写真(しゃしん 寫眞 英語: photography)とは狭義には 穴やレンズを通して対象を結像させ
物体で反射した光および物体が発した光を感光剤に焼き付けたのち
現像処理をして可視化したもの このとき感光剤に焼き付けるまでを行う機器は基本的にカメラと呼ばれる
広義には 電磁波 粒子線などによって成立する 弁別可能で存続性の高い像
英語の "photograph" という語はイギリスの天文学者ジョン・ハーシェルが創案した
photo- は「光の」 -graph は「かく(書く、描く)もの」「かかれたもの」という意味
"photograph" から、略して "photo"(フォト)と呼ぶこともある
日本語の「写真」という言葉は 中国語の「真を写したもの」からである
デジタル写真は画像を電子データとして記録するためにCCDイメージセンサやCMOSイメージセンサといった固体撮像素子を用いる
携帯電話などにもデジタルカメラ機能が付いているものがある(カメラ付き携帯電話)
デジタル写真を写真と認めない人もいるが デジタルカメラで捉えた像は見ることもプリントすることもできる
この10年でデジタルの自動露出・自動焦点カメラは一般に広まり フィルムカメラよりも売れている
動画撮影や録音などフィルムカメラにはない機能を持っている機種もある他
レンズ交換式デジタルカメラの開発・普及も進んでいる
中には従来の中判カメラに相当する大きさの撮像素子を持つレンズ交換式デジタルカメラもある
写真処理施設からの遠隔地で仕事をする新聞記者などのカメラマンにとって
テレビジョンとの競争が激化するにつれ 新聞に載せる画像を短い時間で送付しなければならなくなった
このため遠隔地で仕事をする新聞記者達は一時期小型の写真現像セットと
電話線で画像を送るための道具を持ち歩くのが当たり前で大きな負担となった
1981年ソニーが画像撮影にCCDを使いフィルムを用いない最初のコンシューマ用カメラ「マビカ」を発表
マビカは画像をディスクに保存し画像自体はテレビに表示するものであった
次いで1990年にコダックが初の市販デジタルカメラDCS100を発表 商業的なデジタル写真がこのとき生まれたのである
『写真(カメラ)といえばデジタルが主流』 もっとも20歳台代以下の方ならフィルムそのものを知らないのではないかと…
かくいう自分も幼少期親に撮ってもらったものは銀塩でしたが 大人になって本格的にカメラに目覚めてからは
デジタルでした 以下は後者についてSNSで共有させる意味合いなど思うところを長文で綴ってみたいかと思います
今から15年前でしょうか?当時の恋人とのスナップ用に200万画素なコンデジ手にしたのが
カメラ生活の本格的なスタートでしたね スマホやガラケーよりも有効画素数低いし
単三電池4本駆動なバッテリー持ちも悪く 2013年の現時点では使い物にはなりませんね
ですが2人でどこか出かけ行く先々で撮影しモニターで確認でき
帰宅後 データとしてpcに転送後一括管理出来るのは画期的でした
つまり ベストショットなものだけプリントアウトすればよかったから⇒銀塩は印画してみないと全く分からなかったからさっ
時は流れ各メーカー次々に性能の向上した廉価な機種を投入してきます
僕も僕でスナップ以外で風景撮るのもまた楽し♪って買い替えが始まりました
結果6セット替えて 現在はミラーレスと10年前のミドル級な一眼2台持ち
思えばガラケーに写メール機能が付いたのは Facebookが日本に導入されたことよりも
エポックなことだったでしょうね だって携帯がほぼ一人に1台持ちになったのに併せてでしたもん
こうなるとそれまでカメラは特別なものって垣根が払われてメカに強くない人が
多少送信に時間かかっても友達・親・兄弟の元に添付ファイルとして送れるようになり
現在はラインやツイッター Facebookで思い思いに写真投稿したり共有したり出来ております
それはそれで否定しません 変に意固地でフィルム以外は写真とは認めないって風潮は過去のものになったから
ただね 結構長くカメラと付き合ってきてる男から言わせると いくら個人のFBページだからと言っても
人によっては 妙に安直で気持の篭ってない写真の垂れ流しか
特定の趣味(分野)に偏ったものしか載せてこなくなってるのをたまに見るわけですよ
スパッといえばクオリティ低すぎるか 毎度毎度のマンネリかよってところです 見てるほうが辛くなってくるので
今年ツイッターで食べ物を玩具のように弄んだ写真流したアホ学生多々いましたがそんな奴論外!
