今度の部屋

授業でできなかったことや出版物についてフォローします(できるだけ^^)

名古屋港の下見(2015.9.29)(その1)

2015-09-30 07:27:09 | 日記


こんにちは。

9月29日(火)、次年度の夏に行われる地理教育研修会打合せのために、名古屋港にいってきました。

目的地は、名古屋港湾会館と名古屋港管理組合です。



とても立派なビルです。



近くによるとカメラに入り切りません。



名古屋港湾会館で会議をするために下見にきました。

最初に大きな部屋をみました(半日で約1万2000円;156名収容)。



次に予定していたリーズナブルな部屋をみました(半日で7200円;72名収容)。



やはり、大きい方がゆったり座れていいかもしれません。

予約は3ヶ月前からだそうで、昨日はできませんでした・・・。

次に、名古屋港湾組合で、「海からみる名古屋港」を実施したいので、船をだしてほしい旨をお伝えしました。

快諾されたのですが、土日はできないとのことで、予定していた8/6(土)⇒8/5(金)になってしまうかなあ・・・とちょっと残念でした。

50人乗りの船で、費用は、無料です。

このあと、「ポートビル」に行きました。

その途中で、若いネコをみつけました。
しかし、ちょっと残念な写真になりました。
前足が「黒」、後足が「白」です。



この話は次回に!!

今日もきてくださってありがとうございました。




パウル・エストライヒ(2015.9.28)

2015-09-28 07:45:50 | 日記

 (↑ ノラネコみつけました。かなり近づけました。)

 こんにちは。

 10月末までに書評を書くことになり、パウル・エストライヒについての本を読みました。
 恥ずかしながら、エストライヒのことはこれまでほとんど知りませんでした。
 本をじっくり読んで要約しましたが、なかなか難しかったです。
 ドイツ教育について基本的な知識がないため、読み進むのに苦労しました。

 さて、エストライヒは以下のような人物です。(これすら正しいかどうか・・・)

 パウル・エストライヒは、1878年ドイツのコルベルクに生まれました。1896年ベルリン大学に入学し数学・物理学・化学などを学んだ後、1901~1933年まで高等学校の教員となり、1919年には「徹底的学校改革者同盟」を組織しました。
 それまでの学校は、貧富の差などによって行く学校が異なり、知識を伝達することが中心となっていました。エストライヒは、それを否定し、いろいろある学校を統一し(統一学校)、子どもたちの才能に応じて最適な機会を与える(弾力的)ことを主張しました。しかしながら、1933年には公職を追放され,同盟もナチス政権によって解散させられました。第二次大戦後はベルリンの教育行政で活躍し,1959年に亡くなりました。

 パウル・エストライヒ『弾力的統一学校』を読んで、心に残った文を紹介します。
 これはこの本の結論にかかれているものです。

 「教育するとは探求することである。それゆえ,教師はたえず探求者なのであって,決して完成した人間ではない。ましてや,金銭のために生きる人間ではない!教育の目標は探究心に富み,創造的であり,自制心のある社会的人間である!未来の学校はそうした人間をこそめざすものでなければならない」という力強い文で締めくくられます。

 
 私は仕事上、探究心をもち、想像的であらざるをえませんが(未熟にしても)、「自制心」ははなはだ心許ないですね・・・。
 
 
 26日、27日は大学院の入試・採点の日でした。
 休みなしで、金曜日までノンストップで行きます。
 しかし、今日は天気がいいので、早めにかえって、布団を干したいと思います。

 今日も来てくださってありがとうございました。

金山駅(2015.9.27)

2015-09-27 07:40:11 | 日記


こんにちは。

昨日26日、卒業生二人と会うために、金山に行きました。

その前の日も、金山に来たので、2日連続です。

金山駅はいろいろな路線が通るので、とても栄えています。

私も乗り換えでよく利用します。



さて、昨日は待ち合わせの時間よりはやく着いてしまいました。



ふと、駅名をみてみると、「金山駅」ではなく、「金山総合駅」とあります。

よく霞ヶ関にある「合同庁舎」みたいなものかな。

名古屋駅もいろいろな路線が通っていますが、「名古屋総合駅」とはいいません。

逆に「名駅(めいえき)」と省略するくらいです。

長くするものと、短くするもの・・・おもしろいですね。

おもしろいと思っているのは、私だけか・・・。


今日も来てくださってありがとうございました。

「キャラクター商品とご当地グッズ」(岡山県)

2015-09-26 08:46:08 | 日記


こんにちは、今日は「岡山県」のご当地キティちゃんです。

【1】あすなろ舎さんのご当地キティちゃん 映像をみたいかたは
     →(http://gotochikitty.com/pref/okayama/)

みたほうがいいものに【注目!!】をつけました!

