からっ風と、繭の郷の子守唄(76)
「送られてきた2枚の画像に戸惑う康平と、思案が続く貞園」

それから、1時間あまり後。
歓談終え天神通りのアーケードで美和子と別れた貞園が、呑竜マーケットの角をいそいで
曲がり一目散に康平の店を目指しています。
午後3時を過ぎた細い路地裏の道では、開店準備に入ったお店の様子なども見えますが、
大半が昨夜の営業を終えた姿のまま、いまだに深い眠りに沈んでいます。
「康平。画像は2枚とも、ちゃんと届いていたかしら」
「おう、貞園か。なんだ一体、藪から棒に。
一枚目は目つきの悪い、見るからに不良丸出しの坊主頭だ。
もう一枚は遠目には女のようだが、画像が悪すぎてよくわからねぇ。
ブルーの服の女は、ピントが合っていないうえに、手が震えているのかブレている。
美和子の携帯を使って、へんてこりんな画像を2枚も俺に転送してくるなんて、
意味がまったくわからねぇ。どうしたんだ、今日のお前は」
「美和ちゃんに、確認の電話なんか入れなかったでしょうね」
「お前が一方的に、電話をするなと命令をしたくせに。まったくもって失礼なやつだ。
そんなに俺が信用できないか」
「あんたは、美和子と聞くと、舞い上がって歯止めがきかないもの。
最初の一枚は、美和ちゃんの携帯の中に入っていた、美和子のご亭主の写真。
2枚目は、美和ちゃんから携帯を借りるための、ただのアリバイ用の写真。
慌てていたからピンボケで失敗したといえば、リアルに写っているから辻褄は合うでしょう。
肝心なのは一枚目の亭主の横顔で、実はこの顔に見覚えがあるのよ」
「この画像をわざわざ俺に転送するために、あえて美和子の携帯を借りたわけか。
なるほどね、お前さんもかなりの知能犯だな、悪知恵にかけては。
普段は気が利かないと思っていたが、いざとなるとそれなりには機転がきくようだ」
「茶化さないで。ここからが肝心の話ですから。
3月末に発生をした、スナック『夜来香(いえらいしゃん)』の発砲事件は覚えているでしょ。
その時の実行犯はいまだに逮捕されていないし、人相も明らかにされていません。
この男の顔はしっかり見たけど怖くて、私は警察では一言も見たとは喋っていないもの、
当然すぎる結果です。
言えるわけがないでしょう。逆恨みを受けたら私の命が危なくなってしまうもの。
問題は、この男が美和ちゃんの亭主だったということよ。
どうする、康平。その他にもごちゃごちゃいろいろと有るけれど、
まず最初の大きな問題は、こいつがいったい何者で、どういう男なのか、
そのあたりを、まず確かめる必要がある」
「警察へこの画像を持って行って、こいつが実行犯だといえばそれで済むことだろう。
お前さんが、面倒くさいことに手を出す必要はないさ」
「そうは行かない事情が山ほどもあるの。だからわたしが苦労を買って出ているのよ。
たとえば・・・・」
「たとえば?」と即答で聞き返す康平の言葉に、「あっ!」と気づいた貞園が
両手で口元を押さえ、『しまった』とばかりに口を閉ざしてしまいます。
勢いに乗って語り始めたとは言え、どこまで明らかにすべきかを貞園はまだ決めかねています。
迂闊にすべてを語ってしまうと、康平が狼狽えてしまい、余計な混乱までを引き起こします。
(待て、待て)と貞園が頭の中で、ひとつづつ情報の整理を始めました・・・・
「貞園。どうやら俺に言える話と、言えない話があるようだ。
とりあえずこの一件の背後には、なにやら深い理由と、しがらみなどが潜んでいそうだ。
無理にすべてを話せとは言わないから、公開できる範囲で情報を明らかにしてくれ。
最初に聞きたいのは、なぜ今頃になってからこんな写真が出てきたのか、
