からっ風と、繭の郷の子守唄(100)
「美和子を襲ったDVと、その背後にひそみつづけている危険な秘密」
(分かっているの、康平くん。
あの妊婦さんは、ついさっき、『あなたの子供が産みたかった』と、はっきりと言い切ったのよ。
それが何を意味しているのか、ちゃんと分かって聞いているんでしょうね、あなたは。
少しピンボケ過ぎる、呑竜マーケットの唐変木くん・・・・)
カフェの奥の席で本を閉じ、聞き耳をたてている赤いメガネの女医先生が、
メガネの奥で、しっかりと2人の様子に目を光らせています。
しかし美和子と向かい合って座る康平は、あいかわらず呑気に構えています
運ばれてきたコーヒーを一口すすってから、またフラフラと表通りへ目を転じていきます。
しかし、実はこの時点ですでに、康平の同様は一瞬にしてピークに達しています。
美和子が何気なく言い放ったその一言を、康平は、今回に限ってものの見事に、
真正面からキャッチしていました。
(たしかに、そう言ったよなぁ。いま美和子は。
何気ない調子の中ではっきりと、『あなたの子供が産みたかった』って。
どういうことなんだ。どう言う意味なんだ、それって一体。
落ち着けよ、とにかく落ち着いてよく考えろ、康平。)
美和子もハンカチで頬へ風を送ったまま、テーブルの上に視線を落としています。
お互いの想いがそれぞれの交錯を見せる中、会話が途絶えてしまった2人のあいだには、
カフェでの別の会話と、気まずい沈黙の時間だけが流れていきます。
(あらぁ・・・・ついに、気まずい雰囲気が立ち込めてきましたねぇ。
それにしても、やっぱり私は迂闊です。こんな時にこんな状態だというのに、
ついに、心に秘めてきた本音を漏らしてしまいました。
5ヶ月目に入った妊婦から、いまさら本音を告白されたところで、もう
康平にも私にも、絶対絶命といえる『あとの祭り』です。
あたしの中に住んでいる小悪魔が、やっぱり康平と千尋に嫉妬をしているんだわ。
まいったなぁ。康平をまた困らせているくせに、その実、喜んでいるあたしがいます・・・・
お腹のこの子に怒られそうだ。お母さんは根っからの意地悪だって、うふっ)
美和子がこの場面において、つとめて冷静な態度でいられるのには訳があります。
DV亭主との離別を、自分なりにすでに決意をしているためです。
美和子とDV亭主との出会いは、高崎市にある繁華街、柳川(やながわ)町まで遡ります。
自作の『夜の糸ぐるま』のキャンペーンを始めた頃、かつて東京で一度顔見知りに
なった一人の演歌師と、偶然、夜の街で再会を果たしています。
何度か食事にも誘われ、酒などを飲むうちに、いつとはなしに同棲生活が始まりました。
先の見えない作詞と歌手活動への、不安が募っていたと言えばそれまでですが、それ以上に
巧妙すぎる男の優しさに上手に幻惑されてしまったことが、なし崩し的に、
美和子が同棲生活を始めるきっかけになりました。
同棲がはじまってからの一年あまりは、貧しいなりに、平穏な日々が続きました。
亭主からのDVは、正体不明の電話で呼びだされ、泥酔をして帰ってきた日の晩から始まりました。
思いつめたような顔でようやく帰ってきた亭主が、些細な言葉の行き違いから、
今まで見せたことのない理不尽な逆上ぶりを、美和子にみせつけます。
普段なら笑って聞き流すたわいのない言葉を、『反抗的で、実に生意気だ』と頭から決めつけ、
突然、激しい痛みを伴う衝撃が美和子の頬を走ります。
美和子が生まれて初めて受ける、男性からの暴力です。
罵(ののし)りの醜い言葉の洪水ととに、加減することを一切知らない男の拳が、
一瞬にして美和子の全身と心の奥深くにまで、激しい痛みと屈辱を加え続けます。
決して消えることのない傷跡と痛みを、理不尽なまでに男が刻み込みます。
痛みと怯えにことごとく打ちのめされたまま、美和子は眠れない一晩を過ごします。
しかし次の日の朝、事態は全く予定外と思える方向へ展開をします。
正気にかえった亭主が、心の底からの改心の様子といたわりを美和子に見せます。
生々しい傷が残ったままの美和子をそっと抱き寄せ、まったく別人のように