・桃太郎 :日本一のはちまきをしたキティちゃん
・桃:桃をもっているキティちゃん
・まつり寿司:寿司をうれしそうにみているキティちゃん⇒「ばら寿司」
・【注目!!】桃太郎抱っこ:桃太郎姿のキティちゃんが、桃に抱っこされています!
・きびだんご着物:キティちゃんが着物姿で、きびだんごを持っています。
・黄福物語たまごかけごはん:たまごかけご飯を食べているキティちゃん 
・桃太郎舟:船に乗っている、桃太郎姿のキティちゃん

⇒圧倒的に、桃太郎ですね。
 こどもでも知っている物語ですから、当然と言えば当然ですね。

【2】「岡山県」の気になるもの→「祭り寿司は商品名(ばら寿司)」
 WIKIより引用させていただきます。

大阪などの関西でも同様の名称のばら寿司があるが、それよりも具材の品目数・大きさ・量が圧倒的に多いのが特徴である。この寿司の発祥は、江戸時代の岡山城下とされる。

地域や季節によって内容が変わるものの、基本的に椎茸・干瓢の煮しめなどの少量の切った具を混ぜ込んだ酢飯を作り、その上に錦糸玉子を敷き、さらにその上に茹でニンジン、酢蓮根、エンドウ、竹輪、蒲鉾、田麩、味を付けた高野豆腐、茹でた蛸、殻付の海老、焼穴子、烏賊、蛸、藻貝、鰆、ママカリなどの具材を大きめに切断して(藻貝やエビ、エンドウなどは切らない)敷き詰める。また生ものはあまり使用されない(地域によっては使用する)。

また味付けも他地域とは異なっており、ちらし寿司とは似て非なるものであるが、これには由来がある。 寿司の食品素材を販売する広島の株式会社あじかんによれば、質素倹約を奨励し、庶民の奢侈をたびたび禁じた備前岡山藩藩主の池田光政が、汁物以外に副食を一品に制限する「一汁一菜令」を布告したことが、岡山名物のばらずしが生まれた背景となっていると説明している。 すなわち倹約の趣旨で出された「一汁一菜令」をかいくぐる脱法行為として発展したと言うものである。この説よると、寿司の製作過程が特徴的である。

つまり現在ではまず目につく大きめの具であるが、当時はこれらをまず器(寿司桶)の底に敷き、それらを覆うように細かい具の入った酢飯で覆ったのである。そして食事の直前に器をひっくり返し、ハレの日の食事に用いたとされている。これで役人の目をごまかせたかどうか、或いは暗黙の了解があったのかそれは定かではないが、これがその説の概要である。

同社は、池田光政の命日である6月27日を「ちらし寿司の日」として日本記念日協会に申請、同協会により2004年4月1日に記念日として登録されている。株式会社あじかん:「6月27日はちらし寿司の日」。岡山寿司・備前寿司・祭寿司(正確にはばら寿司弁当の商品名)などとも呼ばれる。


(↑ ばら寿司)

 (以上 引用)

 倹約令をだした池田光政はどんな思いでいるのでしょうか?「ちらし寿司の日」って・・・(笑)


【3】ご当地キティちゃんへの提案(販売して欲しいもの)

(1)後楽園キティちゃん:言わずと知れた日本三大名園の「後楽園」です。園内にはツルもいるようですから、ツルといっしょに、お庭でパチリですね。

(2)備前焼:焼き物に抱きつくキティちゃんでお願いします。

(3)学生服:学生服の8割が岡山でつくられているそうです。その理由は、池田の殿様が埋め立てをして米を作ろうとしましたが、塩のせいで米が作れず、やむを得ず綿花を栽培したことで繊維業が発展、最初は足袋をつくっていましたが、着物文化が衰退したため学生服へと切り替わっていったとのことです。
 デザインは、学生服をきたキティちゃんしかないですね。

(4)ベネッセ・キティちゃん:ベネッセはむかし福武書店という社名で、本社はいまでも岡山市にあります。通信添削の進研ゼミは有名ですね。「いぬのきもち」「ねこのきもち」という雑誌も出しています。ベネッセさん、企業イメージアップのためにも、あすなろ舎さんにたのんでみてはいかがでしょうか?

