落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(60) 行くぜ北海道④

2019-12-04 18:38:55 | 現代小説
北へふたり旅(60) 


 宇都宮~盛岡間は最もスピードが出る。
はやぶさとこまちはこの区間を、日本最速の320kmで走りぬける。
やまびこは275kmが最高速度。


 そのやまびこ号が速度を落とはじめた。 
車窓に杜の都、仙台の街並みが見えてきた。


 「仙台と言えば七夕で有名な街。
 君の考える、仙台の有名なものはなんだ?」
 
 「1位は牛タン。2位は、ずんだ餅。3位は笹かまぼこ。
 知っている名物はこれくらい。
 それからさとう宗幸が唄った青葉城恋歌は、わたしの愛唱歌。
 ちょっと変わった福の神、仙台四郎。これくらいかしら」


 仙台四朗は商売繁盛の神様。仙台で知らない人はいない。
当時の写真がのこっている。
坊主頭にふくよかな体型。
腕を組み、ドテラに縞の半天を羽織っている。
くったくのない笑顔を、まっすぐこちらへ向けている。


 「1位から3位までが食べ物か・・・君らしい。
 青葉城恋歌が流行ったのは、ぼくらの青春時代だ。
 それにしても驚いた。
 よく知っていたねぇ、仙台四郎なんて人物を」


 「仙台四郎の写真を見せられたとき、びっくりしました。
 あのかた、パンツをはいていないの。
 だから・・・あれが・・・丸見えです。
 わたしが10代のときでした。女学生です。恥ずかしくて顔から火が出ました。
 それで覚えているのです」


 四郎は明治時代、仙台市に実在した人物。
とりたててなにか大きな仕事をした訳ではないが、
なぜかこの人の肖像画が、家運上昇、商売繁盛の御利益があるとして、
飛ぶように売れるという。


 「たしかに強烈だ、それは。どうりで君の記憶に残るはずだ。
 ほかにないの。仙台の名物は?」


 「冷やし中華が、仙台の発祥。
 日本最古といわれるハンバーガ店も、仙台に有ると聞いています」


 「食べるものだけだ。君の名物は」


 「うふっ。しかたないでしょ。食いしん坊ですから。
 あら・・・ホームにチラッと、駅弁のお店が見えました」


 「うん?。ホームに駅弁の店が見えた?
 あ・・・まずい。おい降りるぞ。
 いそいで降りないと、後から来るはやぶさ11号に乗り損ねる」


 あわてて荷物へ手を伸ばす。
数分前から降りる準備をととのえていたのに、いつのまにか妻と
仙台の名物談議に夢中になっていた。
やまびこ号はすでに停車寸前。
 
 「忘れ物するな。初日から忘れものじゃ最悪だからな」


 「だいじょうぶです。忘れても」


 「何言ってる。忘れたら大変だろう」
 
 「あとから来るはやぶさのほうが、先に盛岡駅へ着きます。
 はやぶさの盛岡到着は11:47。
 わたしたちが乗ってきたやまびこは、12:07の到着。
 忘れものしても、盛岡駅で受け取ることができます。うふっ」


 あとから来るはやぶさは仙台を出たあと、ノンストップで盛岡まで走る。
やまびこは途中の古川・くりこま高原・一ノ関・水沢江刺・北上・新花巻と
すべての駅で停車していく。
やまびこがどこかの駅で停車している間、あとから追って来たはやぶさが
時速320キロを保ったまま、あっという間に抜き去っていく。


  
(61)へつづく