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《 リアル 芸能 ルポ 》 髙倉健も、びっくり? 碑がある鎌倉の光明寺に、「池の水、ぜんぶ抜く大作戦」が、敢行されてた! また、小田家の菩提寺に、彼の碑が新たに建ってました

2019-11-08 17:47:05 | 芸能ネタ

 この、11月10日(日)で、小田剛一(たけいち)が、検査入院から、わずか10日で、他界と言う、不思議な出来事から数えて、丸5年目に当たる。

 偶然にも、延期された、新カツラ・テンノーと、彼をあやつる女帝愚妻の、パー霊怒が、強行される日とも重なる。

 「養女」との、いまだ消え去らぬ、不可解な事象とは別にして、ココロを込めて、合掌、拝礼したい人の為に、記事を再掲載致します。

 古都・鎌倉と、小田剛一の故郷。

 計2つの墓名碑に行かれたい方の為にも・・・・。

 なお、鎌倉の「光明(こうみょう)寺」までは、直行バスが、鎌倉駅から出ております。

 富士山が、上手くいけば、高台に登ると、見えるかも知れませんが、紅葉はまだのようです

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 ≪ 2018・1・3 掲載記事 ≫

 ん? 鎌倉の名刹(めいさつ)「光明寺」?

 どっかで、聞いた寺の名前だなあ・・・・

 あれ? 確か、記事の中に入れた寺の名前だぞ。

  確か、高倉健の墓が、「養女」という名の付いた、仮にも遺族であるならば、到底理解しがたい異常心情で、全国どころか、世界のどこにも墓や碑が無いことに心痛めた、前・髙倉プロモーションの専務で、且つ、親戚筋でもあった、元・県会議員の男性が、その寺に掛け合い、碑を昨年、その寺の入り口近くに建立したんじゃなかったっけ?

 自分の記事を、検索してみると・・・・・

  あった、あった。やっぱり、光明寺だ。この寺だった!

 その寺に、あの異色な企画で、視聴者と、テレビマンの目を見張らせ、出ているのが、バラエティー芸人ばかりなのに、作業終わると、感謝されるという、マカ不思議な番組、「池の水、ぜんぶ抜く大作戦」の、第6弾目で、この寺の池にロケ隊が入り、池の水を全部抜いた、という。

 その模様が、先ほど、放送されていた。

 といっても、とっさに、チャンネルを合わせたので、途中から視聴。

 それでか・・・・・年末から、先の何本も、髙倉健を記事化したなかの、「光明寺」に碑が出来たという記事に検索が集中していたのは、そういう訳だったようだ。

  そういえば、この寺の池は有名だった。このように、広い池にハスが敷き詰められているかのように、紹介写真には、このように出ていた。

 でも、取材の主眼は、先の碑だったせいもあり、庭園や古い雅(みやび)さ漂う、このような建物は観てきたが、池はあんまり、気にしないで、帰宅してた。

  それが・・・・・こんなになり変わっていた。成り果てていた。

 ハスが、どのような影響か、殆んど、死滅し、まさに、このようになっていた。

 で、寺の総務部長が、番組に依頼。

 一回、池の水を全部、抜いてもらって、その原因を突き止めた末に、もう一度、ハスを再生させ、ハスの花を咲かせ誇った池に戻してみたい、と。

 私が行った時も、そうだったが、いつも応対の印象は、とても良い寺。僧侶のノリも良い。

  寺の僧侶15人いるうち、10人が、作務衣(さむえ)を、同長靴姿に着替え、池の水抜きに参加。

 敢行されたのは、冬晴れの、昨年の12月11日。

 水抜きを見守り、ヘドロ状になった池から、なんと、ウナギを発見したのは、「野外授業」に来ていた、低学年の小学生30人。

  ( 1月2日放送画像より)

 ロンブーの淳が、その声に押されて、

  大きなウナギが、ヘドロに浮いているところを網で救う一幕も。

 なんと、計27匹もいたのには、観てて驚いた。

 下世話な見方だが、あのウナギの行方は、どうなったんだろうか?

