまた、日陰の中に隠れています。



 「渋い雰囲気というのは良くわかるけど、これじゃどこの誰だかわかりません。
 美和ちゃん。勿体ぶらずにもうすこし顔のわかるのを見せて。
 あなたの旦那様を欲しいなどといって、おねだりなんかしませんから」


 「困ったわねぇ。アップで撮ったものがあまりないの。
 なにしろ写真を極端なまで嫌う人だから、なかなかシャッターチャンスが巡ってこないんだもの。
 あ、これならどうかしら。ちょっと悪人顔で苦味走っているけれど」


 『どれどれ』と、画面を覗き込んだ貞園が驚きのあまり、思わず息を止めてしまいます。
画面の中で細い目を見せている坊主頭の横顔は、まぎれもなく前橋の深夜のスナックで
ドアに向かって発砲をしていたあの時の犯人、そのものの姿です。
『間違いなくこの男だと思うけど・・・・でも、どういうことなの、これって・・・・』
美和子には見破られまいと、平常心を装いながら『もう少し見せて』と携帯を受け取ります。
あの夜の時の印象と、目の前にある細い目の男の画像をひたすらに検証をしています。




 (間違いはない。たしかに・・・・この男だ。
 トイレの窓からもう一度確認をしょうとして、そっと窓から顔をのぞかせた時、
 睨むようにしてこちらを振り返った、あの時の、あの冷たそうな鋭い特徴的な細い目だ。
 これが美和ちゃんのご亭主ですって?・・・・どういうことだろう。
 いったい全体、なにが起こってどうなっているんだろう・・・・)



 「驚いちゃった。
 台湾のお友達にあまりにも似ていたから、最初はびっくりしました。
 でも、やっぱり私の勘違いのようです。よく見ると違うもの。
 ニヒルな感じで、渋い印象の旦那さんですね」


 急激に高鳴ってきた胸の動悸を抑えながら、貞園がつとめて平静を装っています。
できるだけゆっくりと(震える指で)携帯電話を、美和子へ返します。
しかし、いくら落ち着こうと努力をしても、緊張はすでにすべての指先にまで達しています。
かすかに震えつつ、汗ばんでいくのが貞園自身にもよくわかります。



 状況を整理しようと努力をしても、衝撃ばかりが頭の中を駆け巡ります。
虚しく空回りを繰り返すばかりで、いくら考えても次に言うべき言葉さえ貞園には見つかりません。
『ごめんね、ちょっと』と言って立ちあがった貞園が、必死の想いで手洗いへ走ります。
呆気にとられている美和子を尻目に、手洗いへ駆け込んだ貞園は、何度も深く息を吸い込みながら、
『落ち着け、落ち着け』と、ひたすら自分自身に言い聞かせています。



 
・「新田さらだ館」は、
日本の食と農業の安心と安全な未来を語る、地域発のホームページです
 http://saradakann.xsrv.jp/

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