人と、オペラと、芸術と ~ ホセ・クーラ情報を中心に by Ree2014

テノール・指揮者・作曲家・演出家として活動を広げるホセ・クーラの情報を収集中

カヴァレリア・ルスティカーナと道化師の演出 / Jose Cura / Cavalleria Rusticana & Pagliacci

2016-05-18 | 演出――その他


ホセ・クーラは、マスカーニのカヴァレリア・ルスティカーナと、レオンカヴァッロの道化師の2つのオペラに長年、出演してきましたが、2012年には、ベルギー・リエージュのワロン王立歌劇場で、両作品をはじめて演出、舞台設計、照明と主演も担いました。
そして2015年7月、故郷アルゼンチンのテアトロ・コロンで再演を果たしました。この時は、クーラは道化師のみ出演しています。ネットラジオでも放送されました。上演は7月14、17、18、19、21日。
クーラの作品解釈と演出コンセプト、リハーサルや舞台の様子などを、インタビューと画像などで紹介します。



クーラは、舞台をイタリアのシチリアから、ブエノスアイレスのラ・ボカ地区カミニートに移しました。イタリア系移民の街です。舞台装置もカミニートのカラフルな町並みを再現。アルゼンチンタンゴの要素も取り入れた、とてもシックな演出です。

そして、この2つをオペラを、連続したドラマとして描こうとしました。カヴァレリアと道化師が、同じ小さな街で、つづいて起こる事件として、1つの流れのなかにおかれます。街に住む幼なじみの2人をめぐる悲恋、そしてそこにやってきた陽気な旅芸人一座と、彼らの抱える差別と偏見、人生の重荷と辛さ、悲しみ、そしてつきすすむ悲劇の結末。美しいセットで繰り広げられる切ない切ない物語です。

劇場HPには、「ホセ・クーラのステージングは、観客のすべてが魅力的なプロットで魅了されるまでその情熱を掘り下げることを約束します。誰も無傷で脱出できません」と紹介されていました。



いくつかのインタビューで、演出意図や解釈、作品の背景などを語っています。興味深い部分を抜粋してみました。

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●故郷のイタリア移民へのオマージュとして
2008年にサンディエゴで道化師を歌っていた時、2つのオペラの演出依頼を受けた。私はアルゼンチンのイタリア移民へのオマージュを設計する機会だと考えた。舞台はカミニート通りが理想的だと思った。 (*クーラの母方の祖母はイタリアからの移民です)
このプロジェクトは非常に私たちそのものだ。カミニートであり、バンドネオンがあり、ガルデルの声があるタンゴ‥。私は観客が誇りを感じてくれることを願う。古典的なアルゼンチンの風景の一つだからだ。

1つの場所と時間内に、2つのオペラのすべてのキャラクターを共存させることを想像した。2010年に小説を書いた。実現しなかったそのアイディアを2012年リエージュでの演出に使った。



●ワーグナー、ヴェルディとヴェリズモ
ヴェリズモオペラは、ワーグナーの素晴らしいレトリック、ヴェルディの英雄的人物像に対する、アレルギー反応のように誕生した。ヴェリズモは彼らの悲惨さを露出し、肉と血、過ちを犯す人々を描きだした。
言葉は、音楽のつけたしではない。リアリズムにおいて、言葉は、音楽と同様に重要だ。他のレパートリーとは大きく異なり、音楽によるプレッシャーを感じることなく、言葉を語ることができなければならない。

今2017年にタンホイザーを準備している。ワーグナーの美しさが印象的だ。しかし音楽的レトリックに基づいている。ワーグナーのアプローチは、音楽的に何が起こっているかを理解する努力が必要だ。

ワーグナーに対して、ヴェリズモの音楽的アプローチは即時的だ。もちろん危険性がある。即時性は下品と理解されかねない。憎悪や行動の意図を理解すること、トーンのバランスを見つけることが必要だ。

●主人公の名前の由来、復活祭の日曜日、血の儀式 ~ カヴァレリア・ルスティカーナ

   

カヴァレリア・ルスティカーナで何が起こるかを説明するためには、主人公の名前の由来を明らかにする必要がある。
トゥリッドウとサントッツァは、それぞれサルヴァトーレとサンタの愛称だ。
母親の名はマンマルチアではなく、Annunziataの愛称Nunzia、つまり受胎告知。ローラはスペイン語でAddolorata(=痛み)、ドロレスの略だ。

