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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

 北へふたり旅(64) 行くぜ北海道⑧

2019-12-16 17:53:52 | 現代小説
 北へふたり旅(64) 
 
 
 仙台駅から2時間26分。終点の函館北斗駅が近づいてきた。
途中。「進行方向の右、函館山が見えます」のアナウンスが有った。
あわてて車窓へ目を向ける。
しかし、見えるのは防音壁だけ。
厚い壁にさえぎられ、景色はまったく見えない。


 (見えない。駄目か・・・)
あきらめかけたとき防音壁が低くなった。とつぜん視界がひらけた。
工場らしい建物の向こうに、海が見える。
海のうえに、こんもりと島のような山が見える。
「あれかな?。函館山・・・」
また高い防音壁がやってきた。
函館山らしい山影があっというまに、防音壁のむこうへ消えた。


 「車窓の景色を楽しむつもりでいたのに、新幹線は無粋です。
 トンネルがおおいし、防音壁も高すぎるます」


 北斗駅へおりるとき。妻が不満そうに口をとがらした。


 「ここは豪雪地帯だ。
 防音壁は音以外に強風や、横なぐりの吹雪をふせぐ意味もある」


 「せめて半分でいいから、透明な防音壁にならないかしら。
 コンクリートの防音壁ばかり見ていたのでは、旅情が半減してしまいます。
 北の大地のそうだいな景色を期待していたのに・・・
 裏切らた気分です。う~ん、残念」


  鉄道旅の魅力のひとつが、車窓の風景。
つぎつぎ変わっていく異郷の風景は、旅人気分をもりあげてくれる。


 昭和39年。東海道新幹線が開業したとき。
広い窓からの眺望が、乗客を魅了した。
窓は客席2列に1枚のおおきさで、幅は1460mm。
防音壁はほとんどなかった。
高架線から富士山や、浜名湖の景色を存分に楽しめた。


 しかし。窓がおおきいのは初代だけ。
速度があがるにつれ、窓がどんどん小型化していく。
次世代型の新幹線・アルファエックスは、航空機のようなちいさな窓。
札幌まで路線が伸びても、高い防音壁と、ところどころ開いた小窓からでは
北の旅情は味わえないだろう。


 「あら。よけい見えなくなっちゃうの?。どうしましょう。
 やっぱり、飛行機に乗れる女になる必要があるかしら。あたし・・・」


 「無理することはない。いまのままで充分さ。
 それより道を譲らないと厄介だ。
 うしろからすごい勢いで、中国人のグループやって来た」


 妻がうしろを振り返る。
ひと車両を占領していた中国人観光客の一団が、けたたましい会話とともに
わたしたちのすぐ真後ろへ迫っていた。
あわてて妻が道をゆずる。


 「シエシエ」の声に、「ブーヨンシエ」と妻が即座に返す。
ありがとうと言われたことにたいし、不用(ブーヨン・いらない)と、
謝(シエ・ありがとう)をつけると、ありがとうはいらないよ、
どういたしましての意味になる。


 「おっ・・・いつの間に中国語を覚えたんだ?」


 「研修生のトンに教わったの。
 日本へやってくる観光客の中で、中国人がとくに多いと言ったら、
 便利に使える言葉を、いくつか教えてくれました」


 「あいつ。大学を出たと言っていたからな。
 へぇぇ。中国語も堪能なんだ。あいつ」


 「英語と中国語は理解できるの。
 でも日本語だけがからっきし駄目。
 どうなっているんでしょうね。あの子の頭の中は」


 中国人の一行が函館と書かれた通路を曲がっていく。
そのさきは、在来線の函館行きホーム。
どうやらかれらの行先は、われわれと同じらしい。
 
 
 (65)へつづく