(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

エッセイ 「家族おでん」~かおり風景

2013-10-19 | 読書
エッセイ 「家族おでん」~かおり風景

 以前に「アメリカの心」(原題 グレー・マター)という企業広告をご紹介したことがあります。イシュー広告とも呼ばれ、その企業の製品の宣伝ではなく、人々の心に訴えるような、一種のイメージ広告です。広告それ自体で、創造価値に満ち、人のインスピレーションをかきたて、これまでの価値観を揺り動かすようなものです。この「グレー・マター」は、さらに人に人生の喜びの体験を呼び覚ます、また生きる姿勢を考え
させてくれます。これは、アメリカの複合企業、ユナイテッド・テクノロジー・コーポレーション(UTC)が、ウオールストリート/ジャーナル紙に打った広告を集めたもので、今でも最高のイシュー広告だと思っています。

 日本の広告でも、そのようなものがいくつかあります。日経などの新聞に見られる新宿伊勢丹の広告も、なかなか洒落ています。ブログ「星を語る」で、星守の短文をご紹介しました。今回ご紹介するのは、京都の香りの老舗松榮堂のものです。この店は、なかなかユニークです。<源氏かをり抄>という香りの製品があって、その中には「箒木(ははきぎ)品定め」というのがあって、光源氏の部屋に男たちが集まって、どのような女性がいいか雨夜の品定めをする、それににちなんで4種類の香りがセットされています。

 この店では、なにかしら香りに関する風景を書いた短文を募集。その中から、「香り・大賞」が選定され、紙上に発表されたり、冊子に載ったりしています。今回は、第27回の「香り大賞」に選ばれた作品を見ることにします。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
かをり風景~家族おでん

 五年前の冬の日、スーツの僕はカチコチに緊張して廊下を歩いていた。
 「お父さん、いらっしゃったわよ!」
 僕の義母となる人が座敷の前で止まり、にこやかに言う。
 隣の彼女をちらと伺うと、いつものようににこにこ笑っている。結婚の挨拶という人生 の一大事を前に、女は強しと思い知る。
 ー父さんは少し変わってるから。
  行きの車中での彼女の言葉が頭に浮かび、再度身が強張る。
 「し、失礼します」
  ままよと座敷のふすまを開けた。黒スーツ、正座のガッシリした男性が目に入った。 「・・・どうぞ」
  こちらも見ずに、座布団を指す義父。予想以上の威厳にすくむ僕。
  僕は低頭しながら前に進み、考えていた口上を言おうと、頭をあげた。
 「あの、今回」
 「まあまあ」
 「は?」
 「まあま。お母さん、用意して。お前も手伝いなさい。
  出鼻をくじかれ呆ける僕を尻目に、義母と彼女がはいはい、と座敷を出ていく。
  二人になった。重い沈黙がおりてくる。
 「あの」
 「まあまあ。君は、おでんは好きですか」
  挨拶もまだなのに。何を言い出すんだこの人は。
 「はあ、好きですが・・・」
 「そうですが、それはよかった」
  何がいいのかわからぬまま、また沈默。
  気まずさに耐えかね、再び口を開こうとしたその時だった。
 「はいはい、お待たせしました」
  襖の開いた先に、義母と嫁さんが大きな鍋をもって立っていた。
 「うちのおでんは、旨いです」
  そう言って義父は、机に運ばれた鍋の蓋を開けた。
  冷い座敷に、白い湯気と一緒にかつをの匂いがふわあと、ひろがる。
 「ま、食べましょう」
  出汁の温かい香りと、義父の見せた笑顔。緊張がするする解けていくのがわかった。 
  大根、卵、竹輪、牛すじ、蛸。実に旨かった。ビールまでご馳走になった。
  皆で同じ鍋をつつきながら、笑って自己紹介とご挨拶をした。
  
  鍋が空になる頃、赤い顔の義父が言った。
 「いろん具が入って、いい味になるんです」
  不器用なOKが、身にしみた。

  あれから五年。家族になった僕は、必ず帰省時におでんをリクエストする。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 いい情景ですね。最後のオヤジさんの言葉がいいね。企業経営にも当てはまるような含蓄のある言葉。言われてみたかった。

 余談ですが、この松榮堂のウエブサイトに、「薫々語録」というのがあり、とても味わい深い文が見られます。



 

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 時評 本を買いに行きたくな... | トップ | エッセイ/読書 「秋思」のこ... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Many Thanks! (ゆらぎ)
2013-10-26 15:07:07
龍峰さん
 2割でもご立派。共同作業がいいですね。酒瓶下げて伺います。ありがとうございました。
返信する
追記 (龍峰)
2013-10-26 09:52:46
ゆらぎさん

感想でミステイクがありました。我が家のおでんは妻が8割でした。いずれにしろCOWORKです。機会が訪れましたら草深い仕舞屋どうぞ。
返信する
美味しそうですね (ゆらぎ)
2013-10-25 11:22:14
龍峰さん
 お目通しいただき、ありがとうございました。8割方を担当されているオデンを是非拝見したいものです。旨い酒を持ってゆきますよ!
返信する
いい味ですね。 (龍峰)
2013-10-24 16:51:38
ゆらぎ さん

最後のおやじさんの言葉がいいです。人生経験が深く、時には逆境にも立たされ、乗り越えてきたような人の一語ですね。我が家ではおでんは小生が8割方担当しますが、今年の冬は色々な具を入れることにしましょう。
返信する

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事