からっ風と、繭の郷の子守唄(102)
「若い女性たちの間で急増をしている、子宮頸がんとは」
「で、実際になんなのさ。その座ぐり糸作家さんを悩ませている病気は。
あんたたち。その相談のために、こんなにも外は良いお天気だというのに、
わざわざ狭いカフェなんかに潜り込んで、ヒソヒソこそこそと、はじめているんでしょ。
白状しなさい。こうして私自らが、お医者さまが相談に乗っているんだから」
『別に頼んだわけではありません。先輩』と、美和子が女医先生を
やんわりとした目付きで、見つめかえします。
康平は呆気にとられてしまったのか、『がん』という言葉の響きに、頭を翻弄をされたままです。
美和子が指摘をするように、康平には女性特有の病気に関する予備の知識がありません。
それどころか生理の周期に関する知識にすら乏しく、ましてや女性特有の
臓器が、病気にかかりやすい場所であるという認識すらも、持ちあわせてなどはいません。
まさにこの時点でいえば、康平の保健と衛生に関する知識は中学生以下のレベルです。
「子宮頸がんで、クラス3a~bという診断を受けています。
長期の定期検査を続けながら、そのまま、いまだに経過を観察中です」
覚悟を決めた美和子が、ついにその病名を口にします。
『クラス3なら、簡単な手術かワクチンで対応できるはずです。まだ今のうちなら、
肝心の子宮は、まずは大丈夫でしょう』と、女医先生は顔色一つ変えず、
美和子へ即答で自分の所見を返します。
「ということは・・・・座ぐり糸作家さんは、康平くんの恋人ということになるのかしら?
あなた。彼女の病気に、ちゃんと気がついていたのかしら」
メガネの奥からの、女医先生の厳しい視線が康平に飛んできました。
ようやく事態の深刻さを悟った康平が、美和子の横顔を一度見つめてから、あらためて
女医先生の顔と面とむかいます。
「今朝。彼女はたぶん、その話がしたかったのだと思います。
具体的な話には立ち入らず、あとでまた時間をつくるということで、さっき別れてきました」
「なるほど。ということは、すでに彼女は、
将来的に自分は子供は産めないかもしれないという覚悟を、見極めているわけだ。
となると事態は、思っている以上に、深刻で予断を許さないかもしれません」
「先生。!」
思わず、美和子が身体を乗り出してしまいます。
不意に先生と呼ばれたことで、先輩が思わずの苦笑を美和子へ返します。
『いいわよ、先輩のままで』『それに・・・・』と、康平へ視線を戻しながら
女医の先生が、さらに言葉を続けます。
「がんといっても、子宮頸がんという病気は、発症の原因もその治療法についても、
すでに、きちんと確立をしている病気です。
がんという名前がついていますが、それだけで死に至るわけではありません。
ただ、未婚の女性たちにしてみれば、赤ちゃんを育てるための子宮を守る上で、
是非ともクリアをしなければいけない、危険な病気のひとつです」
『事態は把握できました。それでは少しばかりレクチャーをしましょうね。耕平くんへ』
と言い放ち『あのときの無理なオーダーに、笑顔で応えてくれたお礼がわりに』などと、
なぜか女医先生が楽しそうに笑いはじめてしまいます。
当惑する康平を尻目に、傍らの美和子は、ほっと胸をなでおろしています。
「助かったァ~。実は引き受けたものの、さっきまでドキドキしていたの。
康平。先生から正しい知識をレクチャーしてもらえば、あなたも正面から千尋と向い会える。
先輩。そしたら、康平のことをよろしくお願いしますね。
私は、本来の目的の貞ちゃんのお見舞いと、自分の検診に行ってまいります。
そういうことだから康平くん。先生からしっかりと、がんと向き合う『心得』を学ぶのよ。
じゃあね。またあとで」
引き止める暇も見せずに、『よっこらしょ!』と美和子が立ち上がります。
『先生美人ですから、誘惑されたりしないでよ康平。話がますます複雑になってしまいます。うふっ』
と笑いながら、ドアの吊り鐘を鳴らし美和子が立ち去ってしまいます。
あらためて見直すと、たしかに美和子が語ったように目の前の女医先生も美くしい人です。
しかし同時に、予測もしていなかったこの急展開ぶりに、康平が頭の中で
極めて忙しくその整理を始めています・・・・
「ここのモーニングは美味しいの。
2人前を注文しますから、朝食をいただきながら、『そのお話』などをいたしましょう。
そういえば患者さん以外で、若い男性と病院以外でお話しをするのは久しぶりです。
あんたも、よく見るとけっこういい男の部類に入るもの。
美和子の忠告なんか無視をして、どうする、わたしと本気で付き合ってみない?」
