ホセ・クーラは現在、モナコのモンテカルロ歌劇場で、初挑戦のワーグナー・タンホイザーのリハーサル中です。
これまで、イタリアオペラ中心、主にヴェルディとプッチーニのドラマティックなオペラやヴェリズモのプロフェッショナルとして、作品と役柄の解釈を深めてきたクーラですが、今回は、念願でもあった、ワーグナーのロールデビュー、もちろん新プロダクションのため、2017年2月19日初日めざじて、1月末から、リハーサルに入っています。
→ 「(緊急告知編) 2017年 ホセ・クーラ ワーグナーのタンホイザーに初挑戦」
タンホイザーのリハーサルの様子は、写真など断片的な情報は入ってきていますが、告知されていたクーラからの情報発信はまだありません、
ということで、クーラのタンホイザー情報を待ちつつ、今回は、モンテカルロ歌劇場にゆかりの作品として、ここで初演されたプッチーニのオペラ、「つばめ」(La Rondine)の話題をとりあげたいと思います。
「つばめ」はプッチーニ59歳の年の作品で、かなり後期の円熟の時期に作曲されています。1917年にモンテカルロ歌劇場で初演を迎えました。しかし初演の評価に満足できず、改訂を繰り返し、プッチーニは第3稿までねりあげたそうです。
ところがこの最終稿は、第二次世界大戦の戦火で焼失、のちに、残されたわずかな資料で復元作業がすすめられ、失われた改訂部分のオーケストラ譜の復元・補筆を経た最終版の世界初演は、1994年、トリノのレージョ劇場でおこなわれました。
今回、紹介したいのは、この「つばめ」最終版の世界初演です。この時、クーラが、主人公マグダ(ソプラノ)の愛人ルッジェーロ役で出演しました。1991年にアルゼンチンからイタリアに移住して、まだ3年後のこと。当時31歳です。
あまり情報が多くないので残念ですが、いくつかの舞台写真、YouTubeにも少しだけですが、その時の舞台の動画があります。
またクーラは、「つばめ」では、2012年に仏ナンシーで、マスタークラスの生徒たちを出演者に、自らは演出、舞台デザイン、衣装、そして指揮もしています。その時の様子も、またいずれ紹介したいと思っています。
***************************************************************************************************************
Torino, Teatro Regio, 22 marzo 1994
Conductor = Donato Renzetti
Orchestra = Teatro Regio di Torino
Magda = Nelly Miricioiu
Ruggero = José Cura
Ramblado = Roberto De Candia
Lisette = Silvia Gavarotti
Prunier = Iorio Zennaro
このオペラのテノールのアリアで有名な第1幕のルッジェーロの「パリ、それは欲望の街」は、第2版で付け加えられたものだそうですが、この最終版では残念ながら削除されています。
第2幕、舞踏会の会場で意気投合した、ルッジェーロ、マグダと友人らによる4重唱と合唱「あなたのさわやかな微笑みに乾杯」を。画質はどれもたいへん悪いですが、クーラの若々しい声を聞くことができます。
Jose Cura 1994 "Bevo al tuo fresco sorriso" La rondine
第3幕、ルッジェーロは、親に結婚の許しを請う手紙を書いたことをマグダに伝える。ルッジェーロのアリア、「僕の家に来てくれるといって」。
画質は最悪、色が抜けてモノクロになっていますが、クーラがたいへん甘く、やさしく歌っています。
José Cura "Dimmi che vuoi seguirmi" 1994 La Rondine
第3幕、それまでの版と大きく違っているラスト。1、2版では、マグダが自ら身を引いて、ルッジェーロに別れを告げていましたが、第3版では、マグダの過去(金持ちの愛人)を告発する電報を受け取ったルッジェーロが、マグダを責め、去っていくというもの。ドラマとマグダの人物像を大きく変える変更となっています。
Jose Cura 1994 La rondine Act 3 last duet
***************************************************************************************************************
「つばめ」の歴史的な最終版初演の舞台で、若々しく、強靭な声をもつ、初期のクーラの歌唱を聴けるこうした動画が残されていたことは、画質が悪いとはいえ、たいへんありがたいことです。
前述のように、現在、クーラは、モンテカルロでタンホイザーのリハーサル中ですが、パリ版フランス語上演という珍しいプロダクションです。
ルーティンを嫌い、好奇心とチャレンジ精神旺盛のクーラ。これまでも、この、つばめ最終版初演をはじめ、プッチーニのエドガール4幕版の世界初演などにも出演してきました。
興行的にメジャーでなくとも、貴重な珍しい作品へのチャレンジを好むクーラですが、予算削減、公的補助削減などが欧州の劇場でもひろがり、こうした珍しい作品の発掘や上演は困難になっているといいます。クーラは、かつてボーイトのネローネというたいへんめずらしいオペラへの出演を予定していて、楽しみにしていたようですが、イタリア政府の補助金削減で劇場が資金難になり、キャンセルされたこともありました。
公的な助成をはじめ、観客・住民によって支えられている芸術であるからこそ、クーラは、現実社会と結んで、人間と社会の現実に根ざしたオペラをつくることを、アーティストとしての使命として、繰り返し訴えています。
クーラは、レバノン出身の父方の祖父母、イタリアとスペインの移民の母方の祖父母をもち、移民の国アルゼンチンで生まれました。そして91年に祖母の出身地イタリアに移住、外国人排斥を訴える勢力が増大するなかで、フランスに移らざるをえないという経験もしています。シリアなどの難民の人々の姿を、かつての自分たちを想起させるものとインタビューで語ったこともあります。
今回のトリノの舞台は、その移住からわずか3年後。家賃が払えずガレージに住み、皿洗いやストリートミュージシャンもしながら、歌唱の探求をすすめ、ようやく主役級の出演が可能になっていった時期です。もし、当時、移民排斥がつよまり、クーラがアルゼンチンへの帰国を余儀なくされていたなら、現在のようなクーラは誕生しなかったでしょうし、クラシック音楽、オペラの世界は、ユニークで魅力的なアーティストを失っていたことでしょう。