まずは、それから聞きたい」
「お願いだから、もう少し待って。
私のこんがらかった頭の中を整理するから、もう少し時間をちょうだい。
美和ちゃんにだってメンツがあるし、女にしか分からない微妙な問題もからんでいるし・・・・
康平。一杯頂戴!。気持ちを鎮めてから、おいおいと話しますから」
「わかった。その件は後回しにしょう。
じゃあ、もう一枚の、この青い服のピンボケ写真は一体なんだ。
こっちには、それほど込み入った複雑な事情は潜んでいないだろう。誰なんだ、この女は?」
康平が貞園のために、黒霧島のお湯割りを準備します。
突き出しがわりに、地場産で茹でたばかりの、あつあつの枝豆が出てきました。
群馬県北部の高地、昭和村の農家から直送されてきたばかりの、枝付きのものです。
康平は届いたばかりの枝豆を、枝からひとつづつ丁寧に外した後に『さや切り』をします。
両端にあるヘタの部分を、キッチンばさみを使って切りおとします。
こうすることで、枝豆に味がしみ込みやすくなります。
さらにひとつまみの塩をボールへ投入し、その中で、豆に塩をすり込みます。
こうすることで皮の部分に塩がしみ込みやすくなり、さらに一段階うま味もアップをします。
茹でる際のお湯のポイントは、4%ちょうどの塩加減です。
3分30秒から5分間で茹で上げるようにします。5分以上ゆでるとアミノ酸が流出しやすくなり、
食感も柔らかくなりすぎて、風味を損なってしまいます。
ザルにあけ、うちわで手早く冷まします。
氷水につけると塩が抜けてしまい、水っぽくなるので、これだけは避けます。
ちょうど良い塩加減なので塩ふりは必要ありませんが、しょっぱいのが好きな人は
好みでさらに塩を振ってもいいでしょう。
枝豆の甘みをひきだす調理法の秘訣は、『対比効果』にあります。
4%の塩水でゆでたときに、枝豆に含まれる塩分量は可食部分(食べられる豆の部分)の
100gに対して、わずか1gにしか過ぎません。
この塩分量が、枝豆が本来持っている甘み(麦芽糖・マルトース)を引き出してくれます。
わずかな塩分が甘さを引き立たせることを「対比効果」と呼び、「スイカの塩」や
「お汁粉の塩昆布」なども、まったくこれと同じ原理に基づいています。
1gを超えると、甘みより塩気のほうを強く感じてしまいます。4%の塩水が最もやわらかく、
かつ弾力性も保たれるとされています。
「うう~ん・・・・たしかに、美味しい!」
貞園の目が細くなり、美味しいものを食べている幸せ感が満面に満ち溢れてきます。
康平が差し出す黒霧島のお湯割りを、一気に3分1ほど気持ちよさそうに喉の奥へ流し込むと、
もう、貞園の目は横線一本に消えてしまい、完璧に満面の笑みへ変わります。
「どっちだよ、お前。うまいのは枝豆かい、それとも焼酎のほうか?」
「どちらも最高!。でも、夏はやっぱり枝豆よねぇ。
鮮度といい、絶妙の塩加減といい、康平はやっぱりお料理の天才です」
「お世辞はいい。で結局、誰なんだ。この青い服の女は?」
「ちょっと小生意気で、最近ちょくちょくとこのあたりでよく見かけるようになった変な女。
よりによって、呑竜マーケットへ出入りをしているような、そんな雰囲気もあるの。
今日も来ていたのよ、我がもの顔でこの路地へ入ってきたもの。
つばの広い麦わら帽子を胸に抱えて、シルクのような巾着袋をぶらさげて、
薄いブルーのワンピースを着た、30歳くらいのちょっと細身の女よ。
あら、・・・・どうしたのさ、その反応は。
まさか・・・・知り合いじゃないでしょうね。ねぇ、康平!」

・「新田さらだ館」は、
日本の食と農業の安心と安全な未来を語る、地域発のホームページです
http://saradakann.xsrv.jp/
