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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(28) 第二幕、第一章(2)順平のわがまま 

2012-09-19 12:49:51 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(28)
第二幕、第一章(2)順平のわがまま 




 石川さんが驚いた眼で順平を見つめています。
わずか数日のうちに目まぐるしく動き回った茜の行動ぶりは、あたかも
劇団全体を動かし始めたような雰囲気さえありました。



 「石川さんは、面食らっているようですが、
 既に水面下では劇団のみなさんが、茜さんとあなたのために
 動き始めたようです。
 羨ましいほどに、いい仲間をお持ちですね。」


 しかし、と当の石川さんはその戸惑いぶりを隠しません。
余りにも早い周囲の展開の様子に、さきほどまで意気込んでいた気勢がしおれるような気配さえ見えました。
順平が再び先に語り始めます。



 「それらの資料は、座長さんが持ってきてくれたものです。
 やはり、どうあっても二人を無事に結婚させたい願っているようです。
 そこまでされたら、私にも断る理由などはありません、
 嫌というほど資料をあさって、ぜひその黒光を書きあげたいと思います。
 茜ちゃんは、実にしっかりしてます。
 座長さんをはじめ、劇団員全員を一晩で口説き落として回ったそうです。
 本当に、心からあなたと結婚したいんだと思います。
 石川さんに協力をするというよりも、
 私たちも、これをいいきっかけにしたいと思い始めました。
 レイコともまた、実は・・・
 急がない関係になりはじめているのです。」



 「急がない関係ですか、
 ずいぶんとそれはまた、意味深な表現ですが。
 具体的にはどんな意味でしょう?」



 「結婚と言うのは、
 頭で考えて到達をするものではないようです。
 熱病みたいに、高熱があるうちに一気に成し遂げたり、この人だと思った瞬間に
 猪突のように猛進をしておかないと、なぜか中断をしてしまいます。
 私のその気になって放浪から戻っては来たのですが、
 レイコは、出来たばかりのなでしこ保育園の新米保母として一気に忙しくなり、
 私も新しく足を踏み入れた、プラスチック金型の製作という世界で、
 仕事に追われるようになってしまいました。
 今回のおはなしは、わたしたち二人の結婚を見直すいいきっかけになるかもしれません。
 茜さんが、すべての想いを遂げてあなたのお嫁さんになれるように、
 わたしも、全力でこれを書いてみたいと決意をしました。
 此処だけの話ですが、自分で納得できるものが書きあがったら
 あらためてレイコには、プロポーズをするつもりでいます。
 こちらこそ、大変貴重なチャンスを頂いたようなものです
 石川さんと茜さんには、とても感謝をしています。」



 このあと、さらに30分ほど雑談を交わした石川さんが、帰り際に勢いよく手を差し出しだすと、
堅く順平の右手を握りしめました。
あなたとは長く付き合えそうです、出会えたことにも感謝していますと、
きっぱりと言い切ったのち、さらに目に力を込めて


 「あなたと出会えたことに、私も感謝をしています。
 黒光の脚本の完成のためならば、私もどんな協力も惜しみません、
 何でも言ってください。
 茜を舞台に立たせるためならば、私も何でもやります。」



 そう言葉を絞めくくると、
恥ずかしそうに頭を掻きながら、また来ますと元気に病室を後にしました。

 午後の8時を過ぎてから、レイコが病室に新式のコンパクトカセットのテープレコーダ―を担いでやってきました。
従来のリールタイプ型から見ると、ずいぶんと機械本体が小さくなり
携帯するにも大変便利に見えました。




 「どうしたの、それ。」


 「要るでしょう、もうこれが。
 書きたくて仕方ないって、そういう顔をしてるもの。
 電器オタクで、女子高の後輩のところから調達をしてきました。
 書きたくても、ベッドにくくりつけられたままでは、
 文字を書くのは大変でしょう。
 気がついたときに、これに録音しておけばいつでも使えるもの、
 そうしましょう。
 あとでまとめて、私が文章に起こしますから。
 これならなんとかなるでしょう。」



 「さすがだね、レイコは。
 ふうん~、今のテープレコーダーて、そんなに小さくなったんだ。」


  ■コンパクトカセットは、オランダの電機メーカーであるフィリップス社が、
   フェライトを素に1962年に開発したオーディオ用磁気記録テープ媒体の規格です。
   一般的には「カセットテープ」、もしくは「アナログカセット」などと呼ばれました。




 レイコが、順平の反応に少し怪訝な顔をします。
両手を腰に当てると、大股に順平のベッドに近づいてきました。



 「どうしたの・・・
 せっかくの贈り物だというのに、
 君はあまり嬉しそうな顔をしていませんねぇ、順平君。
 何か別のことを企んでいるような素振りが、私には見えるのですが、
 気のせいですか、この『貼り付け』君。」



 『貼り付け』と言うのは、椎間板ヘルニアの初期治療法として、ベッドに仰向けに寝かされて、
首を固定し、両方の足首に牽引用の重しをつけて常時、背筋を伸ばして固定されているという、その様子を指して
勝手にレイコが順平につけてしまった「あだ名」です。



 「・・・やっぱり、ばれた?。」



 「そりゃあ解るわよ。
 あなたとつき合えるまでに何年がかかっていると思ってるの、
 幼い時からだけでも、15年以上もかかっているのよ。
 そのうえ、あなたの放浪のために、また4年も待たされて。
 やっと帰ってきたと思ったら、
 今度は、お互いが忙しくなってしまったために、
 またまた3年余りもそのままで・・・
 足かけで、もう24年目になってしまいました。
 ねぇ・・・いい加減にしてくれないと、すこし歳を重ねすぎた乙女が
 まもなく、おばちゃんになっちゃうわ。」



 「いや、そういう話では・・・」




 「わかっているわ、それくらい。
 で、なんなのさ、その切羽詰まったお願い事と言うのは。」



 「別に
 それほど切羽詰まったというわけでもないし・・
 お願い事と言われても・・・。」



 「そお・・・
 切羽詰まったお願い事では無い訳ね、解りました。
 ならいいけど。
 ご用が無いようでしたら、私はもう帰るわね。
 明日は一日中忙しいから、たぶん一度も顔を出せないと思います。
 でもその分、明後日からはみなさんがやりくりをしてくれたおかげで
 久々に2日の連休がとれましたから、ゆっくりと、
 看病をしてあげますからね。
 それでいいでしょう、
 私も楽しみだけど、順平も楽しみにしていて下さい。
 じゃ、帰ります。」



 くるりと背を向けたレイコが、ベッドサイドの明かりを消すと、半分だけ開け放たれていたカーテンを
ゆっくりと閉めつつ、本気で、その隙間から出て行こうとしています。





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