(5)ジーンズ・キティちゃん:ジーンズも有名ですね。キティちゃんがジーンズをはいているのをみてみたいですね。問題は「足の長さ」か・・・。

(6)【おすすめ!!】備中高松城水攻めキティちゃん:備中高松城は羽柴秀吉が水攻めをしたことで有名です。これは大がかりになりそうですね。秀吉キティちゃん、切腹を余儀なくされた清水宗治キティちゃん、毛利氏の外交官・安国寺恵瓊キティちゃん、ついでに企画立案者であった黒田勘兵衛キティちゃんをそろえると、水攻めをされている高松城がもれなくもらえるとかなり人気がでるでしょうね。

 この6つでいかがでしょうか?

 桃太郎以外にも、まだまだありますよ!!
 

 今日も来て下さってありがとうございました。

「キャラクター商品とご当地グッズ」(島根県)

2015-09-23 10:35:52 | 日記


こんにちは、今日は「島根県」のご当地キティちゃんです。

【1】あすなろ舎さんのご当地キティちゃん 映像をみたいかたは
     →(http://gotochikitty.com/pref/shimane/)

みたほうがいいものに【注目!!】をつけました!

・ハローキティ×しまねっこ:島根観光キャラクター「しまねっこ」とのコラボ。
・勾玉(まがたま):勾玉にのったキティちゃん
・出雲しめ縄:出雲大社のしめなわを二人がかりで抱えています。
・石見銀山:坑道から銀を運び出すキティちゃん。
・出雲大社 打ち出の小槌:打ち出の小槌にしがみついているキティちゃん。


【2】「島根県」の気になるもの→「しまねっこ」
 「島根観光キャラクターしまねっこの部屋」より引用させていただきます。画像をみたいかた、きちんと理解したいかたは→
 (https://www.kankou-shimane.com/shimanekko/profile/index.html)
 


しまねっこのプロフィール
名前:しまねっこ
年齢:不明
性別:不明(男の子?)
出身地:島根県のどこか
性格:とにかく明るい
好きな食べ物:どんちっちアジ(浜田の水産ブランド)
長所:誰とでもすぐに仲良くなれること
短所:最近食べすぎで少し動きが鈍いこと

<しまねっこへのファンレター送り先>
〒690-8501
島根県松江市殿町1番地観光振興課内
(公社)島根県観光連盟 しまねっこ あて

 (以上 引用)

⇒画像がおおきくなってしまいました。けっこうかわいいと思います。


【3】ご当地キティちゃんへの提案(販売して欲しいもの)

(1)宍道湖キティちゃん:宍道湖といえば、「しじみ」です。しじみをすくっているキティちゃんにしてください。

(2)小泉八雲キティちゃん:小泉八雲は、『怪談』で有名なひとです。松江、熊本、東京などで英語を教えていました。『怪談』には、 耳なし芳一のはなし、むじな、ろくろ首、雪女の話がのっています。
 デザインは、小泉八雲とキティちゃんを中心にして、バックに「耳なし芳一のはなし、むじな、ろくろ首、雪女」を配置しましょうか。意外とうけるかもしれません、豪華な感じがするから・・・。

(3)安来節キティちゃん:安来節をおどっているキティちゃんになります。どじょうすくいを踊りながらうたわれる民謡です。島根は砂鉄がとれて、それをザルのようなものですくう姿が、どじょう踊りになったときいたことがあります。

 この3つでいかがでしょうか?

 
 今日も来て下さってありがとうございました。

『カラマーゾフの兄弟』終了(2015.9.21)(その2)

2015-09-22 13:19:08 | 日記

 (ネコの腹は、やわらかくて気持ちがいい・・・)


こんにちは、昨日の続きです。

『カラマーゾフの兄弟』は,3人の兄弟の長男が父親を殺したのではないかという話が,メインになっています。

しかし,サイドストーリーにもいい話があり,そのうちで有名なのが『大審問官』のところです。

以前読んだときには,あまりよくわからなくて,印象に残らなかったところですが,今回は以前よりは内容がわかりました。

ーーーーーー以下 だいたいの話をまとめたものです(長いので、ご用心を・・・)ーーーーーーーー

第2部 第5編 5「大審問官」(亀山郁夫『カラマーゾフの兄弟』2)50頁くらい
(次男イヴァンが三男アリョーシャに語る物語)

