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どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(38)

2008-02-10 01:02:31 | 書評

    本の中の野性

 友人に薦められて、宇江敏勝著『森のめぐみ』--熊野の四季を生きるーーを読んだ。
 内容は大塔山系の照葉樹林の紹介からはじまって、古座川、赤木川、大塔川、安川、前ノ川といった川筋の住人の生活・行事・祭祀などの移り変わりを自ら足を運んでレポートしたものである。
 ベースになるのは『紀伊続風土記』に書かれた記述で、著者は何代にもわたる山の民の暮らしを遡りながら、そこに生きる人々の変遷と山系そのものの変化を比較検証するのである。
 
 熊野の豊かな山林も、かつての旺盛な木材需要によって自然林が伐採され、金になる杉や檜といった針葉樹が植林され続けたのだという。
 しかし、この地の険しい地形が日本有数の照葉樹林を残す結果をもたらしたのは幸運であった。
 樫、ブナ、ウバメガシ、椎、椿、榊、樒、ヒサカキ、タブ、アシビ等の自然林がそこにあるというだけで心が安らぐのは、われわれも遠い祖先から受け継いだかすかな記憶を引きずっているからだろうか。

 榊や樒(しきみ)の葉を供えて神に祈る風習は消えてしまったが、ときおり伝統の行事をニュースで見て、郷愁を覚えるぐらいの感性はまだ残っている。
 こうした時節、本書のようなレポートを届けてくれる真の文化人がいることは嬉しいことだ。
 白神山地や知床・釧路などからの発信も、多くの人々が待ち望んでいるに違いない。
 花粉症の元凶でもある杉・檜の伐採が一段落したら、再びコナラ・楓・シデ・山桜・栗・ブナなどの落葉樹を植えて自然林に近づける試みも増えると思う。

 個人的に最も興味を惹かれたのは、<鉄砲筏>と<狩猟>について書かれたくだりだ。
 それぞれの描写に含まれている<野性>に反応するものがあったのかもしれない。
「堰堤をこしらえ・・・・トマイ口(放水口)を閉めると、上流100メートル余りにわたり、水が溜まって小さなダムができる。そこに筏を浮かべ、トマイ口を開け放って、鉄砲水でもって押し流したのである。」
「犬をペットとして飼う人はやたらに可愛がるだけやけども、犬のがわとしては、山でけものを追うのが一番うれしいんとちがうやろか」
 著者が取材した野尻皇紀さんという方の言である。

 引用もまじえて本の魅力を紹介したが、こうした良書を出し続ける『新宿書房』のような出版社が生き残っていける世の中であってほしいと心から願う次第。
 友人によればN・H・Kの『ラジオ深夜便』にも登場していたそうだから、以前から共感する人が居たわけである。
 宮本常一『忘れられた日本人』なども思い浮かべつつ、本書を読み終えた余韻にひたっている。


 

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2 コメント

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森とヒトとの関係 (丑の戯言)
2008-02-10 14:55:13
『森のめぐみ』は芯のある素晴らしい内容のようですね。山や森や川が自然のバランスを保つ上で、どれほどの恵みをもたらしているか、わたしたちは再認識すべきです。声高に地球温暖化を叫ぶのもさることながら、自然の恩恵を学び、無認識で無知なヒトの仕業を自覚したいものです。
そんな観点を勝手に考えますが、たぶん『森のめぐみ』のような良書が、足を使ったレポートで静かに語りかけてくれるでしょう。

図書館ででも探して読んでみたいものです。
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鉄砲筏!!! (知恵熱おやじ)
2008-02-10 16:57:50
「鉄砲筏」というもの、窪庭さんのブログではじめて知りました。

堰堤で川をせき止め100メートルにも及ぶダムを作りそこに浮かべたたくさんの筏を、鉄砲水を起こして一気に流す。豪快だね。
ものすごい水の轟音とともに筏の群れが押し合いへし合い川を流れ下る!

いまだかって見た事もない風景です。想像しただけでワクワクします。

このシーンの描写こそ、作家窪庭さんのハイライトになるに違いありません。いつか作品に登場することを期待しています。

宇江敏勝氏の『森の恵み』はいつか読んでみるつもりです。よい本の紹介ありがとう。
知恵熱おやじ
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