きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

冬の喋

2021-11-10 | ここで一句?


今日のお弁当は「から揚げねぎソース」のお弁当です。
この「から揚げねぎソース」はkekeも好きなレシピ、城戸崎愛さんのレシピなんです。
だいぶ前にオレンジページで見つけました。
こちらの方がレシピをあげてくださってます。(^^ゞ

城戸崎愛さんも懐かしいですよね。
私が20代の頃、「料理してみたいなぁ~」と思わせてくれたのも、城戸崎愛さんの本を読んでからです。

当時イラストチックで、若向けの料理の本があったんです。それが城戸崎愛さん(監修)の本だったんですね。

「毎日のお料理が楽しくなる本」
↑検索してみつけた。たぶんこの本ではないかと思う(絵の雰囲気が)。

この本だったかどうか定かではないけれど、当時「カキとほうれん草のグラタン」という城戸崎愛さんのレシピがあって、食べたことの無いその料理をレシピ通りに作ってみたら、すごくおいしくて、それから城戸崎愛さんの名前を覚えたのです。(^_^;)

他に友人からいただいた料理本にも城戸崎愛さんのレシピがあり、そのレシピでハンバーグを作ってみたりしました。当時は城戸崎愛さんといえば、料理の先生の代表格というイメージです。

(城戸崎愛さん・・・今何歳ぐらいなのだろう)と思って検索したら・・・昨年お亡くなりになっていたんですか。。@@でも94歳まで長生きされたんですね。そしてラブおばさん!!、そうそうあのレシピ本も「ラブおばさんシリーズ」だったのではなかったっけ?懐かしいネーミング~~~
(余談ですが、料理の先生って皆さん長生きですよねー、やはり手作り料理は体にもいいのだろうか。)


              *********

話がだいぶ横道に逸れてしまいました。(^_^;)
今日はこの「揚げ鶏のネギソース」(←こちらが正式なレシピ名みたい)の弁当を持って、公園でお弁当を食べることにしたのです。ちょっと風はあるけれど、午前中に銀行に行く時にお日さまが暖かくて「今日は外でお弁当を食べようかな」と言う気持ちになったのでした。

そしてベンチに腰掛け、お弁当とスープジャーをあけると、チョウチョウが飛んできます。
モンシロチョウです。

(そう言えば、冬の喋という季語があったっけ。)

【冬の喋】
ほとんどの喋は春から秋までに発生し、卵や蛹で越冬するが、タテハチョウなど成虫のまま越冬するものもある。
(俳句歳時記より)

ジィ・・・・・・(-_-;)


  冬の喋お前もひとりじゃ寂しかろう (久しぶりのsake俳句)


・・と素直につぶやくと、シジミみたいな小さな喋が2匹飛んでいるのだった。。。そしてモンシロチョウはいなくなったかと思うと、また戻ってきてはどこかに行くのだった。

モンシロチョウって、マグロみたいに止まれないのかしら。@@

公園には一本の大きな木があり、この公園の中でもアクセントとして植えられたように思うが、何故か枝から切り落とされ、葉っぱがほとんどなくなっている。
一体どうして、こうしてハゲ木になってしまったのだろう。
「落ち葉が落ちて掃除が大変、けしからん!」と近隣からクレームがついたのだろうか。それとも落ち葉の掃除をする人を雇う金がもったいなくて枝から切ることにしたのだろうか。いずれにせよ、世知辛い時代を感じさせる。

ここでもう一句「世知辛い木のこの有様よ」とでも詠みたいところだが、句が浮かばないまま戻ることにする。



3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
尾崎放哉 (mako)
2021-11-11 06:41:51
おはようございます。

