からっ風と、繭の郷の子守唄(32)
「丑三つ時(うしみつどき)の飲み屋では、人の道を外れた話が2つ3つは始まる」

「おいおい、ママ。俺ひとりを悪ものに仕立て上げるな。
確かに俺はヤクザ稼業だ。
世間様からは、あまり褒められるようなことは一切していねぇ。
だがな。大きな声じゃ言えないが、今夜この店に集まっている連中だって、
みんな似たか寄ったかで、人の道に外れた悪さをしている連中ばかりだ。おそらくな。
まもなく時刻も深夜の2時を過ぎる。昔風に言えば『草木も眠る丑三つ時』というやつだ。
こんな遅い時間まで起きている連中に、ろくな奴はいねぇ。
普通の人間ならみんなとっくに、明日のためにおネンネをしている時間だ」
「怪談なんかで、よく言われているその『丑三つ時』って、実際は何時なの?
深夜であることはなんとなくわかりますが、現代の時間でいえば何時くらいかしら」
いつのまにか岡本の隣へ移動をした美和子が、そう言いながら可愛く小首をかしげています。
俊彦と康平の間へ空いていたわずかな隙間へ、ふくよかなお尻を無理矢理に割り込ませてしまい
いつのまにか自分の席を確保した辻ママが、満面の笑みを見せながら美和子の疑問に答え始めます。
「丑の刻というのは、午前1時から3時までの頃を言うの。
その2時間を4つに分けて、そのうちの三番目が丑三つ時と呼ばれています。
午前2時から2時半ということになるわね。
これが四つになると、夏場では、そろそろ夜も白みかける時間帯になりますから、
丑三つが、一番深い夜という意味で頻繁に使われてきたようです。
他に、『丑が満る刻』という使われかたもあります。
丑の刻が満る時というのは、地球上の全てのものが、一旦動きが止まると想定されています。
続いて寅の刻へと動き出しますがこの瞬間に、お化けが出現する事に相成ります。
深夜2時。そこが『丑三つ時』のはじまりです」
「博識だねぇ・・・・さすがにママだ。
そういうことだ。そうすると、この時間におきているのはお化けか、魑魅魍魎(ちみもうりょう)
ということになる。中には美しすぎて、男を次から次へと食い殺す妖怪なども含まれている。
それが誰とは言わないが。あっはっは」
「失礼ね。男を二人ばかり訳がありまして取り替えましたが、食い殺してまではおりません。
年齢的には俊彦さんと似合いなのですが、どちらかといえば私の好みは康平くんです。
美和子ちゃん。飽きたら康平くんをわたしにちょうだい。
たっぷりと可愛がってあげるますから」
「おいおい。言っているそばから、人のものをやたらと欲しがるな。
第一、若い者たちが本気にするじゃねぇえか。そのくらいにしておけよ、きりがねぇ。
そうだ。そういえば美和子ちゃんは歌手だと言ってたねぇ。
どうだ、このあたりで、ひとつ君のうまい歌でも聞かせてくれないか。
この辻ママもななかの歌い手だが、ほうっておくと勝手に頼みもしないのに
古い歌ばかりを、延々と歌いはじめる。
下手ではないが、それが毎度のことなのでもういいかげんに聞き飽きた。
俺も、たまには若くて綺麗な女性の歌がききたいと思っている。
いい機会だ。嫌でなければ一曲歌ってくれ。礼なら希望通りにたっぷりとはずむ」
「礼はいりません。
あたしの持ち歌でよければ、一曲聞いていただけますか?」
「おっ、持ち歌があるのか。いいねぇ、流石だねぇ」
それでは、と美和子が笑顔で立ち上がります。
先程までは満席に近かった辻の店内も、さすがにこの時間になると空席などが目立ってきます。
それでもボックス席のあちこちで、顔を寄せ合っている睦まじいカップルや、肩へ手を置き、
なにやらひそひそと語り合っている2人組の姿などが、いまだに残っています。
(たしかに、まともなカップル達というよりは、
怪しげな人間関係と、見るからに不倫中という男女ばかりが集まっているわ。
・・・・そういうあたしも、その予備軍みたいなものだけど、
康平がしっかりしているから、道ならぬ恋などに落ちる心配は毛頭ないか)
自分の持ち歌、『夜の糸ぐるま』をセットした美和子が、1坪ほどのステージで
マイクを握って立つと、店内から『おや・・・』という軽いどよめきが起こります。
初めて聞くイントロの流れに数人があらためて、ステージ上の美和子へ
興味本位の視線などを送りはじめます。