「送られてきた2枚の画像に戸惑う康平と、思案が続く貞園」

それから、1時間あまり後。
歓談終え天神通りのアーケードで美和子と別れた貞園が、呑竜マーケットの角をいそいで
曲がり一目散に康平の店を目指しています。
午後3時を過ぎた細い路地裏の道では、開店準備に入ったお店の様子なども見えますが、
大半が昨夜の営業を終えた姿のまま、いまだに深い眠りに沈んでいます。
「康平。画像は2枚とも、ちゃんと届いていたかしら」
「おう、貞園か。なんだ一体、藪から棒に。
一枚目は目つきの悪い、見るからに不良丸出しの坊主頭だ。
もう一枚は遠目には女のようだが、画像が悪すぎてよくわからねぇ。
ブルーの服の女は、ピントが合っていないうえに、手が震えているのかブレている。
美和子の携帯を使って、へんてこりんな画像を2枚も俺に転送してくるなんて、
意味がまったくわからねぇ。どうしたんだ、今日のお前は」
「美和ちゃんに、確認の電話なんか入れなかったでしょうね」
「お前が一方的に、電話をするなと命令をしたくせに。まったくもって失礼なやつだ。
そんなに俺が信用できないか」
「あんたは、美和子と聞くと、舞い上がって歯止めがきかないもの。
最初の一枚は、美和ちゃんの携帯の中に入っていた、美和子のご亭主の写真。
2枚目は、美和ちゃんから携帯を借りるための、ただのアリバイ用の写真。
慌てていたからピンボケで失敗したといえば、リアルに写っているから辻褄は合うでしょう。
肝心なのは一枚目の亭主の横顔で、実はこの顔に見覚えがあるのよ」
「この画像をわざわざ俺に転送するために、あえて美和子の携帯を借りたわけか。
なるほどね、お前さんもかなりの知能犯だな、悪知恵にかけては。
普段は気が利かないと思っていたが、いざとなるとそれなりには機転がきくようだ」
「茶化さないで。ここからが肝心の話ですから。
3月末に発生をした、スナック『夜来香(いえらいしゃん)』の発砲事件は覚えているでしょ。
その時の実行犯はいまだに逮捕されていないし、人相も明らかにされていません。
この男の顔はしっかり見たけど怖くて、私は警察では一言も見たとは喋っていないもの、
当然すぎる結果です。
言えるわけがないでしょう。逆恨みを受けたら私の命が危なくなってしまうもの。
問題は、この男が美和ちゃんの亭主だったということよ。
どうする、康平。その他にもごちゃごちゃいろいろと有るけれど、
まず最初の大きな問題は、こいつがいったい何者で、どういう男なのか、
そのあたりを、まず確かめる必要がある」
「警察へこの画像を持って行って、こいつが実行犯だといえばそれで済むことだろう。
お前さんが、面倒くさいことに手を出す必要はないさ」
「そうは行かない事情が山ほどもあるの。だからわたしが苦労を買って出ているのよ。
たとえば・・・・」
「たとえば?」と即答で聞き返す康平の言葉に、「あっ!」と気づいた貞園が
両手で口元を押さえ、『しまった』とばかりに口を閉ざしてしまいます。
勢いに乗って語り始めたとは言え、どこまで明らかにすべきかを貞園はまだ決めかねています。
迂闊にすべてを語ってしまうと、康平が狼狽えてしまい、余計な混乱までを引き起こします。
(待て、待て)と貞園が頭の中で、ひとつづつ情報の整理を始めました・・・・
「貞園。どうやら俺に言える話と、言えない話があるようだ。
とりあえずこの一件の背後には、なにやら深い理由と、しがらみなどが潜んでいそうだ。
無理にすべてを話せとは言わないから、公開できる範囲で情報を明らかにしてくれ。
最初に聞きたいのは、なぜ今頃になってからこんな写真が出てきたのか、
まずは、それから聞きたい」