髪に触れ、頬を愛撫しながら、心の底からいたわり続けます。
『もう2度としないから、2度と殴らないから俺を許してくれ』という言葉が男の涙とともに、
何度も優しく、美和子の耳元で繰り返されます。
改心をしたかに見える優しい男の態度に、美和子の心がゆるみます。
しかし男のDVは、やがてその後何度にもわたっておよび、繰り返し爆発するようになります。
突然のDVと、暴力を振るったその直後に必ずやってくるものは、傷ついた美和子へ見せる
男の、なんともいえない、底なしともいえる優しいいたわりです。
しかしこうしたDVの事態は、正体不明の電話がかかってくるたびに決まり事のようにして、
何度も、密室で暮らす2人のあいだで繰り返されていきます。
DVと亭主の背後に潜む危険な影の存在を、初めて美和子が見つけ出したのは、
妊娠をする1年あまり前のことです。
DVにもすっかりと慣れ、『私が我慢をすれば、それで済むことだ』と思い始めている自分と、
いつかは変わるであろうという淡い期待を持っている美和子がすでに、そこに存在をしていました。
秋も深まり、日に日に寒さが進み、そろそろ冬用の布団を準備しようとして、
美和子が押し入れを開けた時、それはついに発見をされました。
冬用の布団の上に、埃が落ちているのを美和子が見つけます。
『おかしいわねぇ』と見上げた美和子の目に、かすかにずれている天井板が目に入ります。
電気工事や点検の際に、屋根裏へ潜り込むための開口部には、小さな隙間が見えます
直しておこうと思った美和子が、不安定な体勢のまま押し入れの上の段へ登ります。
軽く触れたはずの天井板は苦もなく動き、さらに開口部が大きくなってしまいます。
『あら、いやだ。この板は思いのほか、簡単に動くのね』と何気なく、
天井裏を覗き込んだとき、目の前で、ビニールに覆われた異物を見つけ出します。
『なにかしら・・・・』そっと触れた指先へ、固く、危険を思わせる
感触が、瞬時にはねかえってきました。
片手でも持てそうな危険物の大きさに納得をした美和子が、包装物を手にします。
ずしりとした包装物の手応えの重さが、危険な気配と不安をさらに美和子の脳裏へ走らせます。
『見てはいけないものかもしれない』しかし、怖いもの見たさが、美和子の行為を続行させます。
ビニールでぐるぐる巻きにされている包装の下には、見覚えのある薄茶色の油紙が見えます。
大きさといい、重さといい、もしかしたら、これは拳銃?・・・・という決定的な衝撃が、
やがて確信に変わり、恐怖が美和子の全身を駆け抜けていきます。
一度だけ美和子は、暴力団が使う拳銃を目にしたことがあります。
地元の繁華街を周りながら、歌手活動を繰り返していると必然的に、地元の暴力団員や
そうした関係者との顔見知りが、徐々に増えてきます。
同棲時代が始まる前に、よく寄るスナックで顔見知りになった女の子とやがて親しくなり、
時々、お互いのアパートへ泊まりあうようになったことがあります。
ごくまれに泊まりにも来るという彼女の遊び相手は、妻子持ちという暴力団の構成員です。
『ここは、物資の前線基地なの』と悪びれもみせず、彼女が見せてくれたのが
今回と同じように、まず油紙で包まれ、さらに厳重に幾重にもビニールで包装をされた拳銃でした。
『構成員たちは拳銃をいちいち持ち歩かないの。有事の際に、いち早く現場へかけつけるため、
普段から隠し置かれている組の保管庫や、自宅へ取りに戻っていたのでは時間的に間に合わなくなる。
だからこうして、いくつかある前進基地へ有事にそなえて密かに隠しておくの。
でもナイショだよ。ばれたらあたしが消されちゃうもの。あっはっは』
と、お茶目に笑っていた暴力団構成員の愛人から、
今と同じように、拳銃の包みをそっと取り出して、見せてもらったことがあります。
(まったくそれと同じものだ、と思う)そう思いながら美和子はまた、元あった場所へ
気がつかれないようにと、用心深く包装物を元へ戻します。
・「新田さらだ館」は、
日本の食と、農業の安心と安全な未来を語るホームページです。
多くの情報とともに、歴史ある郷土の文化と多彩な創作活動も発信します。
