落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(51) 北へ行こう⑦

2019-11-08 18:24:47 | 現代小説
北へふたり旅(51)


 6月だというのに、猛暑がやってきた。
体験したことのない暑さが、連日続く。
夜になっても気温が25℃から下がらない。


 暑さが増す中、茄子の収穫がピークをむかえる。
朝6時。大型のビニールハウス内部は、30℃をかるく越えている。
時間とともに、さらに気温が上昇していく。


 収穫開始から2時間。気がつけばハウスの温度は40℃をこえている。
流れた汗が長そでのシャツを、ぐっしょり濡らす。
しかし。いくら暑くても、素肌を露出することはできない。


 茄子は実だけでなく花や葉にもトゲが有る。
とくにヘタの部分は要注意。刺さりやすい、するどいトゲがはえている。
ナスの原産地はインドの東部。
厳しい環境を生き抜くためバラのようなトゲで武装して、大事な実を
鳥などから守っていた。
その名残が、葉っぱの裏や実のヘタの部分に残っている。


 (暑いな・・・熱中症になったらたいへんだ)
 
 汗がとまらない。
あわてて水筒の水を口にふくむ。


 農家で働きはじめて3年目。暑さにいまだ慣れない。
長年エアコンの中で仕事してきたせいもある。


 (居酒屋をやめた後、こんなふうに農家をやるとは夢にも思わなかった)


 ふぅっと息を吐いてから、茄子の木陰へ腰をおろした。
絶盛期のいま、茄子の背丈はかるく2㍍をこえている。
おおきな葉が、日陰をつくる。
直接の陽ざしから逃げただけで、背中の暑さがおさまっていく。
真夏のハウスはそれほど暑い。




 茄子の深い紺色は、太陽のひかりが作り出す。
陽があたらないとナスは赤くなる。
事実。雨の朝や曇りの朝は、茄子の肌が赤くなっている。


 ゆえに太陽光をさえぎる葉を、まめに取り除いていく必要がある。
また密集した葉が茄子とこすれあうと、肌が傷つく。
茄子の肌は赤子のように繊細だ。
太陽のひかりをじゅうぶんに入れ、なおかつ茄子を傷つけないよう、
役目を終えた古い葉を、せっせと取りのぞいていく。


 収穫は涼しい朝の6時からはじまる。
3時間から4時間かけて、コンテナ40箱から50箱の茄子を収穫する。
ベトナムの3人は選別と出荷の作業へむかう。


 いっぽうシルバーは、手入れのためビニールハウスへ残る。
10時を過ぎたビニールハウスは、すでに低温のサウナ状態になっている。
換気の小窓は開いているが、あまり役に立たない。
お昼までの2時間。暑さの中で茄子の木の手入れをおこなう。


 汗をかくことがいちばんのダイエットになる。
さいしょの年。夏場2ヶ月の作業で、体重が10キロ落ちた。
いろいろダイエットに取り組んできたが、効果はまったくなかった。
そんなわたしがたった2ヶ月の夏場の農作業で、10キロの減量に成功した。
これは奇跡だ。
減量に成功したうえ、給料までもらえる。



 一石二鳥だ。こんないいことはないとおおいによろこんだ。
しかし。油断は禁物。
7月中旬に茄子の仕事が終る。
それから9月の初旬まで、2ヶ月間の夏休みがやってくる。
仕事がなくなると、せっかく減った体重がじわりともとへ戻りはじめる。


 「ねぇ。せっかくダイエットに成功したのよ。
 もうすこし頑張ったらどう?。
 なんならご飯を2食にしましょうか。
 いまの体形を維持するために・・・うふっ」


 妻が笑う。笑っている場合ではない。
そう言いながら笑っている妻も、さいきん少しふとりはじめてきた。
  
(52)へつづく