(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

気まぐれ日記/絵画 <雨夜の品定め>(続き)

2013-11-09 | 読書
みなさまからお寄せいただいた、2枚の絵についてのご意見と、そして私自身のファイナルセレレクションを語ります。(上掲の絵は、上村松園の「風」です。ちょっと色っぽいですね。)



<雨夜の品定め>(つづき) 田辺聖子さんの『新源氏物語』という本があります。そこのなかで、「箒木」の雨夜の品定めの部分がどのように書かれているか、ちょっとのぞいてみました。

 ”(頭の中将)それにしても上流の女は、これはちょっとよく分からない。大切に箱入 り娘で風にもあてず育てられていますからね。恋の狩人として面白い獲物は、中流階級 の女でしょうな。”・・・・プラシド・ドミンゴばりのプレーボーイの言ですね。


 ”(左馬の頭)中流階級の女、というよりも・・・・たとえば草深い家の、世間から忘 れられているような邸に、思いもかけぬ、美しいかしこい娘がいるとか・・・。

 しかし、それもこれも所詮は、連れ添うべき、理想の妻を探し求めたい、というのが願 いでしてね。いや、なかなか理想の妻なんていうものはいやしませんよ、・・・・夫婦 というものは良かれ悪しかれ、一生別れず助けあい、添い遂げてこそ縁も深く、ゆかし く思われるのです。・・・・”

 そして左馬の頭がいうあいだ、源氏は心の中で、ただ一人の女(ひと)を想いつづけて いる。あの恋人、この恋人とそれぞれに美点欠点はあり、源氏を苦しめたり喜ばせたり するものの、彼の生涯の夢も恋も、真実をいえば、あげて一人の女人に集約されてしま う・・・あのひとは父帝の女御として入内され、あまりの美しさに世のひとが、「輝く 日の宮」と讃えて仰いだ人。御殿は藤壺であった。


      ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 さてわれらが選択やいかに。

(みなさまのコメント)

(かわもと様)
結論から言うとどうちらも小生好みの2枚で甲乙つけられません。前者は昔NYに住んでいたころ毎週末のように拝みに美術館に通いました。エマ・ハミルトンについては拙ブログでもたびたび紹介しました。ロムニーは10数枚彼女の絵を描いていてロンドンでも見に行きました。後者はモデル不明が残念ですが、「フランス革命前の上流階級の少女で読んでいるのはヴォルテールかルソーではないか」との解説に興味を持ちました。2人とも革命を導いた先駆的思想家と言われますね。革命後の彼女の運命やいかに?

→川本ブログ

(かわもとさ様の追加コメント)
(1)絵の好き・嫌いから比較するか(2)絵に描かれた女性の容姿で考えるか?
或いは(3)エマ・ハミルトンのような実在の女性がモデルの場合、その女性の存在まで考えるか?いろいろなアプローチがあって面白いですね。

 ちなみにエマ・ハミルトン(レディ・ハミルトン)ですが、その後あのトラファルガーの海戦で有名になったネルソン提督の愛人になります。しかし、ネルソン戦死後は、不幸な後半生だったようです。借金に追いまくられて貧しい暮らしに落ちぶれたと言います。このあたりは映画ですからかなり大げさとは思いますが、『美女ありき』は冒頭にビビアン・リー扮するエマが牢屋で過去を回想するシーンから始まります。

 ー写真ですが、ビビアン・リーの最も輝いていた頃のようですね。くらくらっとします


(かつらたろう様)
貴兄のご提示による絵ではどちらも素晴らしい絵画の美人ですが小生はフラゴナールの「読書する少女」が好みです。明るい窓際に向かい、燦々と陽光が射す中、健康そのものの少し赤い頬を染め、豊かに育った胸元から二の腕にかけての線、それなのに繊細な少女の象徴とも思える本を持った右手の小指の離れて立っている描写などによるものです。
フラゴナールは、知性と教養と品格そして健康そのものの美しさを描く事により、少女のこれから訪れるであろう、明るく希望に満ちた未来を描こうと企図したものに違いないと想うからであります。又、それが良く伝わるからです。

ーまた少しちがう角度からのご意見も。
その意味では平安時代の貴族の女人の品定めはあながち無意味ではなさそうです。
絵画に当てはめれば、上村松園の描く美人画がぴったり代表していると言えます。上村松園の描く美人画の女性の白いうなじを眺める時には悠久の時間の流れを覚え、少しも飽きる事がありません。ともあれ

(龍峰様)フラゴナールの読書する少女がいいですね。少女の服の色が綺麗な黄色で描かれていて、絵全体も黄色基調でまとめられていて、暖かな感じを与えます。それは画家がモデルの少女を見る目であり、少女と画家との間に通う気持だと思う。ほのぼのとする一点です。


(九分九厘様)
二者択一を求められると難問となります。「雨夜の品定め」となれば、選ばなくても許してもらえそうですね。孫娘よりは年はとっているが、美女とはいえ品定めの対象外のような気がしております。もっと熟女を加えた選択肢の多い課題を希望します。モナ・リザが入っておればそちらに軍配をあげます。


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 というようなことで様々な見方のご意見を頂戴しました。全般的には、フラゴナールの「読書する少女」が、優勢であります。しかし、その他の絵も俎上に上ってきました。かの「モナリザの微笑み」そして上村松園の絵。後者は、私自身の好みでもあります。改めて二枚の絵を見てみましょう。

           

まずレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」です。改めて拝見します。気品と知性に満ち、かつ成熟した女性としての魅力を湛えています。しかし、どうでしょうか? 左馬の頭のいうように長年連れ添うべき伴侶としてみると、勿体無く、また近寄りがたい雰囲気もあります。そこで上村松園の絵画の登場です。すだれの中の蛍を見る女「新蛍」、障子のつくろいをする女房の「晩秋」、針に糸を通そうとする女を描いた「夕暮」などがありますが、己の好みを言わせていただけるのならば、「晩秋」でしょうか。つつましやかに生きている女、ひたむきな女、品性も感じられます。中里恒子の『時雨の記』の女主人公多江に通ずるものすら感じます。この女性の絵を選ばせて頂きます。


              


 女性を見る目が優しかった山本周五郎の作品に登場してくるような雰囲気もありますね。


 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。「品定め」に、ご参加のみなさまにあつくおんれい申し上げます。





コメント (6)
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