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「美和子を襲ったDVと、その背後にひそみつづけている危険な秘密」
(分かっているの、康平くん。
あの妊婦さんは、ついさっき、『あなたの子供が産みたかった』と、はっきりと言い切ったのよ。
それが何を意味しているのか、ちゃんと分かって聞いているんでしょうね、あなたは。
少しピンボケ過ぎる、呑竜マーケットの唐変木くん・・・・)
カフェの奥の席で本を閉じ、聞き耳をたてている赤いメガネの女医先生が、
メガネの奥で、しっかりと2人の様子に目を光らせています。
しかし美和子と向かい合って座る康平は、あいかわらず呑気に構えています
運ばれてきたコーヒーを一口すすってから、またフラフラと表通りへ目を転じていきます。
しかし、実はこの時点ですでに、康平の同様は一瞬にしてピークに達しています。
美和子が何気なく言い放ったその一言を、康平は、今回に限ってものの見事に、
真正面からキャッチしていました。
(たしかに、そう言ったよなぁ。いま美和子は。
何気ない調子の中ではっきりと、『あなたの子供が産みたかった』って。
どういうことなんだ。どう言う意味なんだ、それって一体。
落ち着けよ、とにかく落ち着いてよく考えろ、康平。)
美和子もハンカチで頬へ風を送ったまま、テーブルの上に視線を落としています。
お互いの想いがそれぞれの交錯を見せる中、会話が途絶えてしまった2人のあいだには、
カフェでの別の会話と、気まずい沈黙の時間だけが流れていきます。
(あらぁ・・・・ついに、気まずい雰囲気が立ち込めてきましたねぇ。
それにしても、やっぱり私は迂闊です。こんな時にこんな状態だというのに、
ついに、心に秘めてきた本音を漏らしてしまいました。
5ヶ月目に入った妊婦から、いまさら本音を告白されたところで、もう
康平にも私にも、絶対絶命といえる『あとの祭り』です。
あたしの中に住んでいる小悪魔が、やっぱり康平と千尋に嫉妬をしているんだわ。
まいったなぁ。康平をまた困らせているくせに、その実、喜んでいるあたしがいます・・・・
お腹のこの子に怒られそうだ。お母さんは根っからの意地悪だって、うふっ)
美和子がこの場面において、つとめて冷静な態度でいられるのには訳があります。
DV亭主との離別を、自分なりにすでに決意をしているためです。
美和子とDV亭主との出会いは、高崎市にある繁華街、柳川(やながわ)町まで遡ります。
自作の『夜の糸ぐるま』のキャンペーンを始めた頃、かつて東京で一度顔見知りに
なった一人の演歌師と、偶然、夜の街で再会を果たしています。
何度か食事にも誘われ、酒などを飲むうちに、いつとはなしに同棲生活が始まりました。
先の見えない作詞と歌手活動への、不安が募っていたと言えばそれまでですが、それ以上に
巧妙すぎる男の優しさに上手に幻惑されてしまったことが、なし崩し的に、
美和子が同棲生活を始めるきっかけになりました。
同棲がはじまってからの一年あまりは、貧しいなりに、平穏な日々が続きました。
亭主からのDVは、正体不明の電話で呼びだされ、泥酔をして帰ってきた日の晩から始まりました。
思いつめたような顔でようやく帰ってきた亭主が、些細な言葉の行き違いから、
今まで見せたことのない理不尽な逆上ぶりを、美和子にみせつけます。
普段なら笑って聞き流すたわいのない言葉を、『反抗的で、実に生意気だ』と頭から決めつけ、
突然、激しい痛みを伴う衝撃が美和子の頬を走ります。
美和子が生まれて初めて受ける、男性からの暴力です。
罵(ののし)りの醜い言葉の洪水ととに、加減することを一切知らない男の拳が、
一瞬にして美和子の全身と心の奥深くにまで、激しい痛みと屈辱を加え続けます。
決して消えることのない傷跡と痛みを、理不尽なまでに男が刻み込みます。
痛みと怯えにことごとく打ちのめされたまま、美和子は眠れない一晩を過ごします。
しかし次の日の朝、事態は全く予定外と思える方向へ展開をします。
正気にかえった亭主が、心の底からの改心の様子といたわりを美和子に見せます。