物語はイースターで起こる。マンマルチア(受胎告知)の息子、サルバトーレ("surrender" =降伏)は、ローラ(痛み)に裏切られ、Santuzza(聖)よって売られる。
すべては復活祭の日曜日に発生する。サルバトーレ=「降伏」は、赤ワインで乾杯する。それは血の儀式を意味する。

●トゥリッドウの愛と憎しみ、苦悩
兵役から戻ると、恋人ローラの裏切りを知ったトゥリッドウ。彼は村に戻って以来、死の影を背負った。人生を破壊したローラを憎むと同じ狂おしさで、ローラを心から愛した。なぜ結婚したの? 彼女に繰り返し聞いた。

トゥリッドウとサントッツァは憎しみ合っていない。彼らは幼なじみ。彼女は、彼がいつか自分の男になることを望んでいた。幼なじみの愛を利用した男の子の復讐は、サンタを傷つけ、ローラの嫉妬を招いた。

●道化師はショービジネスの縮図
道化師は、失敗したコメディアンのドラマ。彼のカンパニー全てに影響を与え、彼の妻も子も苦しめる。シルヴィオとネッダのロマンスは、人生とアルコールに敗れ、すでに半分死んでいる男に、とどめの一撃となる。

ショービジネスに共通する多くの側面がある。多くの「スター」がいずれ落ちる。貧しい村のピエロのカニオとはスケールは違うが、彼のドラマ、これは多くの兄弟たちの職業であり、ある日の私のことだ。



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クーラは、単なる浮気と嫉妬の痴話喧嘩ではなく、社会背景からこれらの悲劇を浮き彫りにしています。こうした演出コンセプトが、舞台上でどう表現されているのか、いくつかの場面を見てみたいと思います。 (*写真は、クーラが両方を演じた初演の舞台の映像から)

クーラが「最愛のトゥリッドウ」とよぶカヴァレリア・ルスティカーナの主人公。クーラの解釈は、「彼こそが最大の犠牲者」です。兵役が彼の人生すべてを狂わせてしまいました。軍隊帰りが分る衣装で登場します。

 

兵役によって愛するローラとの仲を裂かれたトゥリッドゥの怒りと悲しみ、諦めきれない愛。閉鎖的で保守的風土で未婚のまま妊娠したサントゥッツァ。若い2人の切なさ、つらさをリアルに描き出そうとします。
サントッツアの悲劇と苦悩を示す、マンマ・ルチアとの二重唱の場面。サントッツアはルチアの手を自分のふくらんだお腹に。じゃけんな母親に描かれがちな場面ですが、クーラは2人の女性のシーンに別の意味を持たせました。

   

広場を中心に、人々の喜怒哀楽が描かれます。イタリア移民たちの街の閉鎖的で人間関係が濃い雰囲気のなか、結婚前に妊娠したサントッツアの苦悩がいっそううきぼりになります。

   

トゥリッドウとサントッツアの二重唱でも、単なる痴話げんかやDVとは違う描き方をしています。トゥリッドウは、自分を裏切り結婚したローラを一度は諦め、サンタを愛そうとしました。すがりつくサンタへの憐れみ、愛しさが表現されています。

   

サントッツアに手を取られ、自分の子どもを身ごもったお腹に当てられ、事実を知り衝撃を受けるトゥリッドウ。サンタへの思いも込みあげます。

  

ローラとサントッツアへの思いに引き裂かれ、苦悩しながら、しかしローラをどうしても諦めきれないトゥリッドウ。彼に去られ絶望したサンタは、妊娠したお腹をたたき、苦しみ叫びます。

   

舞台とした広場とマンマルチアの店は、カラフルな昼、シックで照明が印象的な夜と、雰囲気を変えます。間奏曲の間には、広場にアルゼンチン・タンゴのダンサーが登場し、ドラマと悲劇の結末を象徴するダンスを踊ります。

   

トゥリッドウの死後もドラマは続きます。道化師の冒頭はトゥリッドウの葬列。そして6カ月後、道化師一座を拍手で迎えるサンタとルチア。サンタは大きなお腹で店を手伝いつつ、出産を待っています。新たな命を生む出す女性の強さを暗示しているのでしょうか。

     

そしてつづく道化師では、仮面をつけた道化師と、その仮面の下の傷ついた素顔‥。旅芸人一座の苦悩を、抱えてきた人生の重荷(障害や傷跡‥差別)をふくめ、描きだします。

     