法の裁きで店への賠償とともに 今後カメラ機能付き携帯は絶対持たせない(契約出来ない)ように規制すればよいのだよ
これは勝手な持論 プロでないからこそ日々生活する中でいろんな物に接してるわけだし
自身の興味範囲外でも「いいね☆」と思ったらシャッター切るべきなのではと…
道を究めた写真家さん・画家さんなら 簡単な説明添えて今日の一枚ですって出し方で問題ないでしょうけど
一般人で妙に何かに凝り固まっていたら人生クソ面白くもないし 写真の腕も上がりません
上手くは言えないけど写真にはその人の人柄や心情 心意気までもが投影されると思うのですね
つまりは被写体に対する敬意とか愛情が伝わるかどうかは 投稿してきたもの見ればピンとくるので
他 決して正確無比かつフォーカス合っていてアングル申し分ないのが素晴らしい写真ではありませんよ
普段から政治 経済 芸能 グルメetc いろんなことに関心を持ち プロアマ 友人知人の写真を分け隔てなく
客観的に見れる方こそがホントに人の心を打つもの撮れるのです(別に機種は高級でなくてよい)
写真に明快な答えはありません だからこそ僕はいろんなところに移動し
少しでもクオリティ高い面白そうな被写体を収めようとしてますし
時間あったら自宅近所で風景撮りや お花のマクロ撮影の練習欠かしません
写真展はプロアマ問わず都合つけば通います 図書館行けば写真集&カメラ専門誌開きます
アンテナはいろんなところに張り巡らせないといけないから
ここからは言葉について思うこと 皆さんひとつ屋根の下で暮らす家族
ご近所さんと単におはようって交わすだけでなく 心の篭った会話も心がけるようにしてますか?
これも勝手な持論ですがSNSで友達繫がりな方に全くコメントできない方って
すぐ目の前にホントに身近な相手がいるって状況下においても真っ当に会話出来てないんじゃないかとね
いつもいつもでなくとも パートナーやペットには 拙くても荒削りな言葉であっても
たまには何かしら声かけてあげないと…愛してるって気持は相手の目を見て気持の入った言葉にしないと伝わりませんよ
具体例挙げましょうか どんなに口下手な人だって 過去それ相応な恋愛遍歴において意中な方にアタックする場合どーしてました?
パッと見モデル並みな美形な人も 言葉は要らない・目で秒殺するなんて口説き方ありえませんからね(笑)
電話・メール・手紙など手段は一切関係なくて 愛おしく思い心を込めた言葉で迫っていったはず
なんでこんなこと綴ってるかっていうと FB上のやり取りで自身が折角いい感じで写真撮ってらっしゃるのに
説明があまりに簡素かつ抽象的すぎたり 逆に添えてある文章が写真と併せて大変素晴らしくても
要所要所で改行したり 句読点打ってない⇒つまりはベタ打ちかつ長文なパターンも最近目に付くのですよね
僕まったく知らない方のタイムラインもたまに読んでますので
これはどちらのパターンも読み手のこと あんまり大切にしてない証=自己満足で終わらせてるから
簡素すぎる方・小学生の絵日記じゃあるまいし いい大人です…もう少し情感込めるべき 一方ベタ打ちな方は抑揚ってかテンポ持たせないと!
かなりな長文になりました これ読んだ貴方と貴女 今現在からほんの少しでも意識変えてゆきましょう
写真は全て 先日(誕生日前日)早朝自宅周辺にて撮影 all photograph by CUE