落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第100話 メトロに乗って

2015-01-31 10:37:05 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第100話 メトロに乗って





 パリの中心部は、20の行政区に分けられている。
中心から左に渦を巻くように、1区から20区までの番号が振られている。
中心部は、山手線の内側ほどの面積しか無い。
ここにパリっ子の200万人が住み、郊外には1000万人が住んでいる。


 朝の道路の混雑ぶりは、日本の東京と同じだ。
いまほどの車社会になる前に完成した市街地なので、どこもかしこも大渋滞をする。
パリっ子たちの多くは、16路線あり、300の駅が有るメトロを利用する。
メトロは朝5時から深夜の2~3時まで、数分毎に走っている。
駅間が短いため、目的地へ最短距離で行くことができる。
路線の交差もおおいため、乗り継ぎをしていくのも、きわめて便利だ。


 「メトロは便利だけど、そのあとが不便なの。
 乗車時間は10分だけど、降りてからの徒歩が、20分以上もかかります。
 こんな不便なところにどうして建てたのだろうと思うほど、辺鄙な場所なのよ。
 だもの、学生たちの出席率は、必然的に低くなるわ」


 「なんという名前なの。君が通っている大学は?」
サンドリーヌとともにメトロに乗り込んだ似顔絵師が、通路の真ん中にある
棒に、しっかりと掴まっている。
古い路線は、車内の揺れがきわめて激しい。
とてもではないがパリの初心者では、普通に立っていることが難しくなる。



 「国立装飾大学です。
 1868年に開かれたアトリエで、画家のボナールやマチスを輩出しています。
 いまはグラフィックと、室内建築に特化した大学です。
 わたしが専攻しているのは、グラフィックデザイン」


 「グラフィックデザイン?。
 デザイン専攻の君が、なんでヌードデッサンの勉強なんかするの?」


 「最初の2年間は、徹底的に、基本のデッサンを叩き込まれます。
 大学の1年目は、誰でも入れる準備学級です。
 グラフィック科に250人。建築科に300人が、簡単な試験を受けて入学します。
 年末に試験が有り、ここで半分以下に学生が振るい落とされます」



 「半分に振るい落とされる・・・ずいぶん厳しいんだねぇ。君の大学は」

 
 「わたしの大学だけでは有りません。フランスでは、ごく普通のシステムです。
 こんなことは序の口で、本当に厳しいなるのはその先からです。
 3年生になると、宿題に追われる毎日が続きます。
 でもって、平均点が取れないとクビ。
 遅刻をすると、教室に入れてもらえません。
 ひと月に3回遅刻すると、親宛に警告の手紙が届きます。
 もちろん欠席が多すぎると、こちらもクビになります。
 病欠の場合は、医者の診断書がなければ、その日の課題は0点がつきます」


 「なるほど。入学するのに苦労している日本とは、だいぶ事情が異なるね。
 能力が足りなければ進級も、卒業も出来ないってわけか」


 「その通りです。
 4年になると、卒業作品の製作に入ります。
 ただし、一学期と二学期の成績が規定以上に達していないと
 卒業作品を作る資格がもらえません。
 もちろん。卒業作品のできが悪いと、卒業することができません。
 再挑戦はできませんので、クビということになります。
 卒業できるのは、結局、10人から20人くらいになってしまいます」



 「日本の大学とは大違いだね。
 で。君はいま、大学のどの段階にいるんだい?」



 「無事に卒業して、アーテイストデイレクターのディプロムをもらいました。
 ディプロムというのは、資格という意味です。
 でもね。資格を活かして仕事することよりも、もうひとつの仕事のほうで
 いまの私は、とっても忙しいの」


 「カフェのアルバイト以外にも、仕事を持っているというのかい?。
  そういえば卒業したというのに、古巣の大学へ通っているのはいかにも不自然だ。
 なにか、隠された事情でもあるのかい?」


 「大学へ行けば分かることです。うっふっふ」


 全身、黒い衣装に身を固めたパリジェンヌが、鼻の頭に小じわを寄せ、
嬉しそうに、くくくと小さな声で笑う。

 
  
第101話につづく

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1 コメント

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ホームページを拝見しました (つねさん)
2015-02-02 10:06:11
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