落合順平 作品集

現代小説の部屋。

 北へふたり旅(61) 行くぜ北海道⑤

2019-12-07 17:58:40 | 現代小説
 北へふたり旅(61) 

 
 忘れ物はなかった。無事、仙台駅のホームへ降りることができた。
(これで乗り換えができる)ホッと安堵のため息をつく。
このままこのホームで、後からやって来るはやぶさ11号を待てばいい。


 用事を思い出した。はやぶさの到着は15分後。
弁当を買うには充分だ。
50メートルほど先に、駅弁の売店が見えた。


 (楽勝だ。ゆっくり歩いてもじゅうぶん間に合う)


 売店に向かって歩きはじめた。そのときだった。
肩からおおきなバッグを下げた少人数の集団とすれ違った。
すれちがうたび、全員が会釈していく。


 (なんだぁ?。いまの人たちは・・・)
 
 気になった。足を駅弁の売店へ向けたまま、集団の行方を見守る。
3分後。反対側の11番ホームへ、後続のはやぶさが到着する。
このはやぶさは仙台駅で折り返す。


 (おなじ制服だ・・・どうやら乗客の一団ではなさそうだ)


 アナウンスが流れてきた。はやぶさがホームの彼方へ姿を見せた。
同じ制服の集団が一列にならんだ。
滑り込んでくる列車に向かい、制服のひとたちが頭を下げる。
「お疲れさまでした」降りてくる乗客ひとりひとりへ声をかけていく。


 (あ・・・神業を持つという、新幹線の清掃スタッフたちか)




 東北新幹線の折り返し時間は、13分。
降車に2分。乗車に3分かかる。のこされた時間は7分。
この7分間で新幹線の清掃がおこなわれる。


 乗客が全員降りたあと、スタッフのひとりが信号を操作する。
ホームの端に設置された信号機が、赤に変わった。
移動禁止のサインで、これが清掃開始の合図になる。


 スタッフが車両へ散っていく。
(散っていくぞ?・・・どういうことだ?)
ひと車両、およそ100席ある。しかし車両へ乗り込むのはたったの1人。

(え・・・ひと車両をひとりで担当するのか・・・大丈夫か、たった1人で)

 神業の清掃がはじまる。ゴミを集める。座席のリネンを交換していく。
座席の折り畳み式の机、窓際、床を拭きあげていく。
これら一連の動作の中、目は座席や棚の忘れ物をチェックしていく。

 動きによどみがない。
てきぱき動く。みごとな手順に用事を忘れ、思わず見とれてしまった。
どれほど汚れていても、かれらは動じない。
トイレ掃除担当のスタッフも、それは同じこと。
どんなに汚れていても、7分以内でトイレを完璧に仕上げていく。

(見事だ・・・ホント、神業だ)

 7分後。仕事を終えたスタッフがホームへ降りてきた。
「お待たせしました」上京していく乗客にむかい、丁寧に頭を下げる。
一礼した後、スタッフたちは次の持ち場へ移動していく。
礼儀正しさに感動した。すがすがしさにおもわず胸があつくなった。


 「ブラボ~ッ。素晴らしい!」ちかくに居た外人さんが手を叩いた。


 わたしもつられ、思わずちいさく手をたたいた。
彼と彼女たちの仕事ぶり、礼儀正しさは素晴らしい。賞賛に値する。
これこそおもてなし日本だと、思わず口の中でつぶやいた。


 「あなた。感動するのもいいですが、牛タン弁当はどうしました?」


 「あっ・・・いけねぇ。そいつをすっかり忘れてた!。
 そのために歩いていたんだ。俺は」


 「うふっ。そんなことだろうと思いました。
 もう買ってきました。わたくしが。
 素晴らしかったですねぇ。あのひとたちの清掃の手さばき。あれこそプロです。
 わたしも思わず手をたたいてしまいました」


 「仙台でいいものを見せてもらった。いい旅の思い出になる」


 「それより急ぎましょう・・・
 わたしたちの乗るはやぶさ号が、まもなく到着します」


(62)へつづく