♪むなしく廻る糸ぐるま 白衣の眼にさえひとすじの
涙で散ります面影もみじ ああ わびしい ここは高崎ネオンまち
夜霧にぬれる乱れ帯 切ない逢瀬の綾織(あやおり)も
こらえて流した渡良瀬川に ああ 別れの ここは桐生 霧のまち
2コーラスが終わる頃になると、歌唱中の美和子の姿をあらためて振り返る目や、
驚きを含んだ数人の目が、スーテージ上へ釘付けになるのがわかります。
シンプルな旋律と簡潔な歌詞で構成された美和子の持ち歌は、群馬県内各地の繁華街を織り込み
恋に敗れた女が、夜の街を流れて歩く寂しい情景を切々と歌い上げていきます。
「持ち歌だって・・・・いい歌じゃねぇか。
へぇぇ、可愛いだけかと思ったら、けっこうやるじゃねえか。あの姉ちゃん」
「最近の有線で、人気リクエストの上位にはいってきた曲です。
群馬県限定で、飲み屋街限定のヒット曲になるだろうという評判はきいていたけど、
この子が歌うとは知りませんでした。
ねぇ。そういえばこの歌は自分で作詞をしたという話だわよねぇ。
そうでしょう、康平くん?」
「はい。彼女はつい最近、作詞家協会の会員にも推挙されたそうです。
なんでも地方在住の作家として、全国的に初めてという快挙にあたるそうです」
「なんだと、本当かそれ。ますます人はみかけによらねぇなぁ。
好きだけで歌っている、売れない地方の演歌歌手の一人だと思っていたら、
実は、プロの作詞家のねえちゃんかい・・・・へぇぇ、おったまげた。おそれいった」
口に運びかけていたグラスを、思わずテーブルへ戻した岡本が、
あらためてステージで熱唱をしている美和子の姿を、しげしげと見つめています。
(そういえば・・・・先代の葬儀がようやく落ち着いたあと、口直しで、
軽く身内同士で飲もうということになり、浅草あたりの飲み屋を無理矢理に貸し切って、
まっ昼間から宴席の場なんかを作ったことがあった。
確かそんときに、佐野一家の身内だというつながりで、歌のうまい女の子がひとり
登場をして、演歌系の歌を2~3曲立て続けに歌ったことがある。
確信はないが、たしかこんな雰囲気を持っていた女の子だったような気もする。
しかし、誰と一緒に来ていたのか、やっぱり記憶に定かじゃねぇ。
やっぱり、俺もヤキが回ったな。肝心なことがどうしても思い出せねぇや・・・・)
岡本の脳裏には、大掛かりに行われた先代組長のかつての葬儀の日の様子が
苦い思いもそのままに、懐かしい映像などを伴いながら次第に鮮明に蘇ってきます。
滞りなく終わるはずだった会葬の場へ、反対勢力から送り込まれたヒットマンの二人が
紛れ込み、その結果、幹部2人が射殺をされてしまうという事件がおこりました。
任侠やヤクザの映画を地で行くような、前代未聞の暴力団の抗争事件・通称、
「四ツ木斎場事件」の発生です。
その日の大騒ぎが一段落をみせたあと、その日のうちの酒宴の席で岡本たちに
演歌を披露していたのは、まだ、高校を卒業したばかりのようにも見える、前髪を垂らした、
あどけなさばかりが漂っているお下げ髪の、可愛いひとりの少女でした。
「見れば見るほど、よく似ているのだが・・・」岡本がポツリとつぶやいています。

群馬を代表する学童向けの『上毛かるた』の大人版・『大人の上毛かるた』を、連日、更新中です。
大人の目から見た『上州・(群馬)』のエピソードを、ゆかりの画像とともに、紹介をしていきます。
食と、農の安心と安全な未来について語る、総合サイト・「新田さらだ館」。
本館は、こちらです。→ http://saradakann.xsrv.jp/
「丑三つ時(うしみつどき)の飲み屋では、人の道を外れた話が2つ3つは始まる」

「おいおい、ママ。俺ひとりを悪ものに仕立て上げるな。
確かに俺はヤクザ稼業だ。
世間様からは、あまり褒められるようなことは一切していねぇ。
だがな。大きな声じゃ言えないが、今夜この店に集まっている連中だって、
みんな似たか寄ったかで、人の道に外れた悪さをしている連中ばかりだ。おそらくな。
まもなく時刻も深夜の2時を過ぎる。昔風に言えば『草木も眠る丑三つ時』というやつだ。
こんな遅い時間まで起きている連中に、ろくな奴はいねぇ。
普通の人間ならみんなとっくに、明日のためにおネンネをしている時間だ」
「怪談なんかで、よく言われているその『丑三つ時』って、実際は何時なの?