 物語の設定は、16世紀スペインのセヴィリヤで、異端者が火刑にされる異端審問の時代である。ここにイエスらしき者が降臨する(以下 イエス)。民衆は彼に従い人垣はどんどん厚くなり、その中で死んだ子どもの母親の叫び声が響き渡る。「もし、あなたなら、私の子を生き返らせて下さい」。イエスは憐れみを込めて「タリタ・クミ(起きよ、娘)」とつぶやくと、少女はおきあがった。どよめきや慟哭がおきたとき、そこに大審問官が通りかかる。 90歳くらいの大審問官はこの様子を見ていて、護衛達にこの男を捕らえるように命じる。
 
 そして、イエスと大審問官との問答が始まる。この後,大審問官がずっと話し続け、イエスは沈黙を守る。

1 大審問官はイエスに「なぜ今頃現れたのか」と詰問 
 イエスの出番はもう終わっていて、自分たちがイエスのために最後まで仕事をやり遂げた。なぜ終わっているのかにたいしての答えは、かって悪魔とイエスが対決した時の悪魔の誘惑の三つの問いにある→「この三つの問いの中には、人類のその後の歴史がすべてひとつの全体にまとめられ、預言されているし、また地球全体におよぶ人間の本質の、解決しがたい歴史的な矛盾すべてを集約する、三つの姿が現れている」と、イヴァンは述べ、悪魔の三つの問いと、それに対するイエスの拒絶の意味を、大審問官に語らせる。


2 悪魔の三つの問い 
(1)悪魔の第一の問い「お前が神の子ならば、その石をパンに変えてみよ」に対しては、おまえは「人はパンのみにて生きるにあらず。神の言葉によってのみ生きる」と答えた。
 なぜなら、パンのために、人間から自由を奪いたくなかったからだ。しかし、おまえの言う自由はなにを約束してくれるのか。それは、人間にとって耐えがたい重荷にしかならないではないか。人間というのは、パンのためなら自由を放棄して、パンを与えてくれる者の奴隷になったほうが良いと考える。自由よりも、パンこそが人間にとって価値があるのだ。

  自由や神の言葉 < 現実のパン 

(2)悪魔の第二の問い「その崖から飛び降りてみよ。おまえが神の子ならば地面にたたきつけられることはないだろう。神が助けてくれるだろうから・・・」に対しては、おまえは「神を試すべからず」と答えた。

 なぜならば、それは人間から自由な信仰を奪い、奇跡の奴隷にすることになると考えたからだ。しかし、これまで現実に人間を救ってきたのは、自由な信仰というようなものではない。目に見える奇跡が信仰を支え、人間を救ってきたのだ。なぜならば、人間はそのように創られているからだ。人間の身体にはパンが必要であるのと同じで、人間の心には奇跡が必要なのだ。

  自由な信仰 < 奇跡 

(3)悪魔の第三の問い「もしおまえが、わたしのもとに来れば、すべての王国と栄華をおまえに与えよう」に対しては、「サタンよ、去れ」とおまえは答えた。

 悪魔を拝し、地上の王となれば、人間を権威と力で従わせることになる。それでは、人間から選択の自由を奪うことになるとおまえは考えた。
しかし、実際のところ、人間にとって、自分自身で選択する自由は恐ろしく不安なもので、平安も幸せをもたらしてくれない。だから、人間は自分の自由を進んで捧げられる主を求める。それは、多数者が認める者でなければならず、おのずとその権威が備わっている者でなければならない。そういう権威こそが、人々をまとめることができ、平安を与えることができるからだ。

 自由な選択 < 権威への服従 

3「パン・奇跡・権威」の意味

 悪魔のこの三つの誘いは、人間の身体と心と社会が根源的に要請しているもので、誰もこれを無視することはできない。実際のところ、これまでの人間の歴史は、石をパンに変えることに苦しんできたのではないか。
 
 奇跡も、科学が成し遂げてきた成果により、かつては奇跡だった多くのものが、今では当たり前の現実になった。いわば、科学は奇跡の境界線を押し上げる役目をしているが、科学信仰が奇跡願望を引き継いだだけの話であり、現代人の心の内実は昔とすこしも変わっていないのではないか。

 権威を奉じることについても、現代においてよくみられる。現代の私(たち)は、多くの権威に取り囲まれているが、それらの権威の中の権威、地球規模の王たる権威が将来現れれば、自身の選択の判断をそれに容易に委ねるのではないか。

