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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(29) 

2013-07-15 08:52:57 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(29) 
「上電23番目の最新駅は、片側にホームがあるだけの無人駅」




 康平と美和子が降り立ったのは、上毛電鉄の23番目の駅として
つい最近に開業をしたばかりの『桐生球場前駅』です。


 郊外にあたるこの一帯は、点在する住宅地をはじめとして市営球場やテニスコート、
体育館などが広い敷地内に立ち並ぶ運動公園として、その整備がすすんでいます。
新しい運動施設が増設をされ住宅地が増えるたびに、アクセスや地域住民の通勤や通学のため、、
以前から新駅の設置が熱望をされてきました。


 国の提唱により1999年から始まった平成の大合併がすすむなか、桐生市は
勢多郡の新里村と黒保根村の1市2村による”飛び地同士の合併”を難産の末に成功させます。
それを記念する事業のひとつとして新駅の設置が決まり、ドアのない待合室と
片側だけにホームのある、無人の駅がようやく完成をみました


 駅前を貫らぬいていく通りは沿線でも有数の桜並木です。
春になると多くの人々が満開の桜を求めて、ここを訪れます。
また運動公園の北側を走る国道122号線のすぐ北側には、足尾までの山間を行く
JRわたらせ渓谷鉄道の桐生運動公園駅もあり、そこへの乗換駅としても重宝がられています。



 「あら。真新しい自販機がホームにいくつも並んでいます。
 どの自販機にもスポーツ飲料がこれほどたくさんあるのも、運動公園駅ならのようです。
 へぇぇ、駅前は桜の並木道ですか・・・・春になったら、また来たいですね」


 ホームから運動公園内を横切っていく通りへ降りた立った美和子が、
暗い桜の並木を見上げたあと、物珍しそうに街灯が点々と連なる周囲の様子を見回しています。
綺麗に整備された歩道の先には、夜間の照明に浮かび上がるテニスコートのクレー色の地面と、
秋の高校野球ではメイン会場となる桐生球場の巨大なフェンスが高くそびえ、
圧倒的な威圧感をもって、夜空へ浮かび上がっています。
11時半をすでに過ぎたというのに、ゆったりと公園内を周回するジョギングコース上には、
ひたすら汗を流して駆けぬけていく人影なども、遠目に確認することができます。


 「ねぇ・・・・康平。
 これから私たちはどこへ行くの?
 まさか、ジョギングや深夜の野球ではないでしょうねぇ。
 あたし、最近はもう運動なんか出来ません
 不摂生が祟って、筋肉がいつのまにか脂肪に変わってしまいました」


 「そうなの? 高校時代と同じ体型のようには見えるけど・・・・」


 「恥ずかしいわ。そんなにジロジロ見られたら。
 女を見るときは、気がつかないフリをして盗み見ながら確認をしてちょうだい。
 気にしているの、最近は。とくにこのあたりがなんだかとても肥ってしまいました・・・・」


 と、自らの腹部を指差して見せた美和子が、
あっと気がついてから、大きな声を出して突然笑い始めてしまいます。



 「なんという味気のない会話をしているのかしら、あたしたち。
 すっかりと深夜だというのに・・・・色気もなければ恥じらいも足りません。うふ。
 で、どこへ向かうの。あたしたち」


 「運動公園を抜けると、すぐ国道122線へ出る。
 そこを左へ曲がって3分ほど歩くと、深夜から未明にかけて人が集まるテナントがある。
 そこのお店に、面識のあるママさんがいる。
 そこは朝の4時くらいまで営業をしているから、漫画喫茶やネットカフェよりは、
 ずいぶん居心地がいいと思う」


 「ふぅん。康平にも、ふらりと行くようなそんな隠れ家的なお店が有ったんだ。
 で、どんなふうにしながら過ごしているの、そのお店では。
 もちろん、男がひとりで寂しく飲みに行っているなんて野暮なことは言わせません。
 居たんでしょ。お目当ての女の子が」


 「鋭どいなぁ・・・・油断も隙もないね、君は。
 推察のとおりです。確かにいました以前には。ちょっとだけ好きな子が」


 「ずいぶんと中途半端な表現ですねぇ。それに言い方も過去形です。
 どうしたの。振られたの?それとも逃げらましたか?」


 「いまだに居るよ、そのお店へ。実は彼女は身分を明かすことができない人妻だった。
 いつかは打ち明けようと密かに心には決めていたんだけど、いつのまにか
 ママに見破られて、きつく釘をさされちまった。
 あんたも同じ業界で働いている人間なら、駄目と御法度の見極めくらいはわかるよねぇ、
 と、懇切丁寧に諭されちまった。
 失恋とまではいかないが、実にあっけなく、好きだという気持ちの
 行く場所がなくなっちまった」



 「へぇぇ、恋にときめきかけたこともあったんだ、過去に。
 いまだに心に秘めて、未練がましく通っているんじゃないの、もしかしたら?」


 「馬鹿を言え。もうさっぱりとしたし、その事さえ忘れた。
 むしろ、ママの気風に惚れて、たまの気晴らしに顔を出しているだけのことだ」


 「なんというママ?」


 「スナック”辻(つじ)”というお店のママ」


 (ふ~ぅん。行き会うのが楽しみです)と、美和子がひそかに笑っています。



 運動公園の北側を走る国道122号線は、栃木県の日光市から
群馬県と埼玉県を経由し、最終的には東京都豊島区まで続いていく一般国道です。
多くの道路が都内の日本橋を起点にして、そこから地方へ下る形を採用している道路事情のなか、
日光東照宮直下にある重要文化財の朱塗り橋、『神橋』を起点に、都内の西巣鴨交差点を
終点にしているという、めずらしい形態を持つ国道のひとつです。


 かつては銅(あかがね)街道と呼ばれ、足尾銅山からの輸送の道として繁栄を極め、
朝廷からの勅使たちが徳川家康が祀られている日光東照宮を訪ねるために、毎年、中山道を経由して
この国道122号線を北上したことでもよく知られています。



 桐生球場前駅から歩き始めて5分あまり。
二人がたどり着いたテナントの敷地内では深夜の12時になろうというのに、
駐車場を20台以上の乗用車たちが埋め尽くしています。
駐車場を取り囲むようにして建てられているテナントからも、お客の溢れている気配などが、
どこからともなく、賑やかな話し声などとともに漂ってきます。
 
 「なんなの、いったいここは。
 市内の繁華街などとはまた別の、なにやら独特の雰囲気が漂っています。
 賑やかすぎては、これでは隠れ家などとは呼べません。
 一体ここは、どういうところなの?康平くん」



 「多くの飲食店が、深夜12時になるとその日の営業を終わる。
 それ以降の時間になると賑やかになってくるのが、ここのテナントの特徴だ。
 集まってくる大半が、飲食店街で働いている女性たちや、常連のお客さんたちのカップルだ。
 つまり、ひと仕事を終えた人達がこれから自分のために飲み直しにやってくるのが、
 ここの場所というわけだ。
 ま、そう言う意味で言えばここに来る人たちは、俺たちと同じ人種ということになる」





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