A WRKY transcription factor confers broad-spectrum resistance to biotic stresses and yield stability in rice
Liu et al. PNAS (2025) 122:e2411164122.
doi:10.1073/pnas.2411164122
中国 南京農業大学のWanらは、イネの転写因子遺伝子T-DNA挿入変異体ライブラリーをスクリーニングしてイネ害虫トビイロウンカ(BPH、Nilaparvata lugens)感受性が増加する変異体を同定し、BPH susceptible 1-Dominant (Bphs1-D)と命名した。解析の結果、T-DNAはWRKY転写因子遺伝子OsWRKY36 の5′-UTRに挿入されており、Bphs1-D 変異体ではOsWRKY36 発現量が高くなっていることが判った。OsWRKY36 とBPH抵抗性との関係を確認するために、OsWAKY36 の過剰発現系統(OsWRKY36-OE)とノックアウト系統(OsWRKY36-KO)を作出して表現型を観察した。その結果、OsWRKY36-OE 系統はBHP感受性が高く、OsWRKY36-KO 系統はBPH抵抗性が高いことが判った。このことから、OsWAKY36 はイネのBHP抵抗性を負に制御していると考えられる。OsWRKY36 は根、茎、葉身、葉鞘、穂で恒常的に発現しており、維管束鞘細胞および厚壁細胞で高発現していた。BPHが集るとOsWAKY36 の発現が一時低下するが、徐々に回復していった。OsWRKY36タンパク質は核に局在していた。また、各種解析から、OsWAKY36は転写抑制因子として作用することが示唆された。BPHが集ったOsWRKY36-KO 系統と野生型植物のトランスクリプトーム解析を行なったところ、OsWRKY36-KO 系統では3809遺伝子の発現が野生型植物よりも高くなっており、KEGG解析から、炭素代謝とフェニルプロパノイド生合成に関与する遺伝子の発現に変化が見られた。フェニルプロパノイド経路によって合成されるリグニンは、厚壁組織の二次細胞壁の重要な構成要素であり、病原菌や害虫から植物を守る重要な役割がある。フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL)はフェニルプロパノイド経路の鍵酵素であり、リグニン生合成にとって重要である。OsWRKY36-KO 系統では、OsPAL1、OsPAL6 を含む48のフェニルプロパノイドおよびリグニン生合成関連遺伝子の発現が高くなっており、Bphs1-D 変異体およびOsWRKY36-OE 系統では発現量が減少していることが判った。また、葉鞘のリグニン含量、葉鞘厚壁組織の細胞層の数と厚さは、OsWRKY36-KO 系統で増加し、Bphs1-D 変異体、OsWRKY36-OE 系統で減少していた。これらの結果から、OsWAKY36 は葉鞘でのリグニン蓄積と厚壁組織の厚さを負に制御していると考えられる。WRKYファミリー転写因子は、標的遺伝子プロモーターのW-box[TGAC(C/T)]モチーフを認識することが知られている。OsPAL1 遺伝子、OsPAL6 遺伝子のプロモーター領域にはW-boxが存在し、解析の結果、OsWRKY36は、OsPAL6 遺伝子、OsPAL1 遺伝子プロモーター領域のW-boxモチーフに直接結合することで発現を負に制御していることが判った。この結果と一致して、OsPAL6、OsPAL1 転写産物量はOsWRKY36-OE 系統で減少し、OsWRKY36-KO 系統では増加していた。OsPAL1、OsPAL6 とBPH抵抗性との関係を解析するために、OsPAL 過剰発現系統を作出して表現型を観察したところ、BHP抵抗性が高まり、リグニン蓄積が増加し、厚壁組織の厚さも増していることが判った。また、Bphs1-D 変異体でOsPAL6 を過剰発現させたところ、BPH抵抗性が回復し、葉鞘でのリグニン蓄積、厚壁組織の細胞層や厚さが増加していることが確認された。これらの結果から、OsWAKY36はOsPAL6 やOsPAL1 の転写を抑制することでBPH抵抗性を負に制御していると考えられる。BPHの他にも、セジロウンカ(WBPH、Sogatella furcifera)やヒメトビウンカ(SBPH、Laodelphax striatellus)も稲作における主要害虫であり、BPHとWBPHがイネを特異的に食害するのに対し、SBPHはコムギ、トウモロコシ、オオムギなど幾つかの主要作物を含む広い宿主域を持つ。変異体を用いた解析の結果、OsWRKY36はWBPH、SBPHに対する抵抗性も負に制御しており、広範な害虫に対する抵抗性を調節する上で重要な役割を果たしていることが判った。OsPAL は、イネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)やイネいもち病菌(Magnaporthe oryzae)を含む様々な病原菌に対する広域抵抗性に寄与することが知られている。解析の結果、OsWRKY36 のノックアウトにより、これらの病原菌に対する抵抗性が増強されることが確認された。OsWRKY36 の欠損によってもたらされる広範な抵抗性が農業形質に影響するかを調べるために、圃場栽培試験を行なった。その結果、OsWRKY36-KO 系統は、登熟期に低温を受けると籾千粒重が減少するが、害虫や病原菌に対する幅広い抵抗性が付与されるとともに、一穂籾数と分けつ数が増加し、作物収量が維持されることが判った。OsWAKY36 と一穂籾数、分けつ数との関係を調査したところ、OsWRKY36-KO 系統幼苗では、それぞれ、イネの籾数および分けつ数を正に制御していることが報告されている転写因子遺伝子IDEAL PLANT ARCHITECTURE 1(IPA1)およびMONOCULM 2(MOC2)の発現が有意に上昇していることが判った。IPA1 とMOC2 のプロモーター領域にはW-boxモチーフが含まれており、解析の結果、OsWAKY36はIPA2 遺伝子プロモーター領域のW-boxモチーフに結合して転写を抑制することが確認された。これらの結果から、OsWRKY36は、IPA1 およびMOC2 の発現を負に制御することにより、分けつ形成や一穂籾数に影響を及ぼしていると考えられる。以上の結果から、OsWRKY36は、昆虫と病原菌の両方に対して広範な抵抗性を付与するだけでなく、イネの抵抗性と収量のトレードオフのバランスをとる調節遺伝子であると考えられる。OsWRKY36 の過剰発現は、害虫や病気に対する抵抗性が負に制御されるだけでなく、収量も低下させ、逆に、OsWRKY36 をノックアウトすると、昆虫や病原菌に対する幅広い抵抗性を示すだけでなく、一穂籾数と分けつ数も増加する。したがって、OsWRKY36 はイネの収量と広範な生物抵抗性を同時に改善するための貴重な標的遺伝子であると言える。
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