生々しい傷が残ったままの美和子をそっと抱き寄せ、まったく別人のように
髪に触れ、頬を愛撫しながら、心の底からいたわり続けます。
『もう2度としないから、2度と殴らないから俺を許してくれ』という言葉が男の涙とともに、
何度も優しく、美和子の耳元で繰り返されます。
改心をしたかに見える優しい男の態度に、美和子の心がゆるみます。
しかし男のDVは、やがてその後何度にもわたっておよび、繰り返し爆発するようになります。
突然のDVと、暴力を振るったその直後に必ずやってくるものは、傷ついた美和子へ見せる
男の、なんともいえない、底なしともいえる優しいいたわりです。
しかしこうしたDVの事態は、正体不明の電話がかかってくるたびに決まり事のようにして、
何度も、密室で暮らす2人のあいだで繰り返されていきます。
DVと亭主の背後に潜む危険な影の存在を、初めて美和子が見つけ出したのは、
妊娠をする1年あまり前のことです。
DVにもすっかりと慣れ、『私が我慢をすれば、それで済むことだ』と思い始めている自分と、
いつかは変わるであろうという淡い期待を持っている美和子がすでに、そこに存在をしていました。
秋も深まり、日に日に寒さが進み、そろそろ冬用の布団を準備しようとして、
美和子が押し入れを開けた時、それはついに発見をされました。
冬用の布団の上に、埃が落ちているのを美和子が見つけます。
『おかしいわねぇ』と見上げた美和子の目に、かすかにずれている天井板が目に入ります。
電気工事や点検の際に、屋根裏へ潜り込むための開口部には、小さな隙間が見えます
直しておこうと思った美和子が、不安定な体勢のまま押し入れの上の段へ登ります。
軽く触れたはずの天井板は苦もなく動き、さらに開口部が大きくなってしまいます。
『あら、いやだ。この板は思いのほか、簡単に動くのね』と何気なく、
天井裏を覗き込んだとき、目の前で、ビニールに覆われた異物を見つけ出します。
『なにかしら・・・・』そっと触れた指先へ、固く、危険を思わせる
感触が、瞬時にはねかえってきました。
片手でも持てそうな危険物の大きさに納得をした美和子が、包装物を手にします。
ずしりとした包装物の手応えの重さが、危険な気配と不安をさらに美和子の脳裏へ走らせます。
『見てはいけないものかもしれない』しかし、怖いもの見たさが、美和子の行為を続行させます。
ビニールでぐるぐる巻きにされている包装の下には、見覚えのある薄茶色の油紙が見えます。
大きさといい、重さといい、もしかしたら、これは拳銃?・・・・という決定的な衝撃が、
やがて確信に変わり、恐怖が美和子の全身を駆け抜けていきます。
一度だけ美和子は、暴力団が使う拳銃を目にしたことがあります。
地元の繁華街を周りながら、歌手活動を繰り返していると必然的に、地元の暴力団員や
そうした関係者との顔見知りが、徐々に増えてきます。
同棲時代が始まる前に、よく寄るスナックで顔見知りになった女の子とやがて親しくなり、
時々、お互いのアパートへ泊まりあうようになったことがあります。
ごくまれに泊まりにも来るという彼女の遊び相手は、妻子持ちという暴力団の構成員です。
『ここは、物資の前線基地なの』と悪びれもみせず、彼女が見せてくれたのが
今回と同じように、まず油紙で包まれ、さらに厳重に幾重にもビニールで包装をされた拳銃でした。
『構成員たちは拳銃をいちいち持ち歩かないの。有事の際に、いち早く現場へかけつけるため、
普段から隠し置かれている組の保管庫や、自宅へ取りに戻っていたのでは時間的に間に合わなくなる。
だからこうして、いくつかある前進基地へ有事にそなえて密かに隠しておくの。
でもナイショだよ。ばれたらあたしが消されちゃうもの。あっはっは』
と、お茶目に笑っていた暴力団構成員の愛人から、
今と同じように、拳銃の包みをそっと取り出して、見せてもらったことがあります。
(まったくそれと同じものだ、と思う)そう思いながら美和子はまた、元あった場所へ
気がつかれないようにと、用心深く包装物を元へ戻します。
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