深夜であることはなんとなくわかりますが、現代の時間でいえば何時くらいかしら」
いつのまにか岡本の隣へ移動をした美和子が、そう言いながら可愛く小首をかしげています。
俊彦と康平の間へ空いていたわずかな隙間へ、ふくよかなお尻を無理矢理に割り込ませてしまい
いつのまにか自分の席を確保した辻ママが、満面の笑みを見せながら美和子の疑問に答え始めます。
「丑の刻というのは、午前1時から3時までの頃を言うの。
その2時間を4つに分けて、そのうちの三番目が丑三つ時と呼ばれています。
午前2時から2時半ということになるわね。
これが四つになると、夏場では、そろそろ夜も白みかける時間帯になりますから、
丑三つが、一番深い夜という意味で頻繁に使われてきたようです。
他に、『丑が満る刻』という使われかたもあります。
丑の刻が満る時というのは、地球上の全てのものが、一旦動きが止まると想定されています。
続いて寅の刻へと動き出しますがこの瞬間に、お化けが出現する事に相成ります。
深夜2時。そこが『丑三つ時』のはじまりです」
「博識だねぇ・・・・さすがにママだ。
そういうことだ。そうすると、この時間におきているのはお化けか、魑魅魍魎(ちみもうりょう)
ということになる。中には美しすぎて、男を次から次へと食い殺す妖怪なども含まれている。
それが誰とは言わないが。あっはっは」
「失礼ね。男を二人ばかり訳がありまして取り替えましたが、食い殺してまではおりません。
年齢的には俊彦さんと似合いなのですが、どちらかといえば私の好みは康平くんです。
美和子ちゃん。飽きたら康平くんをわたしにちょうだい。
たっぷりと可愛がってあげるますから」
「おいおい。言っているそばから、人のものをやたらと欲しがるな。
第一、若い者たちが本気にするじゃねぇえか。そのくらいにしておけよ、きりがねぇ。
そうだ。そういえば美和子ちゃんは歌手だと言ってたねぇ。
どうだ、このあたりで、ひとつ君のうまい歌でも聞かせてくれないか。
この辻ママもななかの歌い手だが、ほうっておくと勝手に頼みもしないのに
古い歌ばかりを、延々と歌いはじめる。
下手ではないが、それが毎度のことなのでもういいかげんに聞き飽きた。
俺も、たまには若くて綺麗な女性の歌がききたいと思っている。
いい機会だ。嫌でなければ一曲歌ってくれ。礼なら希望通りにたっぷりとはずむ」
「礼はいりません。
あたしの持ち歌でよければ、一曲聞いていただけますか?」
「おっ、持ち歌があるのか。いいねぇ、流石だねぇ」
それでは、と美和子が笑顔で立ち上がります。
先程までは満席に近かった辻の店内も、さすがにこの時間になると空席などが目立ってきます。
それでもボックス席のあちこちで、顔を寄せ合っている睦まじいカップルや、肩へ手を置き、
なにやらひそひそと語り合っている2人組の姿などが、いまだに残っています。
(たしかに、まともなカップル達というよりは、
怪しげな人間関係と、見るからに不倫中という男女ばかりが集まっているわ。
・・・・そういうあたしも、その予備軍みたいなものだけど、
康平がしっかりしているから、道ならぬ恋などに落ちる心配は毛頭ないか)
自分の持ち歌、『夜の糸ぐるま』をセットした美和子が、1坪ほどのステージで
マイクを握って立つと、店内から『おや・・・』という軽いどよめきが起こります。
初めて聞くイントロの流れに数人があらためて、ステージ上の美和子へ
興味本位の視線などを送りはじめます。
♪むなしく廻る糸ぐるま 白衣の眼にさえひとすじの
