『 悲しいね 』 ミホシンザン
とっても悲しい思いをした事があるんです
あれはそう
人気になった有馬記念でした
ボクは一生懸命に走ったけれど
三着になりました
ゴールインして地下馬道に降りるとき
馬券の束がバ声と共に飛んで来たのです
それがボクの顔に当たったのです
まだ興奮してたので 『 ムッ 』 としました
でもその時
ボクの背の政人さんが
首スジをポンポンと叩いて
なだめてくれました
そして背から降りるとき
『 ゴメンな! 』 と
一言つぶやいたのです
ボクはそのコトバを聞いて
思わず泣いてしまいました
1988年 第31回 有馬記念より
「 1987年の天皇賞(春)を優勝するなど活躍したミホシンザン号(牡・32歳)は、
12月4日(木)の朝方、病気のため死亡した。
同馬は、北海道浦河郡浦河町西幌別の谷川牧場にて繋養され余生を送っていた。 」
そんな新聞の記事を見て愕然とした。
ミホシンザンの菊花賞を見たのは、観音寺競輪場で、
そして春の天皇賞を見たのは岸和田競輪場だった。
特に菊花賞は大好きなスダホークが2着だったので、よく覚えている。
それに、あの観音寺開催で優勝したので忘れられない菊花賞となった。
春の天皇賞はミホシンザンがわずかな差でゴールし、
2着に入ったニシノライデンは直線斜行で失格となった。
奇しくもボクも2着で失格の対象となったが、セーフだったから、
より鮮明に憶えている。
そして詩になった有馬記念は、ダイナガリバーの3着だった。
あの時の1番枠だった柴田政人騎手の白いヘルメットが凄く印象に残っている。
ミホシンザン号
◆ 生年月日 : 1982年4月16日
◆ 毛 色 : 鹿毛
◆ 血 統 :
父 シンザン
母 ナポリジヨオー
◆ 競走成績 : 16戦9勝
◆ 主な勝鞍 :
1985年 スプリングステークス(GII)
皐月賞(GI)
京都新聞杯(GII)
菊花賞(GI)
1987年 アメリカジョッキークラブカップ(GII)
日経賞(GII)
天皇賞(春)(GI)
◆ 馬 主 : 堤 勘時
◆ 調教師 : 田中 朋次郎