落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第33話 

2013-04-09 10:10:03 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第33話 
「福島第一原発の3月11日」



 
 石巻へ向かう響と英治を乗せた東北新幹線が、福島駅へ滑りこみました。
福島県の県庁所在地駅でもある福島駅は、東北新幹線と山形新幹線、東北本線と奥羽本線などの
分岐駅として、もうひとつの郡山駅と並んで県内における鉄道の要衝になっています。
在来線の駅と新幹線の駅は、一本のみある長い跨線橋で連結をされています。
全体としてひとつの駅になってはいますが、実際には、地平にある在来線の乗り場と、
高架上にある新幹線コンコースとは、遠くかけ離れています。

 「ここが、あの福島・・・・」


 思わず響が、車窓に眼をこらしています。
そんな響の耳へどこかで聞いた覚えのある、軽快な発車メロディが聞こえてきました。
思い出そうとして怪訝な顔をしている響を見て、英治が鼻で笑っています。


 「高校野球の甲子園でのテーマ曲『栄冠は君に輝く』だ。
 福島市出身の古関裕而の生誕100周年を記念して、昨年の4月から
 福島駅に導入をされたものだ。
 ちなみに、在来線の曲は『高原列車行く』だぜ」

 「あら、詳しいのね。英治は」


 「ばかやろう。何度、こいつに乗っていると思ってんだ。
 仕事で来るたびに、いつもここでこれを聴かされているんだ。猿でも覚えるさ」

 「じゃ、私は猿以下だわ」

 「そう言う意味じゃないだろう・・・」英治が苦笑をしています。


(そうだった。高校野球の開会式で良く聞く曲だ・・・懐かしいリズムだ。
でも、福島と言えば、3月11日の震災で、福島第一原発が壊滅的な被害を受けたはずで。
その後の放射能騒ぎで、いまだに混乱が続いている現地そのもののはずだ。ここは。
ついに足を踏み入れたんだ私は・・・・3月11日の被災地の現場に。)
響の背筋を、ぞくりとした冷たい感触が走ります。

 2011年3月11日14時46分。
日本の三陸沖で、マグニチュード 9.0という大地震が発生をしました。
これは日本の観測史上でも最大級にあたり、アメリカの地質調査所によれば
世界でも1900年以降では4番目という規模にあたります。



 同時刻。、稼働中だった福島第一原発は、まず地震によっての被災をします。
1号機(46万kW)、2号機(78.4万kW)、3号機(78.4万kW)が
この地震により、まず自動停止をしました。。
4号機から6号機までは、規定による定期点検中のため、ともにすでに停止中です。
東京電力が同敷地内で記録をした地震による揺れの最大加速度は、
安全な範囲内とされる同基準値内の、448ガルでした。
これは、経済産業省の「原子力安全・保安院」が同原発の耐震安全の
最大値としている600ガルの、4分の3にあたります。


 しかし福島原発の本当の悲劇は、
この地震によって受けた第一陣のダメージを受けた後の、
その後に襲ってきた想定をはるかに上回る津波によって、送電と受電のための電気設備が
すべて壊滅してしまうことから始まりました。


 設計上、安全とされていた範囲の揺れの影響を受けて、
1号機から4号機までの発電所内の受電設備がまず損傷を受け、電気が止まります。
次いで5号機と6号機も、原発西側に設置されていた第27号鉄塔が倒壊をし、断線をしたために
こちらへの送電もその後に止まってしまいます。
本来はどちらかの電源が確保できてさえいれば、発電所内部では、
相互に、融通できるというシステムになっていました。
この相互システムにより、すべての原発が電源を喪失しないで済むはずでしたが、
結果的には全機がすべて受電不能となったために、ここから原子炉の危機が進みます。



 いったんは非常用電源(ディーゼル発電機)が起動しましたが、
大規模に襲ってきた津波によってこれも破壊され、さらに被害に追い打ちをかけます。
地震から41分後の15時27分に、第一波にあたる大津波が福島第一原発を襲っています。
さらにこれ以後、数次にわたって大きな津波が原発を繰り返し襲いかかります。
低い防波堤をあっというまに乗り越えた津波は、原発施設を
広範囲にわたり大規模に破壊してくします。
圧倒的な水量は、施設内の地下室や立坑などへ浸水を繰り返します。


 地下の非常用電源は水没をしてしまい、燃料のオイルタンクも流失をします。
この被害を受けて、この時点でついに原子炉は、全ての電源を喪失してしまいました。
炉心を冷やす非常用の冷却装置(ECCS)と、冷却水の循環系統も停止をします。
冷却用に使われていた海水系のポンプも、地上にむきだし状態で設置をされていたために、
数度の津波の襲来によって、完全に破壊をされてしまいます。


 こうして1・2・3号機は、それぞれ
共に原子炉の危機状態を意味する「電源喪失」に陥ります。
原子炉内の燃料棒に対する継続的な注水冷却を喪失する恐れが、発生をしたことから、
東京電力は、この時点で第1次の緊急時態勢を発令しました。

 緊急事態が、政府や関係する各自治体へ通告をされます。
しかし原子炉は留まることなく、さらにいっそう危機的な方向へと突き進みます。
15時45分になると、津波のために、電源用のオイルタンクの全てを失います。
16時36分には1号機と2号機において、非常用の炉心冷却装置による冷却水の注水は、
現状では、不可能であるとの判断が下されています。


 同42分に、3号機においてのみ、かろうじて非常用の炉心冷却装置のポンプが
作動していることが確認されますが、依然として原子炉は不安定で
危険な事態であることに変わりはありません。
津波による配電盤の冠水などで、さらに事態が悪化を続ける中、
福島第一原発の免震重要棟・対策本部での緊張ぶりは、ついに極限に達します。


 構内ではPHSが使えなくなり、1~4号機の状態がまったく
把握できない状態を前に、吉田所長の怒号だけがマイクで原発内に響きわたります。
原子炉の水位の低下で、核燃料の露出の可能性が浮上をした夕方になると、
吉田所長が「作業に従事していない人は、大至急逃げろ」との指示をだします。
しかし誰も帰ろうとせず、われ先に逃げだすという事態ではありません。


 「原子炉の建屋が、すごいことになっている」


 午後7時過ぎに、原子炉建屋に白い蒸気が充満しているのを見た運転員から、
緊急の報告が対策本部に入ります。



 「どうするんだ」「まさか爆発しないよな・・・・」


 最悪の事態を想定する関係者たちの顔に、一様に緊張の色がはしります。
「この原発は終わった。もう、東電も終わりだ」という想いさえ頭をよぎります。



 原子炉の圧力を逃がすための「ベント」作業の緊急指示が、
東電の本店の上層部から伝えられます。
放射能漏れによる高線量下で、その恐怖に耐えながら福島第一原発内では、
緊急の作業を担うための、臨戦態勢が組まれます。
免震重要棟の1階では、約100人による出動隊が防護服を装着しはじめます。


「社員たちの表情は今も忘れられない。
死の危険にさらされて顔面蒼白で、言葉に出来ないほど全員が、怖がっていた。」


 3月11日の地震と大津波が去った後、すべての電源を喪失した福島第一原発内では、
炉心溶解の危険性を前にして、ここから想像を絶する放射能との闘いが始まりました。
しかしこの緊急事態は、実は大惨事のためのプロローグです。
被害の大きさは、正確には報道されず、福島第一原発の危機と伝えられただけで
拡散する放射能への危険性も、この時点では公にされません。
深刻な事態と、想像をはるかに超えた被害の大きさは、この後に少しづつ
日を追うごとに、小出しに国民に明らかにされるようになります・・・・






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