「先生まで、勢いに乗って悪い冗談を言わないでください!」
『怒ると可愛いわよ。康平くん。うふふ』と女医先生は、まったく気にとめません。
こうなると、蛇に睨まれたカエル状態です。康平にはまったく太刀打ちをする術もありません。
万事休すの空気が漂う中、わかりやすい女医先生のレクチャーが、見るからに美味しそうな
2人前のモーニングを挟みながら、静かな調子で幕を開けます。
「あなたも知っているように、子宮は、女性にしかない特別で大切な臓器のひとつです。
この子宮の入り口付近を「子宮頸部(しきゅうけいぶ)」といい、ここににできるがんの事を、
「子宮頸がん(しきゅうけいがん)」と呼びます。
子宮頸がんになった場合、子宮や子宮のまわりの臓器を摘出する場合もあります。
たとえ妊娠や出産を望まない女性であったとしても、後遺症が残ったり、
仕事や生活に影響するなど、失うものは大きく、また深刻です。
がんが進行をした場合には、生命そのものにも重大な影響を及ぼすおそれがあります。
しかし子宮頸がんは、原因やがんになる過程がほぼ解明されている病気です。
定期的に検診を受けることで、がんになる前の細胞を発見し、
子宮を失わずに、治療することも可能です」
「先生。がんというのは、遺伝的な要素などが関与すると聞いたことがあります。
この病気も、やはり同じように発症をするのですか?」
「子宮頸がんに、遺伝は一切関係がありません。
性交経験がある女性ならば、誰でもかかる可能性のある病気です。
最近では、20代後半から30代にかけての女性たちの間で、急増をしています。
特に、若い女性ほど発症率が増加傾向にあるようです。
子宮頸がんは、女性特有のがんの中で、乳がんに次いで第2位を占め、
20代から30代の女性においては、発症するすべてのがんの中で、第1位になっています。
全世界で毎年、50万人以上がこの病気にかかり、
27万人の女性が、この子宮頸がんによって大切な命を失っています。
時間に換算をすると、2分間に1人の割合で亡くなっていることになります。
日本でも、毎年15000人がこの子宮頸がんと診断されています。
1日に10人のペースで、貴重な女性の命が失われています」
「怖い病気ですね、先生。子宮頸がんという病気は、先生」
「その通りです。
でもさぁ、康平くん。その合いの手のように『先生』という連発は、やめてくれないかな。
せっかくハラミ女の美和子が立ち去って、天から降ってきたようなデート気分です。
私の名は、美しさに恵まれた子と書いて、美和子とは一文字違いの『美恵子』です。
名前で呼んでください。遠慮なんかしないで」
「はい。でも年上ですから、美恵子さんと呼びます。これからは」
「よろしい。君はなかなかに物分りの良い生徒だ。
それでは講義ほうを、さらに前へと、すすめましょうね。うふふふ」
・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
詳しくはこちら
「若い女性たちの間で急増をしている、子宮頸がんとは」
「で、実際になんなのさ。その座ぐり糸作家さんを悩ませている病気は。
あんたたち。その相談のために、こんなにも外は良いお天気だというのに、
わざわざ狭いカフェなんかに潜り込んで、ヒソヒソこそこそと、はじめているんでしょ。
白状しなさい。こうして私自らが、お医者さまが相談に乗っているんだから」
『別に頼んだわけではありません。先輩』と、美和子が女医先生を
やんわりとした目付きで、見つめかえします。
康平は呆気にとられてしまったのか、『がん』という言葉の響きに、頭を翻弄をされたままです。
美和子が指摘をするように、康平には女性特有の病気に関する予備の知識がありません。
それどころか生理の周期に関する知識にすら乏しく、ましてや女性特有の
臓器が、病気にかかりやすい場所であるという認識すらも、持ちあわせてなどはいません。
まさにこの時点でいえば、康平の保健と衛生に関する知識は中学生以下のレベルです。
「子宮頸がんで、クラス3a~bという診断を受けています。
長期の定期検査を続けながら、そのまま、いまだに経過を観察中です」
覚悟を決めた美和子が、ついにその病名を口にします。
『クラス3なら、簡単な手術かワクチンで対応できるはずです。まだ今のうちなら、
肝心の子宮は、まずは大丈夫でしょう』と、女医先生は顔色一つ変えず、
美和子へ即答で自分の所見を返します。
「ということは・・・・座ぐり糸作家さんは、康平くんの恋人ということになるのかしら?