「咳をしてもひとり」 尾崎放哉
自由旋律と言えば、この句。
sakeさんの句もそんな自由旋律にも似て^^♪
「ひとり」がネックですね。
もう少し、具体的に書くと情景が見えてくるのではないでしょうか。
「公園で独りの昼餉・秋の蝶」
独りの昼餉・一旦ここに切れが入っていることと、昼餉を食べることと秋の蝶は何の関係のないことなので、「取り合わせの句」と言います。
同じ冬の蝶で「凍て蝶」という季語もありますね。じっとして動かない蝶のことです。その方が孤独感はあるかと思いましたが、これはじっと観察しないと目に入らない蝶なので、
sakeさんの目の前にやってきた蝶とはまた違うこともあって「秋の蝶」でいいかとも。
もう、お気付きだと思いますが、
「寂しい、悲しい、嬉しい」の感情は書かなくてもいいのが俳句ですね。
その時の感情に相応しい季語をあっせんして、「取り合わせの句」にするのもいいかとも。
勿論、sakeさんの今回の句のように、一気に詠んじゃう「一物仕立て」もいいですね。
角川でトップ入選の「推薦」で採って貰った句は「一物仕立て」の句が多いですね。
その時も「感情」の言葉は入れないのが原則ですね。
でも、弁当を広げている時にふと句のことが頭に閃く、そして、口に出してみる、これは俳句の基本中の基本ですから私も初心に戻らなくては^^v
返信する
QP三分クッキング (mako)
2021-11-11 08:14:12
再び失礼します。

結婚してからQP三分クッキングなるものをTVで観ていて。
当時、料理の素材や調理方法など、何の知識もなくて。
そんな時に毎日観ていたのがそれで。
で、年間購読もするようになり。
確か、6冊でした。
ただお洒落な調味料などは田舎のスーパーには打ってなくて諦めていました^^;
有るとき、鮭を焼いて、チャーハンを作ったのですが、めっちゃ美味しいと。
でも、「ほら、こんだけの物使かえば美味しいの当然やな」と母が^^;
焼き鮭を使っただけのものでしたが。
身に過ぎるものだったのかも。
なので、自分が家事を任されたときは、特に料理は本に頼っていたころのことを思い出しました。
返信する
>makoさん (sake)
2021-11-11 13:49:52
makoさん、こんにちは!
久しぶりに俳句を考えてみましたよ♪

なるほど!!忘れていました。俳句には感情はNGなんでしたよね。それは季語で表現するんでしたっけ。(;^ω^)
だから、季語の意味が分からないと作れない=句を鑑賞する勉強がまだ不足の様に思います。

今日も公園に行き、歳時記を少し開いてみました。
昨日は「冬の蝶」でしたが、その前後に「冬の蜂」という季語があり、それを読むと

冬の蜂花買ふは金おしまずに

石田あき子さんの句がありました。これもまだ私には意味がよく分からない・・・なんで冬の蜂で花を買うのをケチらないと関連するのか。。。。

冬の蜂とは、オスが死んだあとのメスバチが冬を越して、春に一人で巣をつくり卵を産むことがあるらしい・・・・という意味のようです。

ということは、夫に先立たれた未亡人が「せめて花ぐらいはパッとお金を使って買ってみましょうよ」という意味なのでしょうか?自分の想像力が時々変な方向に行くことがあるので、解釈が難しいですね。((+_+))

私の久しぶりの句も、よく見ると中が字余りになってました。これはタブーだったような。。。なんとなくツラツラ詠んで、文字数も違っていたようです。


「凍て蝶」なら「ひとり」も不要だったのか?でも私の気持ちはそこまで凍り付いていなかったので、makoさんの「秋の蝶」の方がニュアンスがぴったりだと思いました。^^

城戸崎愛さんは、三分間クッキングの講師もされていたそうですね。私の母もよく「3分間クッキング」を見ていました。私が子供の頃はテキストも家にあったと思います。

あの音楽が鳴ると「もうじきお昼だな」という時間帯でしたよね。^^
私も学生時代は家にいる時間が長かったので、あのメロディーを思い出します。
makoさんも結婚していた当初は、あの番組を見ておられたのですね。

焼き鮭でチャーハンを作るぐらいなら贅沢にも思いませんが・・・・少し高級な鮭だったのでしょうか。(^^;

そう言えば、私の母があの3分間クッキングの本で、ほうれん草を敷いてその上にから揚げネギソースのようなものを乗せる料理を何度か作っていたんですが、ほうれん草がいつの間にかモヤシに変わっていたんですよ。それからずっとモヤシなんです。
パチンコするぐらいなら、そこはほうれん草でも良かったのでは・・・と今になると思い出します。
返信する

コメントを投稿