落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(57) 行くぜ北海道①

2019-11-26 17:56:32 | 現代小説
 北へふたり旅(57) 


 下見の宇都宮行きから4週間。ようやく北海道旅行の朝が来た。


 真夏になると野菜農家は暇になる。
ビニールハウスの茄子もキュウリも、遅い農家でも7月20日前後で生産を終える。
8月。ハウスの中は暑すぎて仕事にならない。
この時期は、ベトナム研修生たちにも暇が出される。


 秋野菜の苗が到着するまで、農家はしばしの開店休業。
ハウスへ植えられた苗が実をつけるまで、早くて30日かかる。
収穫専門のパートたちは、その間お呼びがかからない。
7月の半ばから9月の半ばまで、2ヶ月あまりの夏休みを楽しむことになる。


 「とりあえず行くか」


 妻をうながして家を出た。
予定よりすこし早い。家に居ても、もうするべきことがないからだ。
準備はし尽くしてある。
荷物を積み込み、車をスタートさせた。道路は呆れるほど空いていた。
駅前のパーキングへ車を入れ、改札まであるく。
スイカを自動改札へタッチし、くだり線のホームへ出る。
電車の到着までまだ20分ちかくある。


 「やっぱり早すぎたかな」


 「遅れるよりはいいでしょう。はい」


 妻が自販機で買ってきたお茶を差し出す。
ひさしぶりの旅に興奮していたようだ。お茶も飲まず、家を出てきた。
ひと口飲んでようやくホッとした。


 まわりを見回す。下見の時となにか様子が違う。
高校生の姿が見えない。そうか、学校はまだ夏休みの真っ最中だ・・・
電車の到着まで5分を切った。通勤らしい人たちがようやく姿をみせた。
急ぐふうもなく1人、また1人とやって来る。
電車に乗る人たちは、時間を知り尽くしている。
到着の1分前。いつもの乗車位置へいつものように足をとめて並ぶ。



 「さすがだね」


 「なにが?」


 「定刻に定位置へやって来るサラリーマンたち。
 すごいね。俺たちと大違いだ」


 「あたりまえです。あの人たちは毎日のことです。
 わたしたちは特別な日。
 スタートから出遅れているようでは、今日中に北海道へ着けません」


 「そうだ。今日はたくさんの列車に乗る。
 ひとつでも間違えたら、あとが大変だ。乗り継ぎが厄介なことになる。
 間違えないこと。遅れないこと。それが今日の命題だ。
 それを考えるとプレッシャーだな。なんだか頭が痛くなってきた・・・」


 「緊張感を楽しみましょう。
 最初の列車に乗る前から、悩んでいてどうするの。
 ドンとかまえてください。のんびり行きましょう」


 「そうだな。今回はのんびりと旅を楽しむことが本題だ。
 5本の列車を乗り継ぎ、無事に函館へ着く。
 俺の今日の目標はそれだ」


 「わたしの目標は、宇都宮でおいしい駅弁を買いたいわ」


 「新幹線の車内で買えないのか?」


 「車内販売は7割の新幹線で、この春、終了してしまったそうです。
 宇都宮駅は駅弁発祥の地です。
 老舗のひとつ、松廼家(まつのや)さんがお弁当を販売しています。
 800円のあつあつとりめしが、おいしいと評判です」
 
 「良く調べているね君は。食べ物に関してだけ」


 「あら。
 北海道は食の宝庫。宿は、朝食だけにしょうと言ったのは誰?。
 お昼と夕ご飯は、その土地の美味しいものを食べようと言ったのはあなたでしょ。
 今日はたくさん電車にのりますから、お昼は駅弁。
 1食目は、宇都宮で確保しておきましょ」


 「仙台で乗り換える。仙台といえば牛タンが有名だ」


 「はい。とうに承知しております。
 もちろん牛タン弁当も忘れず、ゲットしたいと考えております。
 うふっ」


 (58)へつづく