 実際のところ、現実は、悪魔の予言通りの世界となった。
 世の中は、パンと奇跡と権威に支配されており、イエスが望んだ自由な信仰は何処に見出せるのか。人間の本性は、天上の約束である神と直接結ばれる自由よりも、地上の掟であるパンと奇跡と権威から離れることはできないのだ。歴史が証するところは、悪魔の言うところが正しかった。

4 選民
(1)「人間を買いかぶりすぎだ」
 大審問官は「見てのとおり、(あれから)すでに15世紀が過ぎている。さあ、人間をよく見てみるがいい。おまえが自分のところまで引き上げた相手がどんな連中か? 誓ってもいいが、人間というのは、おまえが考えていたよりもかよわく、卑しく創られているのだ。いったいその人間に、おまえと同じことをなしとげる力があるというのか」と問い詰める。

 勿論、イエスの言う自由を選択し、イエスに随った少数の選ばれた民はいた。(選民)
 彼らは、おまえの十字架を持ちこたえ、イナゴと草で食いつなぎながら、荒野での飢えたむきだしの生活を何十年も耐え抜いた。とすれば、おまえは、これら自由の子、自由の愛の子、おまえのために自由で立派な犠牲を捧げた子どもたちを、誇らしい思いで指さすこともできよう。

 しかし、大多数の者には不可能なことだ。

 彼らはおまえを理解することも従うこともできない。
 結局、おまえは、おまえと同類の「少数の特別な人間だけのため」に説いたのだ。
 人類の1%ほどの者だけが、おまえの仲間になることができたのだ。

(2) 「大多数の者はどうするのだ」
 残りの99%の大多数の者は、おまえに見捨てられたのも同然ではないか。
 彼らもおまえの愛する人間ではないのか。なぜ、彼らが理解できない不可解な自由を与えたままで放っておいて立ち去ったのか?。弱くて卑しい彼らこそ、救いが必要ではないか。われわれは、彼らをそのまま見捨てておけなかった。だからこそ、われわれが、おまえが見捨てた大多数を救うことにしたのだ。


3 「われわれはおまえにかわって大多数の者を救うのだ」
 われわれは、おまえとではなく、‘あれ’とともにいるのだ。つまり、イエスが退けた悪魔の誘惑を受け取り、イエスの名を掲げて、仕事を引き継いだのだ。イエスが見捨てた大多数の者を救うために、悪魔と手を結んだのだ。
 われわれはおまえの偉業を修正し、それを奇跡と神秘と権威のうえに築きあげた。人々は、ふたたび自分たちが羊の群れのように導かれ、あれほどの苦しみをもたらしたあれほど恐ろしい贈り物(自由)が、ようやく心から取り除けられたことを喜んだ。
 そして、おまえは自分の選民たちを誇りにしているが、おまえの選民は選ばれた少数の民でしかない。しかし、われわれはすべての者、すべての人間に安らぎを与えることができるのだ。

4 「大審問官の過去」
 このわたしも、かつて荒野にあって、イナゴと草の根で飢えをしのいだことがあった。おまえが人々を祝福した自由を、祝福したこともあった。おまえの、選ばれた人々の仲間となり、あの”数を満たしたい”という願いを抱く、強くたくましい人々の一員になる心づもりであった。
 だが、わたしはふとわれに返り、おまえの狂気に仕えるのがいやになった。
 そこで、わたしは引き返し、おまえの偉業を修正した人々の群れに加わったのだ。
 わたしは、誇り高い人々のもとを去り、この従順な人々の幸せのために、従順な人々のもとに帰ったのだ。大多数の人々を救う仕事を、羊の群れを統御する羊飼いの仕事を、引き受けたのだ。
 われわれ羊飼いは、羊の群れである彼らの手で収穫されたパンを、取り上げて分配する。彼らはパンそのものよりも、われわれの手からパンを受け取れることの方がうれしいからだ。
 われわれは、彼らを働かせはするが、労働から解き放たれた自由な時間には、彼らの生活を、子どもらしい歌や合唱や、無邪気な踊りにあふれる子供の遊びのようなものに仕立ててやるのだ。
 われわれは、彼らの罪も許してやる。われわれは、彼らが罪を犯すのを許してやるので、彼らはまるで子どものようにわれわれを愛するだろう。
 彼らは、われわれに対してどんな隠しごとも持たなくなる。
 彼らは、自分の良心がかかえるもっとも苦しい秘密を、われわれのところに持ち込んでくるだろうし、われわれがそのすべてを解決してやる。
 そして彼らは、われわれの解決を大喜びで受け入れるだろう。
 なぜならその解決は、すべて自分一人で解決しなければならない現在の大きな心労や、恐ろしい苦しみを取り除いてくれるからだ。
 しかし、秘密を守っているわれわれは、代わりに不幸せになるのだ。
 何十億という幸せな子どもたちと、善悪の認識の呪いをわが身に引き受けた十万の受難者が生まれる。受難者は静かに死んでいく。おまえのためにひっそりと消えていく。
 あの世に見出せるものといえば、死しかない。それでも、われわれは秘密を守り、何十億の幸せのために、天上の永遠の褒美をえさに、彼らを呼び寄せる。


