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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (71)楠木正成

2015-07-02 10:50:20 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(71)楠木正成




 足利尊氏は平定した九州で、反撃の準備をととのえる。
3月の末から4月上旬にかけて松浦水軍の500隻を従え、満を持して九州を出る。
弟の直義は、備後鞆の浦で船から降りる。
2手に分かれ、陸路から京へ攻め上るためだ。


 山陽道には、足利の領地が点在している。
備前、美作、丹後、播磨で、すでに一門の軍勢が決起している。
さらに安芸から桃井・小早川の軍勢が駆けつけてくる。
陸路をいく直義の軍は、たちまち数万騎の大部隊に膨れ上がっていく。


 5月10日。足利勢が、鞆の浦を出発する。
この時点で水軍の勢力は、1000隻を越えている。
港を出たところで、さらに500隻が足利勢に合流した。
熊野水軍と恐れられている、紀州からやって来た河野水軍だ。
京都までの水路は、足利勢と援軍の水軍たちによって完全に掌握された。



 陸路と水路を東へ進む、足利氏進軍の情報が、次々と京へ届く。
宮中で、あわただしく軍議がひらかれる。
楠木正成、北畠親房、万里小路則房たちが招集される。
和議を提案する楠木正成に、居合わせた公家たちが思わず顔色を変える。


 「楠木殿。何を申されるか。その話は先日終わったことではないか。
 今日はその話で、集まったわけではない。
 合戦をどうするか、そのための軍議をひらいておるのだ」


 「和議は、戦わずして敵を味方に従わせる。まずは、これが最上の策でしょう。
 駄目ならば、第2の策を申し上げる。
 和議の使者をつかわし、尊氏をおびき出し、仕留めるというのはいかがでしょう」


 「楠木殿。冗談を言っている場合ではない。
 帝が敵の大将をだまし討ちするなど、もってのほか。卑怯なことは出来ません。
 合戦の軍議を、まじめにお考えください」



 「冗談ではない。真面目に軍略を申し上げておる。
 足利勢は、想像以上の大軍です。
 小勢で多勢を倒すには、奇策が必要でござる。
 敵方の尊氏には、器量にほれて多数の武将たちが集まってきておる。
 だが尊氏ひとりを倒せば、あとはただの烏合の衆。
 この際。尊氏ひとりを打ち取るための、奇策が必要でござる」


 「正成どの。当方は官軍でござるぞ。
 帝の軍勢は、だまし討ちのための奇策や奇略などは、決して用いませぬ。
 正々堂々たたかうことこそ、王道の合戦。
 他の策は、ござらぬのか」



 「第3の策。これが最後の策です。
 兵庫で戦っている義貞を、京へ呼び戻してください。
 義貞に、京の防衛を任せます。また戦の前に帝には、比叡山へお移りを願います。
 隙を見せて、尊氏を京へ誘い入れるのです。
 義貞は敗れたふりをして京を出て、再び攻める好機をうかがいます。
 私は本拠地の河内へ戻り、淀川の河口を塞いで、足利勢を兵糧攻めにします。
 敵が弱ったところを、義貞と前後から挟み撃ちにいたします。
 勝つためには、もうこれより他はありません」


 
 都を守る楠木・名和の軍勢は、1000騎に満たない。
新田の軍勢も各地に分散されたままで、都に残っている主力は1万騎。
兵庫で陣を張っている義貞の本隊が、およそ2万騎。
奥州へ出発した北畠勢を呼び戻しても、2万騎ほどしか期待できない。
万一のことを考えて、地方にある程度の軍事力を残しておかないと、いつの日か
挟み撃ちにされる危険性が発生するからだ。


 海と陸から押し寄せてくる足利勢は、現状で8万をくだらない。
それどころか加勢次第で10万を越えて、さらに増えていく可能性もある。
京に残っている官軍以外は、全部、尊氏軍に味方すると見たほうがいいだろう。
錦の御旗を手にしたことで、今まで以上に尊氏は手ごわくなった・・・
正成はこの時点で、この決戦に多大な危機感を持っていた。



 合戦に勝つためには緒戦に必ず勝ち、周囲で様子を見ている武士どもを
官軍側へ引き寄せ、数を増やさなければならない。
長引けば、味方の中から必ず、寝返りと裏切り者が出る。
戦わずに済めば、それにこしたことはない。
大軍を相手に、正面切っての合戦には、百にひとつの勝ち目もない。


 いよいよ命の捨て所。覚悟を決める時がやって来たか・・・
果てしなく続く軍議の中。名将の楠木正成が、腹をくくる瞬間が近づいてきた。


(72)へつづく
 

『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら