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ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

テレビと宗教

2009-01-22 00:13:00 | Weblog
オウム以後を問い直す
石井研士著、中公新書ラクレ。

最近すっかりテレビを見なくなった。
しょうがなく夜のニュースは見るけれど、時たま家にいる平日でも17時台のニュースは見ない。
もともと、ほとんど連ドラは見なかった。
これは、毎週同じ時間にテレビの前にすわるという精神力がなかったからで、
原因は私自身の性格にある。そう、飽きっぽい、の一言につきる。
そしていまは、ワイドショーやバラエティー番組もまず見ない。
それは、概してテレビ番組の内容がつまらなくなったと感じるからだ。

自分で、見なくなった理由はわかっていた。
「占い」「スピリチュアル」「霊視や透視」が番組内容の中心に据えられることが増えたり、
そういった人たちが、コメンテーターにいることが増えたように思えるから。

昔の物を動かしたり、曲げたりという超能力や、ネッシーのようなネタはよかった。
本当かな、自分にもできるのだろうか、という純粋な好奇心が湧いて来た。
でも、いまの「スピリチュアル系」は、どうも違う。
そう。印象として、他人の人生に入り込みすぎる。
個人の過去や前世、陰惨な事件が中心にあって、どうも、見ているとむずかゆくなる。

そういえば、母が亡くなってすぐ、めちゃくちゃ美しい女性に知り合った。
彼女は当時テレビで流行っていた辛口占い師に感化されていて、
酔った勢いからか、いきなり初対面の私に向かって、
「あなたの不幸は、先祖の墓をないがしろにしているせいよ! 私の占いは当たるんだから」と
言われたときには面食らった。

当然、彼女は私の母が、その2ヶ月前に亡くなったことも、
少し前、納骨をすませたこともまったく知らなかった。
私なりに、高野山で本気で供養してきたつもりだったし、
いろいろと悪いこともしているけど、基本的には仏教の教えは素晴らしいと思って参考にしているし、
宗教は?と聞かれたら、仏教です、と答えている。
でも、まったく後ろめたさがない生き方をしている人なんかいないでしょう。
ということで、やはり、彼女の一言は私の胸に深く突き刺さった。

あの時のことを思い出すと、いまでもひっぱたいてやりたい気になるけど、
彼女の顔を見ながら、「きれいだけど、狐がついてるな」と思った私も
結局のところは同類かもしれない。
もちろん、口に出しては言わなかったけど。
もし、彼女が私の母のことを知ってて言ったのなら、もっとすごいけど、
そうではなさそうで、「言ってみたかっただけ」という印象だったから、
どうもケンカする気にもならなかったんだよね。

そんな彼女に対して抱いた嫌悪感と同種のものが、
最近の「バラエティー・プチ宗教」には滲んでる、と私は思う。

こうした私の感情的な部分も含めて、
テレビ番組が及ぼしている宗教的な影響を、
ちゃんとした文章で、論理的、公共性を持って書いてくれているのが、この本。

もちろん宗教を否定している訳ではなく、放送の自由も尊重してる。
ただ、テレビはとても公共性のある媒体なのだから、
もっとちゃんと考えた番組構成にしようよ!と、至極まっとうなことを主張しているのだけど、
結局のところ、そういった正論も、
視聴率の力に抗えないテレビ局には、なかなか届かないでしょう。

私はまったく見ないあれらの番組、そんなに視聴率がいいんだ、と、あらためて驚愕・・・。