 すると、イエスは、無言のままふいに老審問官のほうに近づき、血の気のうせた90歳の唇に静かにキスをする。これが、答えのすべてだった。老審問は、ぎくりと身じろぎをし、彼の唇の端でなにかがうごめく。イエスは立ち去る。キスの余韻が残り、老審問官の心に熱く燃えるものがある。しかし、老審問官が今までの信念を変えることはない。

ーーーーーーーーーーーーーーー
(以下 私のメモ)

 人間は自由をほしいほしいといい、自由でありたいと言う。
 しかし,いざ自由を与えられるとその扱いに困ってしまい、だれかにすがろうとする。食べ物をくれる人(生活を安定させてくれる人)、奇跡、権威ある人にたより、思考を停止してしまうのだ。

 大審問官とイエスの問答はもっと大きなスケールでえがかれているのだが、今回は私は上記のような感想をもった。

 おそらく次に読んだときには、また別の感想をもつことになるだろう。

 以上です。

 夏休みがそろそろ終わりますね・・・。

 今日も来て下さってありがとうございました。

『カラマーゾフの兄弟』終了(2015.9.21)(その1)

2015-09-21 17:09:49 | 日記


こんにちは。

6月くらいから読み始めた、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読み終えました。

大学1年生の時に読んで以来、久しぶりの挑戦でした。

今回は,亀山郁夫が翻訳した光文社文庫版で読みました。(前回は岩波文庫)

以下、WIKIから引用したあらすじです。

長いので,途中で挫折しても,いいですよ!

しかも、これを読んでしまうとネタバレになるので、これから読みたいと思っている方はご注意を!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第1部(1~3編)
強欲、好色な成り上がり地主フョードル・カラマーゾフは、直情的な長男のドミートリイとそりが合わず、遺産相続や、グルーシェンカという女の奪い合いでいがみ合っていたが、三男の修道僧アレクセイの師、高僧ゾシマにその仲介を頼み、ばらばらに育ったカラマーゾフの兄弟3人が今一堂に会すこととなった。しかし顔を合わせるやフョードルとドミートリイは大喧嘩を始め、物別れに終わる。 ドミートリイは、父がグルーシェンカをものにしたら父を殺すといい、実際フョードルを殴ったことがあったが、彼にはカチェリーナという婚約者がいた。ドミートリイは、カチェリーナに対し、君を真剣に愛している次男のイヴァンのほうが君にふさわしいとの伝言を、末弟のアレクセイに頼む。アレクセイがそれを伝えにカチェリーナの元に行くと、そこにはグルーシェンカが来ていた。グルーシェンカはカチェリーナに、ドミートリイとは結婚しないと言っておきながら、ドミートリイの伝言を聞くとカチェリーナをあざ笑ったため、女二人も対立することとなる。

第2部(4~6編)
カチェリーナはイヴァンと接近しつつあったが、ドミートリイをまだ愛しているのか、酒場でドミートリイに乱暴をされたスネギリョフなる男がそのことで訴えないようスネリギョフに見舞金を送ることをアレクセイに頼む。スネギリョフの息子イリューシャは、父親を侮辱したドミートリイを憎んでいたため、級友たちとの喧嘩を止めようとしたアレクセイに石をぶつけた少年だった。スネギリョフもこれをもらったら息子に向ける顔がないと見舞金を踏みつけにする。 師ゾシマの容態も悪化し、凶兆を感じるアレクセイは、今度はイヴァンから無神論の持説を聞かされる。虐げられている子供たちのために神は何かしているか? 続く「大審問官」なる創作物語は、イエスを思わせる人物が、異端審問官から「おまえこそ異端だ」と火刑にされかけるというもので、アレクセイはイヴァンの神経を心配する。事実イヴァンは、フョードルの私生児と噂されているカラマーゾフ家の料理人スメルジャコフの「フョードルが再婚したら財産は後妻に行くからフョードルは殺されていい」という囁きを肯定する気持ちがあり動揺していた。そんな夜、スメルジャコフがてんかんの発作で倒れ、ドミートリイ来襲の監視役を失ったフョードルは不安に陥っていた。