涙で散ります面影もみじ ああ わびしい ここは高崎ネオンまち
夜霧にぬれる乱れ帯 切ない逢瀬の綾織(あやおり)も
こらえて流した渡良瀬川に ああ 別れの ここは桐生 霧のまち
2コーラスが終わる頃になると、歌唱中の美和子の姿をあらためて振り返る目や、
驚きを含んだ数人の目が、スーテージ上へ釘付けになるのがわかります。
シンプルな旋律と簡潔な歌詞で構成された美和子の持ち歌は、群馬県内各地の繁華街を織り込み
恋に敗れた女が、夜の街を流れて歩く寂しい情景を切々と歌い上げていきます。
「持ち歌だって・・・・いい歌じゃねぇか。
へぇぇ、可愛いだけかと思ったら、けっこうやるじゃねえか。あの姉ちゃん」
「最近の有線で、人気リクエストの上位にはいってきた曲です。
群馬県限定で、飲み屋街限定のヒット曲になるだろうという評判はきいていたけど、
この子が歌うとは知りませんでした。
ねぇ。そういえばこの歌は自分で作詞をしたという話だわよねぇ。
そうでしょう、康平くん?」
「はい。彼女はつい最近、作詞家協会の会員にも推挙されたそうです。
なんでも地方在住の作家として、全国的に初めてという快挙にあたるそうです」
「なんだと、本当かそれ。ますます人はみかけによらねぇなぁ。
好きだけで歌っている、売れない地方の演歌歌手の一人だと思っていたら、
実は、プロの作詞家のねえちゃんかい・・・・へぇぇ、おったまげた。おそれいった」
口に運びかけていたグラスを、思わずテーブルへ戻した岡本が、
あらためてステージで熱唱をしている美和子の姿を、しげしげと見つめています。
(そういえば・・・・先代の葬儀がようやく落ち着いたあと、口直しで、
軽く身内同士で飲もうということになり、浅草あたりの飲み屋を無理矢理に貸し切って、
まっ昼間から宴席の場なんかを作ったことがあった。
確かそんときに、佐野一家の身内だというつながりで、歌のうまい女の子がひとり
登場をして、演歌系の歌を2~3曲立て続けに歌ったことがある。
確信はないが、たしかこんな雰囲気を持っていた女の子だったような気もする。
しかし、誰と一緒に来ていたのか、やっぱり記憶に定かじゃねぇ。
やっぱり、俺もヤキが回ったな。肝心なことがどうしても思い出せねぇや・・・・)
岡本の脳裏には、大掛かりに行われた先代組長のかつての葬儀の日の様子が
苦い思いもそのままに、懐かしい映像などを伴いながら次第に鮮明に蘇ってきます。
滞りなく終わるはずだった会葬の場へ、反対勢力から送り込まれたヒットマンの二人が
紛れ込み、その結果、幹部2人が射殺をされてしまうという事件がおこりました。
任侠やヤクザの映画を地で行くような、前代未聞の暴力団の抗争事件・通称、
「四ツ木斎場事件」の発生です。
その日の大騒ぎが一段落をみせたあと、その日のうちの酒宴の席で岡本たちに
演歌を披露していたのは、まだ、高校を卒業したばかりのようにも見える、前髪を垂らした、
あどけなさばかりが漂っているお下げ髪の、可愛いひとりの少女でした。
「見れば見るほど、よく似ているのだが・・・」岡本がポツリとつぶやいています。

群馬を代表する学童向けの『上毛かるた』の大人版・『大人の上毛かるた』を、連日、更新中です。
大人の目から見た『上州・(群馬)』のエピソードを、ゆかりの画像とともに、紹介をしていきます。
食と、農の安心と安全な未来について語る、総合サイト・「新田さらだ館」。
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