落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(52) 北へ行こう⑧

2019-11-11 11:50:12 | 現代小説
北へふたり旅(52)


 「予行演習へ行きましょう」


 7月の半ば。茄子の収穫が今日で終わった。
その日の午後。妻が電車に乗りましょうと言い出した。


 「電車に乗る予行演習?」


 「北海道行きの予行演習です。新幹線は宇都宮からでしょ。
 JRに乗るなんて久しぶりですもの。
 明日から暇になりました。いいでしょ、お出かけても」


 たしかに明日からながい夏休みがはじまる。断る理由はとくにない。


 「焼きそばが食べたいですねぇ。ひさしぶりに」


 妻の出身は宇都宮。
宇都宮グルメといえば餃子が有名だが、焼きそば屋もおおい。
宇都宮焼きそばはキャベツ、肉、イカ、ハムがはいったもちもち麺の上に、
ちょこんと目玉焼きがのっている。


 「そういうことなら本番の時間にあわせて宇都宮まで行ってみるか。
 9:39発のやまびこ43号だから、7時台の両毛線に乗るようだな」


 両毛線は群馬の高崎と、栃木の小山をつなぐローカル線。
上毛野国(かみつけのくに)の群馬と、下毛野国(しもつけのくに)の栃木を
むすんでいることからこの名前がついた。
わたしの住まいからの最寄り駅は、JR両毛線の岩宿駅。
駅名は日本に旧石器時代があったことを証明した、岩宿遺跡に由来している。


 「乗り換えがおおいですからね、今回は。
 ホップ・ステップ・ジャンプでようやく新幹線ですからね。
 うふっ」


 「東京駅まで2時間。途中の大宮駅でも1時間30分はかかる。
 どちらも南下していくから、北海道とは逆方向になる。
 おなじ時間をかけるなら横に移動したあと、北上したほうが距離をかせげる」


 「両毛線で小山へ出てから、東北本線に乗り換えて宇都宮。
 宇都宮から東北新幹線のやまびこに乗って仙台。
 仙台から北海道新幹線のはやぶさに乗り換えて、新函館北斗。
 列車を4本乗り換えて、やっと北海道へ到着です。
 あ、5本目がありました!。
 新函館北斗から函館まで、なんとかライナーに乗ると言っていましたねぇ。
 JTBのお姉さんが。
 ちゃんと目的地へ着けるかしら。だいじょうぶかしら、わたしたち」


 「しかたないさ。
 関東平野の最北端はどこへいくにも、不便な場所だ」


 「はじめての列車旅にしては、たいへんハードな乗換えです。
 無事に行けるのかしら、本当に」


 「だからこその予行演習だろ。
 あ・・・あったぞ。
 岩宿駅が7:36で、小山到着が8:42。
 小山から宇都宮まで、30分みれば着くだろう」


 「忙しいのは嫌。
 ぎりぎりの接続で、ホームを走るなんて最悪です。
 もうすこしはやい列車は無いの?」


 「6:52というのがある。これだと小山の到着は8:12だ。
 いくらなんでも早すぎるだろう。
 宇都宮の駅で一時間ちかく、まつことになる」


 「たかが一時間でしょ。
 ホームを走るよりはるかにマシです。
 それに時間があれば駅で優雅に、コーヒーを呑めます」



 「コーヒーを飲めるような場所が、駅の中にあるの?」


 「それを確認するために行くんでしょ。明日」


 「あ・・・明日!」


 「あら。なに驚いているの、当然でしょ。
 膳は急げです。
 明日からながい夏休みがはじまるんですもの。うふっ」


 
(53)へつづく