アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(15)
第三章(5)それぞれの特技
西口君が書きあげたポスターが、まず最初に、大きな反響を呼び起こしました。
彼もこの10年間で、県展で常連の入賞を果たすほどの実力派の油絵画家の一人に成長をしました。
彼の才能の開花は早く、高校を中退する直前に、夕暮れを描いた100号の情景画で、
なみいる市内の美術愛好家をたちを押しのけて、最年少での「市長賞」獲得という快挙を成し遂げています。
もうひとりの絵の才能の持ち主の、小山君は堅実に美術の先生と言う道を選択しました。
こちらも早い時期から、水彩画を中心とした市内の絵画愛好会の中で中心的な存在となり、指導的な役割も果たしていました。
同じくオペラ歌手を目指した森くんも、今は、市内のオ―ケストラーを束ねる若き指揮者として、
クラシック愛好家たちからのあつい支持を集めていました。
彼らは劇団が解散以降、それぞれが得意とする分野で
市民たちの中へと入り、すでに10年近くにわたって地道で献身的な活動を続けてきていました。
それらの土台があったとはいえ、復活公演の大成功を決定づけたのは、やはり
時絵が舞台に復帰するというインパクトでした。
高校時代からその注目を集め10年前には、圧倒的な説得力で見る人の心をわし掴みにしてしまった時絵のあの
衝撃的な演技力は、長く演劇愛好家の人たちによって、伝説として語り継がれてきました。
公演一か月前から、徐々に加熱をはじめた注目度は日を追うごとにさらに高まって、
ついに公演場所の変更という事態までを生み出しました。
当初に予定されていた公民館の講堂では、入りきれなくなってきたために、急きょ500人が入れる
産業文化会館の小ホールが割り当てられました。
この会場変更が最後の決め手となり予約チケットが、10日前にはすべて完売となるという
異常事態をうみだしました
消防本部と協議を重ねた結果、今回に限り、消防団員を立ち合わせて上で、100名前後の定員オーバーまで
認めるという結論に達して無事に公演日を迎えることができました。
観客たちの興奮は、いつまでたっても収まりません。
会場の出口で、観客を見送る座長や時絵の周辺では、いつまでも人の波が留まったまま、立ち去る気配を見せません。
余韻はたっぷりと後を引きました。
私の背後へ、No・19の香りがやってきました。
茜は今回は、子役で舞台に少し出ただけで、主な仕事として新人二人を引き連れて、照明と音響を担当しました。
舞台装置や後かたずけは全部、明日に回してとりあえず呑みに行こうと、誘いにやってきたのです。
「・・・いいけどさ、座長や時絵さんはどうする?」
「あの様子では、とうぶん無理だと思うけど。
それに・・・時絵さんの永遠のライバルでもある姉のちずるが、
舞台を見に、わざわざ日立から来てくれているの。
ちずるもさぁ~
みんなと一緒に呑みたいって言ってるんだけど、
でもねぇ、・・・
私としては、できれば座長と時絵に、
あまり会わせたくはないのだけど、どうしょうか・・・
どうする?
私も、立場的に複雑なんだ。」
「ちずるさんが、来てくれたの?
わざわざ日立から。」
「今日は、実家に泊るって言ってたわ。
どうする・・・
姉さんを取るか、
座長と時絵さんを取るか、
それとも私を取るか、
3つに、ひとつ。」
「3択かい?
じゃあ、3番目。
誰と呑んでも角が立ちそうなら、
全員に不義理をして、
このまま二人っきりで祝杯をあげに行こう。
いいかい、それで。」
「大正解。
じゃあ今のうちに、ずらかりましょう。」
まだ余韻の中で、ざわついている会場を後に茜と二人で、逃亡者のように駐車場へと抜けだしました。
エンジンをかけようとした矢先に、助手席から茜の手が伸びて来て「ちょっと待って」
とささやきました。
人影が近づいて来て、2台ほど先の空間で立ち止まりました。
通過する車のライトに照らしだされて、二人の横顔が浮かび上がりました。
まぶしそうに目を細めたのは、ちずると小山君の二人連れです。
「あれ?
向こうの二人組も、
どうや今夜は、逃避行みたいな雰囲気だね。
そうなると今夜の祝杯は
3組ともがそれぞれ、別行動になるということみたいだ。
どうする、茜。
こうなりゃ、こちらも堂々と出て行くか。」
「・・・やっと、
呼んでくれたわね!
そりゃあ、私だっておおいに嬉しいわよ、
そんな風に呼んでもらえれば。
でもさぁ・・・
ムードも何もないわよねぇ、
こんな状況下で、それも何気なくあっさりと
そんな風に呼ばれたってさぁ~
ああ、つまんない。」
「なんだって・・・何の話だ?。」
「え、。
気がついてないの?
