落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(112)

2013-10-12 10:37:46 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(112)
「消えた拳銃が、意味するものは・・・・」




 店内の様子を一通り見回した貞園が、小さく康平を手招きします。
(あなたが今更うろたえたところで、一体どうするの。賽(さい)はすでに投げらています。)
シャキっとしてよ、と、貞園の目が厳しく康平を睨んでいます。


 「問題は、その先です。
 美和子が逃げ出してきたのは、拳銃がなくなる日の前の晩でした。
 いつものように何処からか正体不明の電話がかかってきて、またDV亭主が
 その連中と飲みに出かけたの。
 でもね。なぜかその日に限ってだけ、DVの旦那が出かける前から殺気立っていたんだって。
 特別な気配を感じて身構えていた美和子は、目つきが変わってきた帰ってきた
 DV亭主から、いつものような暴力を受ける前に、するりとアパートを抜け出してきたの。
 だから安心をして頂戴。今回は美和子も無事だし、お腹の赤ちゃんにも異常はないわ。
 でもね。亭主の留守を狙って、私たち2人して荷物を取りにアパートへ戻ったときに、
 もしやと思って美和子が確認をしてみたら、いつもの場所から
 例の拳銃が消えていることがわかったの」


 「拳銃がいつも隠してある場所から消えたということは、
 もしかしたら、また近いうちに、発砲事件が起こるということか?」



 「その可能性は、充分にあると思います。
 話の様子ではDV亭主は、なんらかの弱みを暴力団員たちに握られているらしいの。
 演歌師という流れ歩く立場を利用して、あちこちをスパイのように探らされている様子だし、
 拳銃を隠し持っているということは、ヒットマンとして、利用されている可能性がある。
 いずれにしても、油断できない事態です」



 「美和子が別離を決意したのは、そういう意味からなのか・・・・」



 「この鈍感!。バッカじゃないのあんたは。
 美和子がようやくのことで、今までのなし崩しの生活にキリをつけたという話でしょ。
 誰のために、亭主から逃げ出したと思っているの。
 みんな、あんたのためでしょう。
 あんたとやり直したいからこそ、別れる決意を固めたのよ、美和子は。
 最初からあんたがしっかりしていれば、こんな展開にはならなかったはずだもの。
 でも、今更そんなことを言い始めても、仕方がないことだ・・・・
 それよりもさぁ、有事にそなえての対策が必要になるわねぇ。たぶん」


 貞園が、『有事』という部分に力をいれ、康平の目を覗き込みます。
有事、それはまもなく、どこかでまた拳銃を使った発砲事件が起こるということを意味しています。
3月の末に弾丸が打ち込まれたのは、暴力団の幹部たちが時々顔を出すという噂のある
盛り場のスナック『夜来香(いえらいしゃん)』です。
それと似たような事件がまもなく起こると、貞園が真顔で自信たっぷりに言い切ります。



 「可能性があるとすれば、ほとぼりが冷めた例の夜来香(いえらいしゃん)です。
 実は、一週間ばかりアルバイトにきてくれと、夜来香のママからまた頼まれているの。
 ということは、その一週間のうちの何処かで、幹部たちがまた顔を見せるという可能性が有る。
 美和子にも内緒の話だから、あんた、つまんないことは教えないでね」

 「本当か、それ。
 押し入れに隠してあったはずの拳銃がいつのまにか消えて、夜来香にまた幹部たちが来る。
 なるほどね。確かにその一週間のうちに、襲撃をするという可能性はある・・・・
 だが、まいったね。
 お前、香港マフィアか何かに、誰か知り合いはいないのか?」


 「康平ったら、ひっぱたくわよ。思い切り!。本気で!
 真面目な一般市民に、なんで香港マフィアの知り合いがいるのさ、失礼にもほどがある。
 私が真面目な話をしているという時に、つまらない冗談なんか言わないの。
 だいいち、私の生まれは香港ではなく、台湾なのよ、台湾。
 あんたこそ、修行先の師匠の友達に地元のワルがいるじゃないの。
 そっちの方から、なんとかならないの・・・・」



 「ああ・・・例の岡本氏か。しかし難しいだろうなぁ。
 背後で動いている組織の連中の尻尾でも掴めれば、なんとか手も打てるだろうが、
 相手の所在がはっきりしないうちは、たぶん、無理があるだろう」


 「日本のヤクザもダメとなれば、手の打ちようがありません。
 どうするのさ。間違って発砲事件が起きて、あのDV亭主が警察に捕まることになれば、
 美和子だって心中穏やかでなくなるわ。
 別れるという決意は固めたものの、まだ旦那の方は別れる気持ちは一切ないみたいだもの。
 ややっこしい話になるのは、誰が見たって必然よ」



 (う・・・ん・・・)、2人の会話が途切れてしまいます。
安定期に入ったとは言え美和子の身体へ、この展開には、すこぶる過酷なものがあります。
とはいえ2人に、これといった妙案は思い浮かびません。
警察に情報を提供して、逮捕のために事前に動いてもらうのがこの場合の常道と思われますが、
何故か2人は同じように、そのことへ躊躇をしているのです


 「厄介な問題よねぇ・・・」と、意味ありそうに康平を見つめながら、貞園がつぶやきます。
その目は、唯一の手段を握っているはずの康平へ、決断を決めろと迫っています。
警察があてにならないのなら、目には目で、歯には歯で対抗するしかないでしょうと、
その目は、明らかにほどに康平へ語り続けています。



 「お前もやっぱり、非合法な手段で解決したほうがいいと考えているんだな。
 水面下で片付けて、美和子へしわ寄せがいかない方法を、考えているんだろう」



 「ズバリ大当たり。当たり前じゃないの。
 正しいことだとは思わないけど、他に方法がなければそれもアリでしょう。
 あんただって、無用に美和子をこんな事件に巻き込ませたくはないでしょう。
 私だって、その覚悟があるからこそ、マンションに美和子をあえてかくまったのよ」



 (これで、何とかしてきてよ)と貞園が、銀行の紙袋を康平の目の前へポンと差し出します。
(なんだい、これ)といぶかる康平へ、早くしまえと貞園が目で合図を送っています。
手応えのある紙袋を受け取り、康平がポケットへそれを素早くしまい込みます。



 「多少の足しにはなるでしょう。それだけですが、とりあえず準備をしました。
 ああいう人たちに頼み事をするときには、常に、それなりの費用などがかかります。
 いいのよ。どうせパパからせしめた金だし、美和子のために使うのなら諦めもつきます。
 足りない分は、自分でなんとかしてくださいね。
 美和子の身体と赤ちゃんだけは責任をもって私が守るから、あんたは発砲事件を、
 どんな手を使ってもいいから、なんとか未然に防いでください。頼んだわよ」



 「わかった。夜来香へアルバイトに行くのはいつからだ?」


 「今月の15日から頼まれていますから、あと10日後のことです。
 事態は急を要するし、楽観も一切できません。
 ここらあたりが、男としての一番の踏ん張りどころです、兄貴っ」





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