第3部(7~9編)
高僧ゾシマは、ドミートリイにかつて跪いた理由であるところの自分の経験談を語った後死すが、その死体の激しい腐臭のため、還俗したアレクセイも神への疑念を抱きだす。 ドミートリイはカチェリーナと縁を切るため、カチェリーナに返す金を工面しようと奔走するも果たせず、父の金を盗もうとカラマーゾフ家に忍び込む。しかし使用人のグリゴーリに見つかり逃走、次にはグルーシェンカが昔の愛人と会っていると知って、その現場へ急行する。そこで恋敵を追い払い、グルーシェンカからついに愛の告白を受けるが、その直後、警察に逮捕される。容疑は父フョードル殺し。証言はドミートリイに不利なものばかりであった。

第4部(10~12編)
病床に臥す少年イリューシャを、アレクセイの尽力で仲直りした級友たちが見舞いに来る。イリューシャもその父スネギリョフも素直に歓迎する。ただアレクセイは、イヴァンの無神論にも似た考えを口にするリーダー格の少年コーリャの将来が心配になる。 犯人をドミートリイとするイヴァンは、スメルジャコフだと見るアレクセイと絶交してしまうが、不安になってスメルジャコフを問い質す。スメルジャコフは犯行を自白するが、殺人を許可したのはイヴァンだと言う。怒ったイヴァンは明日の裁判で真実を言えと言うが、その直後自室に悪魔が現れ、我に返るとアレクセイがスメルジャコフの自殺を告げた。 注目の裁判。関係者が次々と証言していく中、裁判はドミートリイに有利に傾いていくかに見えだすが、最後にイヴァンが事件当日盗まれた金を示して、犯人はスメルジャコフであり、それをそそのかしたのは自分であると喚きだすと、カチェリーナが一転、父を殺すと書いたドミートリイの手紙を示して、ドミートリイが犯人だと喚きだす。法廷内を感動させた名弁護士の最終弁論も及ばず、ドミートリイは有罪、シベリア流刑懲役20年を言い渡される。

エピローグ 
判決が出た後の登場人物それぞれの様相。病床に臥したイヴァンは自分にもしものことがあったら、カチェリーナがドミートリイの脱獄を助けてほしいと言い残す。少年イリューシャの葬式で少年コーリャは尊敬するアレクセイに、ドミートリイのように何かのために犠牲になって生きたいと語る。

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

あらすじを自分で書くことも面倒になるくらい長いのです・・・。

名前も長かったり,似ていたりして,混乱します。

だからWIKIを引用しました。ごめんなさい。

私の感想は次回と言うことにします。

今日も来て下さってありがとうございました。

9/18の出来事(その2)

2015-09-20 14:37:50 | 日記



(↑ 鶴舞駅のホームは長かった・・・)


こんにちは、「9/18の出来事」のつづきです。


いつも思うのですが、学校の敷地はだいたい四角形です。このとき正門がどこにあるのかの判断を誤ると、ぐるっとまわることになります。いつもこっちかなと思っていくと、たいていはずれます。今回もそうでした・・・。


実習校にご挨拶にうかがうと、あっという間に終わる(10分くらい)ところもあれば、長く話す場合(30分以上)もあります。

今回は、先生方との話しが盛り上がり、長めになりました。

そして、校長先生から、新美南吉ごんぎつねのお菓子をいただきました。





ご挨拶にうかがって、お菓子をいただくことは初めてでした。

わたしは「ごんぎつね」が好きな話なので、とてもうれしかったですね。



その後、鶴舞駅へ移動しました。



愛知県教育会館というところで、打ち合わせの会議があったのです。



しかし、ここでも時間が2時間以上あまったので、ちかくの大型店舗で食事(牛丼)と仕事をしました。






その会議が1時間半くらいあって、帰宅しました。

わたしは車がないので、結構歩きました。

すこし疲れました・・・。

今日も来て下さってありがとうございました。

9/18の出来事(その1)(2015.9.18)