言ったじゃん。
茜って、呼びつけにしたわよ、たった今。
それもごく自然に。
でもさぁ、ムードは無かったなぁ・・・」
「な~んだ、そんなことか。」
「こらこら、そこで手を抜くな。
女はそういう些細なところにも、細かくこだわるものなの。
大事な問題だもの、お願いだからもう一度、気持ちを込めて
ちゃんと呼んでみて!」
「後にしてくれよ、」
「言いなさいよ。」
「・・・・」
「言いなさいってば。」
「・・・・」
「言え!。」
「あ、茜・・・ちゃん。」
「・・・・・・・・ば~っか!。」
(16)へつづく
第三章(5)それぞれの特技
西口君が書きあげたポスターが、まず最初に、大きな反響を呼び起こしました。
彼もこの10年間で、県展で常連の入賞を果たすほどの実力派の油絵画家の一人に成長をしました。
彼の才能の開花は早く、高校を中退する直前に、夕暮れを描いた100号の情景画で、
なみいる市内の美術愛好家をたちを押しのけて、最年少での「市長賞」獲得という快挙を成し遂げています。
もうひとりの絵の才能の持ち主の、小山君は堅実に美術の先生と言う道を選択しました。
こちらも早い時期から、水彩画を中心とした市内の絵画愛好会の中で中心的な存在となり、指導的な役割も果たしていました。
同じくオペラ歌手を目指した森くんも、今は、市内のオ―ケストラーを束ねる若き指揮者として、
クラシック愛好家たちからのあつい支持を集めていました。
彼らは劇団が解散以降、それぞれが得意とする分野で
市民たちの中へと入り、すでに10年近くにわたって地道で献身的な活動を続けてきていました。
それらの土台があったとはいえ、復活公演の大成功を決定づけたのは、やはり
時絵が舞台に復帰するというインパクトでした。
高校時代からその注目を集め10年前には、圧倒的な説得力で見る人の心をわし掴みにしてしまった時絵のあの
衝撃的な演技力は、長く演劇愛好家の人たちによって、伝説として語り継がれてきました。
公演一か月前から、徐々に加熱をはじめた注目度は日を追うごとにさらに高まって、
ついに公演場所の変更という事態までを生み出しました。
当初に予定されていた公民館の講堂では、入りきれなくなってきたために、急きょ500人が入れる
産業文化会館の小ホールが割り当てられました。
この会場変更が最後の決め手となり予約チケットが、10日前にはすべて完売となるという
異常事態をうみだしました
消防本部と協議を重ねた結果、今回に限り、消防団員を立ち合わせて上で、100名前後の定員オーバーまで
認めるという結論に達して無事に公演日を迎えることができました。
観客たちの興奮は、いつまでたっても収まりません。
会場の出口で、観客を見送る座長や時絵の周辺では、いつまでも人の波が留まったまま、立ち去る気配を見せません。
余韻はたっぷりと後を引きました。
私の背後へ、No・19の香りがやってきました。
茜は今回は、子役で舞台に少し出ただけで、主な仕事として新人二人を引き連れて、照明と音響を担当しました。
舞台装置や後かたずけは全部、明日に回してとりあえず呑みに行こうと、誘いにやってきたのです。
「・・・いいけどさ、座長や時絵さんはどうする?」
「あの様子では、とうぶん無理だと思うけど。
それに・・・時絵さんの永遠のライバルでもある姉のちずるが、
舞台を見に、わざわざ日立から来てくれているの。
ちずるもさぁ~
みんなと一緒に呑みたいって言ってるんだけど、
でもねぇ、・・・
私としては、できれば座長と時絵に、
あまり会わせたくはないのだけど、どうしょうか・・・
どうする?
私も、立場的に複雑なんだ。」
「ちずるさんが、来てくれたの?
わざわざ日立から。」
「今日は、実家に泊るって言ってたわ。
どうする・・・
姉さんを取るか、
座長と時絵さんを取るか、
それとも私を取るか、
3つに、ひとつ。」
「3択かい?
じゃあ、3番目。
誰と呑んでも角が立ちそうなら、
全員に不義理をして、
このまま二人っきりで祝杯をあげに行こう。
いいかい、それで。」
「大正解。
じゃあ今のうちに、ずらかりましょう。」
まだ余韻の中で、ざわついている会場を後に茜と二人で、逃亡者のように駐車場へと抜けだしました。
エンジンをかけようとした矢先に、助手席から茜の手が伸びて来て「ちょっと待って」
とささやきました。
人影が近づいて来て、2台ほど先の空間で立ち止まりました。
通過する車のライトに照らしだされて、二人の横顔が浮かび上がりました。
まぶしそうに目を細めたのは、ちずると小山君の二人連れです。
「あれ?
向こうの二人組も、
どうや今夜は、逃避行みたいな雰囲気だね。
そうなると今夜の祝杯は
3組ともがそれぞれ、別行動になるということみたいだ。
どうする、茜。
こうなりゃ、こちらも堂々と出て行くか。」
「・・・やっと、
呼んでくれたわね!
そりゃあ、私だっておおいに嬉しいわよ、
そんな風に呼んでもらえれば。
でもさぁ・・・
ムードも何もないわよねぇ、
こんな状況下で、それも何気なくあっさりと
そんな風に呼ばれたってさぁ~
ああ、つまんない。」
「なんだって・・・何の話だ?。」
「え、。
気がついてないの?
言ったじゃん。
茜って、呼びつけにしたわよ、たった今。
それもごく自然に。
でもさぁ、ムードは無かったなぁ・・・」
「な~んだ、そんなことか。」
「こらこら、そこで手を抜くな。
女はそういう些細なところにも、細かくこだわるものなの。
大事な問題だもの、お願いだからもう一度、気持ちを込めて
ちゃんと呼んでみて!」
「後にしてくれよ、」
「言いなさいよ。」
「・・・・」
「言いなさいってば。」
「・・・・」
「言え!。」
「あ、茜・・・ちゃん。」
「・・・・・・・・ば~っか!。」
(16)へつづく