 誰が、かば焼きにして、クチに入れたんだろうか。まさに、天然うなぎ。おいしかったのだろうか・・・・。

 他に、手長海老、もずく蟹。日本石亀。

 在来種だけで、9種類、2630匹も、この池に住みついていたようだ。

 そのために、ハスの生育が、さまたげられて・・・・・らしい。

 にしても、水が、25トン。ヘドロ、25トン。

 ド強力バキュームカーで、吸い挙げていくのは、丸三興業という特殊企業。

 ウチもやってくれないか?という打診が、増えたそうだ。

 池をきれいにしたあと、新たにハスの根を植え付けていた。

 うまく条件が合えば、今年の6月末か、7月には、ハスが咲き誇り、鮮やかな紅の花が咲く・・・・という。 

 番組では、途中からあわてて観たせいかも知れないが、髙倉健の「た」の字も、話しておらず。 

 スタッフも、田村淳も、知らなかったんだろうなあ・・・・・。

 寺の方でも、積極的に、告知もしていない。

 その影響か、記事化した後、寺に問い合わせた時も、「格別、それを目当てだけに来て下さる方は、増えてません。問い合わせも、さほどありませんね」と、言っていたくらいだし・・・・・・。

 その一方で、九州の福岡県中間(なかま)市にある、小田家の菩提寺。

 つまり、髙倉健こと、本名・小田剛一(たけいち)の、父母や兄らが眠る墓がある寺である、「西山(せいざん)浄土宗 小松寺 正覚(しょうがく)寺」に、実の妹である森敏子(写真下)が、1人奔走、尽力し、昨年の11月4日に、やっと、碑が建立出来ていた。

  関東に住むファンは、先の「光明寺」

 小田剛一のことを知る関係者や、ファンには、この彼が育った地元「正覚寺」に赴くといい。

 養女に縛られていたもんなら、永久に何も出来ないままで終わることになる。

 なにしろ、骨は捨てられ、散骨したという事実の真偽も、いまだ分からないまま。

 遺骨のひとかけらも、いまだ無いまま。

 したがって、寺院内にある「小田家の墓」には、剛一の骨は無い。

  寺は、福岡県中間市にあり、JR筑豊本線の「筑前羽生(ちくぜんはぶ)駅」から、歩いて20分ほどのところにあった。

 

  ヘタをすると、見逃してしまいそうな、住宅街のそばにあったので、行く人は気を付けて欲しい。

  碑に刻まれている、この「寒青」という単語。

 コレ、小田剛一の自筆。高倉健というサインも自筆だ。

 寒青とは、寒い冬でも夢を育てているかのように、イキイキと枝を伸ばしている松。それを人間を見立て、人を愛し、楽しませる人でありたいという意味を込めて、弟は好きな言葉にしていたと、森敏子は言う。

     碑の下には、このようなプレートに、髙倉健としての略歴が記されていた。

 寺の人に聞いたら、「建立した式の時には、森敏子さんなど、10数名ほどが見えられてましたよ。何か、新聞では80名が来ていたとか書いてましたけど、そんなには、とても来てませんでしたね」

 が、その後が

 「毎日、かなり、ファンでしょうかねえ。来てらっしゃいますよ。花を持ってくる人も、ええ、いますねえ」

 年始も終え、ファンの方は、この記事で満足するも良し。行かれるのも良し。

 それぞれの心と、胸のなかでで忍んで戴ければと。記事化いたしました。

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 ≪ 2019・11・8 さらに、追記 ≫

 鎌倉の「光明寺」の方は、建立してからも、集まりや、催しは行われたことは、一度も無いが、

 ひょっとして、小田家の菩提寺である、「正覚寺」では、あるかも?と想い、聞いてみた。

 「格別、お申し出は、ございませんね。

 というのも、ウチの方は、次は7回忌が、執り行われる習わしになっております」

 

 「催しが行われるかどうか、うかがっておりませんが、7回忌となるのは、来年の11月10日となりますので、何か、行なわれる・・・・かと、思います

 墓参には、いつも、どなたか、来ておりますねえ。

 ファンとおぼしき、年代の方も、若い方たちも、来ております

 墓名碑の前には、献花が出来るようにスペースを取ってあり、飲み物も、置けるようになっております」

 近くにバス停は無いので、「筑前羽生駅」から、徒歩20分。

 そぞろ歩きながら、健さんに対する、それぞれの想いを胸に、訪ねてみてください。

 羽生は、はぶ、と、よみます。はにゅう、では、ありません。

 また、間違っても、「養女」小田貴が、来ることは、絶対に!無いと、想われます

 

 



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