落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(56)全力疾走

2018-02-21 18:27:35 | 現代小説
オヤジ達の白球(56)全力疾走


 
 「昔の坂上がどんなやつかは知らん。
 だが敵に背中を見せて逃げ出すのは、卑怯者のすることだ。
 坂上は自分で作り出した事態の責任もとれない、意気地なし男だ。
 そんなやつは、大嫌いだ!」
 
 北海の熊が舌を鳴らす。見かねた寅吉が寄って来た。

 「そんな風に決めつけるな。そんな風に斬り捨てたら坂上が可哀想だ。
 やつにだって事情がある。
 投げ始めてまだ、3ヶ月だぜ。
 その程度で投手ができるほど、ソフトボールは甘くねぇ。
 そのことを初登板でいやというほど体験したんだ、やっこさんは。
 いいクスリになっただろう」

 「それに」と、寅吉がさらにつづける。

 「グランドでの失敗は、グランドでしか取り返せねぇ。
 しくじったからと言って登板の機会をゼロにしたんじゃ、坂上の立つ瀬がねぇ」

 「なんだと。やい、寅吉。
 お前はあの意気地なし野郎にこのうえまだ、投げる機会を与えるというのか!」

 熊が血相を変えて立ち上がる。

 「馬鹿を言いうんじゃねぇ。冗談じゃねぇ。
 2度と投げさせるもんか、あんな無責任野郎に。
 坂上をもう一度投げさせるというのなら、俺はこのチームを辞める。
 なんでぇ。いままで気持ちよく呑んでいたというのに、すっかり酔いが醒めちまった。
 帰る。くそ、面白くねぇ!」

 ガタガタとガラス戸を揺らし、北海の熊が帰っていく。
「妙な方向へ話が飛んじまったな・・・まぁいい。どうやら俺たちは呑みすぎだ」
どれ、俺たちもそろそろ帰ろうぜと、寅吉が立ち上がる。

 小上がりで眠っている男たちを、つぎつぎ起こしていく。
千鳥足の男たちといっしょに、岡崎と小山慎吾も帰っていく。
大騒ぎがつづいた店内に、今日はじめての静寂が戻ってきた。

 「じゃ・・・わたしも帰ろうかしら」陽子が割烹着を脱ぎ始める。
亡くなった女房が愛用していた割烹着だ。
いまは陽子用として厨房へ入るたび、あたりまえのように身に着けている。

 「喧嘩がはじまるかと思ったら、その前にみなさん、退散したわね。
 北海の熊さんたら、そうとう頭にきているのね。敵前逃亡した坂上くんのことで」
 
 「熊か。やっこさんはまだ、謹慎が解けたとはいえ保釈中の身だ。
 ここで喧嘩をはじめたらはまずいだろう」

 「そういえば役員さんたちが、チームをほめていたわ」

 「褒めていた?。俺たちのチームをか?。
 呑んべェ軍団の割に、よく健闘したとでも言っていたか?」

 「1塁へ全力で疾走する姿が新鮮だって、役員さんたちが褒めていました」

 「1塁へ全力疾走?。
 当たり前だ。どんな当たりだろうとセーフになるため、真剣に走るだろう」

 「そうでもないのよ。
 マンネリ化がすすむとアウトだと思い、1塁まで全力で走らなくなるんですって。
 アウトと言われるまでは何が起こるかわからないのに。
 途中で走るのをあきらめて、自分からアウトになる選手がおおいんですって」
 
 「ウチの選手の半分は、ど素人だ。
 ボテボテのゴロでもセーフになりたくて、1塁に向かって全力で走る。
 なるほどねぇ。ベテランになってくると1塁へ全力で走らなくなるのか・・・」

 「居酒屋の飲んべェ軍団は初登場の初優勝で、まわりをあっといわせた。
 でも驚かせたのはそれだけじゃないの。
 たとえ間に合わなくても一塁へむかって全力で走る姿で、
 もうひとつの感動を産んだのよ」

 「すごいなぁ。ウチのチームの選手たちは・・・」

 「あんた。監督のくせに、もしかして、そのことにまったく気が付いていなかったの!。
 もしかして?」

 「うん。君に言われてはじめて気が付いた。
 一塁への全力疾走はそれほど新鮮なのか、へぇぇ・・・驚いたねぇ」


(57)へつづく 

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2 コメント

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お疲れ様です (屋根裏人のワイコマです)
2018-02-21 20:29:06
お仕事の忙しい事は承知ですから
全然心配いりません、それにこの
野菜高騰の折、群馬産のホウレンソウには
大変お世話になりました。最近は
ホウレンソウにクレソンやミズナを
併せて頂くと、意外と美味しいという
事が判りました。
平昌五輪は多くの感動を貰って
その若いエネルギーに元気を貰いましたよね
この勢いで、これから群馬一の野菜を
期待しますよ、そして空いた時間に
ゴルフと 小説と・・コチラもチョッピリ期待します。
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ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2018-02-23 18:51:57
昨日はひさびさの休暇。
カミさんと2人で河川敷のゴルフ場へ行ってきました。
県内に5つある河川敷の中で、もっとも距離の長さを誇る
ゴルフ場です。
プロも参加する真夏の群馬県オープンも
こちらのゴルフ場で開催されます。
午前中は穏やかでしたが、午後は強風。
こうなると400ヤードを超えるミドルは、
3回打っても届きません。
なかなかに試練のおおい、プライベートゴルフを
体験してきました!
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