テアトロ・コロンがFBに掲載したオペラ、カヴァレリア・ルスティカーナと道化師のリハーサル写真。演出とセットデザイン、カニオ役を兼ねるホセ・クーラ、立ち上がったセットで演技をつけたり、自分の出番をチェックしたりとマルチタスク。









カヴァレリアのリハーサルをする指揮者のロベルト・パーテルノストロと、演出のホセ・クーラ。


●ホセ・クーラ テアトロコロンでのインタビューより

私は誠実な態度と美しい演技の融合を愛する。私は信じる。ステージで歌手の顔を見ることをやめ、キャラクターの顔を見る。そうしてこそ現代のオペラ劇場になる。

演出作品の選択で私の唯一の要件は、台本を信じられることだ。知的誠実さは、歌手としても必要だが、演出・舞台監督として、自分が何をすべきか信じるだけでなく、人を説得するために、非常に重要だ。

Q、テアトロ・コロンをどう思う?
A、私はアルゼンチン人で、コロン劇場は私の最初の劇場だが、ゲストとして来ている。変化と努力をみた。巨大な劇場が抱えがちな問題を超えて、人々の力が物事を前進させる。
テアトロ・コロンでは、人々は、アーティストからエンジニアまで、劇場を愛し、彼らの仕事に多くのことを望んでいる。2013年と比べて、落ち着き、給与も改善され、皆に心理的に良い影響を及ぼしている。

Q、20年以上スペイン在住だが?
A、自分はアルゼンチンの子と思っており、世界のどこへ行っても必ず「アルゼンチンの芸術家」と呼ばれる。死ぬまで「アルゼンチン人」と呼ばれ続ける。誇りは常に変わらない。

Q、欧州の経済危機について?
A、私たちが直面する危機は、経済的危機だけでなく道徳的危機、またスペインだけでなく世界の問題。それは始まりだ。経済危機は、この危機の結果の一つである。経済危機はこれまでも多くあったが、現在直面している危機は、道徳的危機だ。それは、より長く、より多くの痛みと深刻な結果を及ぼす。そして、私はそれをより懸念する。

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クーラの故郷アルゼンチンのテアトロコロン。財政難や長期の改修が続いていましたが近年、壮麗な姿で復活。クーラはマルセロ・アルバレスとともに若い頃、劇場のコーラスにいたそうです。しかし当時、オーディション等で認められることはありませんでした。


人気ブログを書いていらした、プロフェッショナルでインターナショナルな看護師・看護教員、えぼりさんの「漂流生活的看護記録」第9回、「寄り添う人々」で、このテアトロコロンの公演について触れられています。アルゼンチンの人々とその誇りある生き方、人生へのあたたかく連帯の思いにあふれた、すばらしいレポートです。えぼりさんはクーラと直接会って、話したこともあるそうです。まだお読みになっていない方には、ぜひぜひ、おすすめします。


DVDの編集作業をしたようですが、残念ながら2作品のDVDはまだ公開されていません。ワロニー王立劇場の舞台が、しばらくの間、arteで公開されていました。Youtubeにもアップされているようです。
結局、ネット上で公開されることによって、DVDを出しても投入した資金が回収できなくなる、という「ネットと著作権」の問題が壁になっているとみられます。クーラは大手エージェントにも大手レーベルにも所属せず、自前のプロダクションですべてやっていますから、この問題はさらに深刻のようです。DVD発行を期待して、ここでは、劇場の公式動画だけ紹介しておきます。

初演されたワロン王立劇場での紹介動画 Youtubeより
Cavalleria Rusticana & Pagliacci (Pietro Mascagni) - Extraits


テアトロ・コロンのYouTube公式チャンネルから、ホセ・クーラ演出のオペラ、カヴァレリア・ルスティカーナと道化師の紹介動画。
Cavalleria Rusticana 2015 - Teatro Colón


Pagliacci 2015 - Teatro Colón


初演のベルギー・リエージュのワロニー王立歌劇場でのリハーサルの様子とクーラのインタビュー動画。
Cavalleria Rusticana & Pagliacci (Pietro Mascagni) - Répétitions


共にカヴァレリアと道化師をつくったテアトロコロンの合唱団に寄せたホセ・クーラの言葉。
「2013年は(オテロ)古い友人との会合だった。2015年は兄弟として。そして次は‥。みんなにハグ!」


ホセ・クーラがFBで紹介した写真、テアトロ・コロンのカヴァレリア・ルスティカーナと道化師の出演者とともに、そしてスタッフの写真。達成感と連帯感が伝わる。
   





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