「お願いだから、もう少し待って。
私のこんがらかった頭の中を整理するから、もう少し時間をちょうだい。
美和ちゃんにだってメンツがあるし、女にしか分からない微妙な問題もからんでいるし・・・・
康平。一杯頂戴!。気持ちを鎮めてから、おいおいと話しますから」
「わかった。その件は後回しにしょう。
じゃあ、もう一枚の、この青い服のピンボケ写真は一体なんだ。
こっちには、それほど込み入った複雑な事情は潜んでいないだろう。誰なんだ、この女は?」
康平が貞園のために、黒霧島のお湯割りを準備します。
突き出しがわりに、地場産で茹でたばかりの、あつあつの枝豆が出てきました。
群馬県北部の高地、昭和村の農家から直送されてきたばかりの、枝付きのものです。
康平は届いたばかりの枝豆を、枝からひとつづつ丁寧に外した後に『さや切り』をします。
両端にあるヘタの部分を、キッチンばさみを使って切りおとします。
こうすることで、枝豆に味がしみ込みやすくなります。
さらにひとつまみの塩をボールへ投入し、その中で、豆に塩をすり込みます。
こうすることで皮の部分に塩がしみ込みやすくなり、さらに一段階うま味もアップをします。
茹でる際のお湯のポイントは、4%ちょうどの塩加減です。
3分30秒から5分間で茹で上げるようにします。5分以上ゆでるとアミノ酸が流出しやすくなり、
食感も柔らかくなりすぎて、風味を損なってしまいます。
ザルにあけ、うちわで手早く冷まします。
氷水につけると塩が抜けてしまい、水っぽくなるので、これだけは避けます。
ちょうど良い塩加減なので塩ふりは必要ありませんが、しょっぱいのが好きな人は
好みでさらに塩を振ってもいいでしょう。
枝豆の甘みをひきだす調理法の秘訣は、『対比効果』にあります。
4%の塩水でゆでたときに、枝豆に含まれる塩分量は可食部分(食べられる豆の部分)の
100gに対して、わずか1gにしか過ぎません。
この塩分量が、枝豆が本来持っている甘み(麦芽糖・マルトース)を引き出してくれます。
わずかな塩分が甘さを引き立たせることを「対比効果」と呼び、「スイカの塩」や
「お汁粉の塩昆布」なども、まったくこれと同じ原理に基づいています。
1gを超えると、甘みより塩気のほうを強く感じてしまいます。4%の塩水が最もやわらかく、
かつ弾力性も保たれるとされています。
「うう~ん・・・・たしかに、美味しい!」
貞園の目が細くなり、美味しいものを食べている幸せ感が満面に満ち溢れてきます。
康平が差し出す黒霧島のお湯割りを、一気に3分1ほど気持ちよさそうに喉の奥へ流し込むと、
もう、貞園の目は横線一本に消えてしまい、完璧に満面の笑みへ変わります。
「どっちだよ、お前。うまいのは枝豆かい、それとも焼酎のほうか?」
「どちらも最高!。でも、夏はやっぱり枝豆よねぇ。
鮮度といい、絶妙の塩加減といい、康平はやっぱりお料理の天才です」
「お世辞はいい。で結局、誰なんだ。この青い服の女は?」
「ちょっと小生意気で、最近ちょくちょくとこのあたりでよく見かけるようになった変な女。
よりによって、呑竜マーケットへ出入りをしているような、そんな雰囲気もあるの。
今日も来ていたのよ、我がもの顔でこの路地へ入ってきたもの。
つばの広い麦わら帽子を胸に抱えて、シルクのような巾着袋をぶらさげて、
薄いブルーのワンピースを着た、30歳くらいのちょっと細身の女よ。
あら、・・・・どうしたのさ、その反応は。
まさか・・・・知り合いじゃないでしょうね。ねぇ、康平!」

・「新田さらだ館」は、
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