あなた。彼女の病気に、ちゃんと気がついていたのかしら」
メガネの奥からの、女医先生の厳しい視線が康平に飛んできました。
ようやく事態の深刻さを悟った康平が、美和子の横顔を一度見つめてから、あらためて
女医先生の顔と面とむかいます。
「今朝。彼女はたぶん、その話がしたかったのだと思います。
具体的な話には立ち入らず、あとでまた時間をつくるということで、さっき別れてきました」
「なるほど。ということは、すでに彼女は、
将来的に自分は子供は産めないかもしれないという覚悟を、見極めているわけだ。
となると事態は、思っている以上に、深刻で予断を許さないかもしれません」
「先生。!」
思わず、美和子が身体を乗り出してしまいます。
不意に先生と呼ばれたことで、先輩が思わずの苦笑を美和子へ返します。
『いいわよ、先輩のままで』『それに・・・・』と、康平へ視線を戻しながら
女医の先生が、さらに言葉を続けます。
「がんといっても、子宮頸がんという病気は、発症の原因もその治療法についても、
すでに、きちんと確立をしている病気です。
がんという名前がついていますが、それだけで死に至るわけではありません。
ただ、未婚の女性たちにしてみれば、赤ちゃんを育てるための子宮を守る上で、
是非ともクリアをしなければいけない、危険な病気のひとつです」
『事態は把握できました。それでは少しばかりレクチャーをしましょうね。耕平くんへ』
と言い放ち『あのときの無理なオーダーに、笑顔で応えてくれたお礼がわりに』などと、
なぜか女医先生が楽しそうに笑いはじめてしまいます。
当惑する康平を尻目に、傍らの美和子は、ほっと胸をなでおろしています。
「助かったァ~。実は引き受けたものの、さっきまでドキドキしていたの。
康平。先生から正しい知識をレクチャーしてもらえば、あなたも正面から千尋と向い会える。
先輩。そしたら、康平のことをよろしくお願いしますね。
私は、本来の目的の貞ちゃんのお見舞いと、自分の検診に行ってまいります。
そういうことだから康平くん。先生からしっかりと、がんと向き合う『心得』を学ぶのよ。
じゃあね。またあとで」
引き止める暇も見せずに、『よっこらしょ!』と美和子が立ち上がります。
『先生美人ですから、誘惑されたりしないでよ康平。話がますます複雑になってしまいます。うふっ』
と笑いながら、ドアの吊り鐘を鳴らし美和子が立ち去ってしまいます。
あらためて見直すと、たしかに美和子が語ったように目の前の女医先生も美くしい人です。
しかし同時に、予測もしていなかったこの急展開ぶりに、康平が頭の中で
極めて忙しくその整理を始めています・・・・
「ここのモーニングは美味しいの。
2人前を注文しますから、朝食をいただきながら、『そのお話』などをいたしましょう。
そういえば患者さん以外で、若い男性と病院以外でお話しをするのは久しぶりです。
あんたも、よく見るとけっこういい男の部類に入るもの。
美和子の忠告なんか無視をして、どうする、わたしと本気で付き合ってみない?」
「先生まで、勢いに乗って悪い冗談を言わないでください!」
『怒ると可愛いわよ。康平くん。うふふ』と女医先生は、まったく気にとめません。
こうなると、蛇に睨まれたカエル状態です。康平にはまったく太刀打ちをする術もありません。
万事休すの空気が漂う中、わかりやすい女医先生のレクチャーが、見るからに美味しそうな
2人前のモーニングを挟みながら、静かな調子で幕を開けます。
「あなたも知っているように、子宮は、女性にしかない特別で大切な臓器のひとつです。
この子宮の入り口付近を「子宮頸部(しきゅうけいぶ)」といい、ここににできるがんの事を、
「子宮頸がん(しきゅうけいがん)」と呼びます。
子宮頸がんになった場合、子宮や子宮のまわりの臓器を摘出する場合もあります。
たとえ妊娠や出産を望まない女性であったとしても、後遺症が残ったり、
仕事や生活に影響するなど、失うものは大きく、また深刻です。
がんが進行をした場合には、生命そのものにも重大な影響を及ぼすおそれがあります。
しかし子宮頸がんは、原因やがんになる過程がほぼ解明されている病気です。
定期的に検診を受けることで、がんになる前の細胞を発見し、
子宮を失わずに、治療することも可能です」
「先生。がんというのは、遺伝的な要素などが関与すると聞いたことがあります。
この病気も、やはり同じように発症をするのですか?」
「子宮頸がんに、遺伝は一切関係がありません。
性交経験がある女性ならば、誰でもかかる可能性のある病気です。
最近では、20代後半から30代にかけての女性たちの間で、急増をしています。
特に、若い女性ほど発症率が増加傾向にあるようです。
子宮頸がんは、女性特有のがんの中で、乳がんに次いで第2位を占め、
20代から30代の女性においては、発症するすべてのがんの中で、第1位になっています。
全世界で毎年、50万人以上がこの病気にかかり、
27万人の女性が、この子宮頸がんによって大切な命を失っています。
時間に換算をすると、2分間に1人の割合で亡くなっていることになります。
日本でも、毎年15000人がこの子宮頸がんと診断されています。
1日に10人のペースで、貴重な女性の命が失われています」
「怖い病気ですね、先生。子宮頸がんという病気は、先生」
「その通りです。
でもさぁ、康平くん。その合いの手のように『先生』という連発は、やめてくれないかな。
せっかくハラミ女の美和子が立ち去って、天から降ってきたようなデート気分です。
私の名は、美しさに恵まれた子と書いて、美和子とは一文字違いの『美恵子』です。
名前で呼んでください。遠慮なんかしないで」
「はい。でも年上ですから、美恵子さんと呼びます。これからは」
「よろしい。君はなかなかに物分りの良い生徒だ。
それでは講義ほうを、さらに前へと、すすめましょうね。うふふふ」
・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
詳しくはこちら