2013年9月3日(火)(5歳5か月)
きのうの件だけども、日本語も英語も同じ「人間の言葉」、違いを
見つけるのではなく同じを認める、ということについて書いた。
このことはこれまでにも何度か書いた。
ただ、これは観念的なものでは決してなく、本当に日本語も英語も
同じ言語なのだ。
そう、すべての言葉は同じ言語なのである。
そして、人間は初めから言語を持って生まれてくるのだ。
ノーム・チョムスキーが唱えた「生成文法」である。
生成文法というのが、今言ったように、人間には生まれながらに
して持っている言語のことだ。
もっと厳密に言えば、生成文法の正体は言語の原初の状態、
あるいは言語の設計図と言うべきもの。
人間にはこれがあるから、母国語がマスターできるし、もし、
日常的に3、4つの元号が同時に話されている環境に生まれたの
ならそれだけの言語が話せるようになるというのだ。もちろん、
赤ちゃんの時だけでなく大人になってからでも他の言語が話せる
ようになる、という。
実際、複数の言語が存在するインドやアフリカでは、大人に
なってからいくつも言葉が新しく話せるようになる。
なぜなら、地球上に存在する言語のすべては生成文法から発展
したものであり、まったく別のところから誕生した言語などはただの
ひとつも存在しないからだ。
つまり、日本語も英語もスワヒリ語も根本はすべて生成文法という
「言語の種」だということだ。
事実、乳幼児は、牛乳とミルク、と同じものに2通りの名称が
あっても混乱することはない。日本語だとか英語だとか区別しない
乳幼児にとって牛乳もミルクも同じ「自分が使う言葉」なのであり、
英語も日本語も同じ言語ということになるわけだ。
だから、多言語の習得も可能なのである。
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