2015-09-19 15:07:33 | 日記


こんにちは。

18日(金)は、二つの仕事がありました。

一つは、教育実習でお世話になる学校にあいさつに行くこと、二つめは、県の教育研究大会の打ち合わせです。

8:30に大学を出て、10:00頃に徳重・名古屋芸大駅につきました。



その実習校にうかがう時間が1時間半以上あったので、途中にあった名古屋芸術大学に立ち寄りました。



キャンパス内には創立者の胸像がありました。



生協食堂で朝食を食べようと思い、ちょっとうろうろしていると、守衛さんに声をかけられました。

あやしい人物と目に映ったのでしょうね・・・。

事情を話すと、親切に食堂に連れて行って下さいました。ありがたいことです。

しかし、残念ながら、時間がはやくてやっていませんでした・・・。



しかたがないので、ジャムパンとクリームパンを食べました。



食堂で少し仕事をしてから実習校にうかがいました。


この話は次回へ続きます。

今日も来て下さってありがとうございました。

「キャラクター商品とご当地グッズ」(鳥取県)

2015-09-18 07:15:35 | 日記

こんにちは、今日は「鳥取県」のご当地キティちゃんです。

【1】あすなろ舎さんのご当地キティちゃん 映像をみたいかたは
     →(http://gotochikitty.com/pref/tottori/)

みたほうがいいものに【注目!!】をつけました!

・梨:梨をもったキティちゃん
・大根島朝鮮人参:あすなろ舎さん!! 大根島は「島根県」ですよーーーー!!(汗)
・【注目!!】 鬼太郎:キティちゃんの髪型がゲゲゲの鬼太郎になっています。目玉おやじつき。
・因幡の白ウサギ:うさぎになったキティちゃん
・流し雛(ながしびな)


【2】「鳥取県」の気になるもの→「流し雛」(鳥取市用瀬《もちがせ》町)
 「流しびなの館公式ホームページ」より引用させていただきます。画像をみたいかた、きちんと理解したいかたは→
 (http://nagashibinanoyakata.jp/publics/index/5)

 “もちがせの流しびな”は旧暦の三月三日のひなまつり、男女一対の紙雛を桟俵にのせ、菱餅や桃の小枝を添えて、災厄を託して千代川(せんだいがわ)に流します。無病息災で1年間幸せに生活できますように願う情緒豊かな民俗行事です。

 昭和60年、県無形民俗文化財に“もちがせの雛送り”として指定されています。

もともと物忌みの行事で、紙などで人形(ひとがた)を作り、これで体をなで、災いをその人形(ひとがた)にうつして川や海に流す行事から生まれた風習です。この行事がいつの頃から始められたのか、文献等の記録が少なく定かでありませんが、「源氏物語」に源氏の君が祓いをして人形(ひとがた)を舟に乗せ、須磨の海へ流すという著述があり、雛流しそのものの原型は、遠く平安時代にさかのぼるといわれています。

ここ用瀬には今日まで、時代の変遷と共に形を変えながらも、“もちがせの流しびな”として受け継がれています。

 (以上 引用)


【3】ご当地キティちゃんへの提案(販売して欲しいもの)

(1)鳥取砂丘:これがないのは?です。雄大な砂丘をバックにキティちゃんですね。

(2)らっきょう:らっきょうの全国の生産量ベスト3は、宮崎県:3,963トン、鳥取県:3,958トン、鹿児島県3,817トン。宮崎と鳥取の差は5トンしかありません。100kgの人が50人です。もはや1位といってもいいでしょう。
 デザインはらっきょうのかぶりものをかぶったキティちゃんですね。らっきょうをもっている程度では物足りないです。

(3)大山(だいせん):大山といえば、志賀直哉『暗夜行路』です。
 暗夜行路のあらすじは、WIKIによると、以下の通りです。
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 主人公時任謙作(ときとうけんさく)は、放蕩の毎日を送る小説家。あるとき尾道に旅に出た彼は、祖父の妾お栄と結婚したいと望むようになる。そんな折、実は謙作が祖父と母の不義の子であったことを知り苦しむ。
ようやく回復し、直子という女性と結婚するが、直子が従兄と過ちを犯したことで再び苦悩を背負い、鳥取の大山に一人こもる。大自然の中で精神が清められて、すべてを許す心境に達し、「暗夜行路」に終止符を打つ。
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 デザインとしては、志賀直哉とのツーショットでしょう。もちろん大山をバックにします。
 しかし、『暗夜行路』の内容がドロドロすぎて、キティちゃんになじまないかな・・・。


 いかがでしょうか?

 今日も来てくださってありがとうございました。