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ちょっと気になる世間のこと、自分のこと

気になるアレコレ。自己満備忘録。
勝つか、負けるか、やるだけやるさ。

一生かけて学ぶつもりでやったら、 いいんじゃないかな。

2012年06月25日 | 気になる自分
今、新しいことを始めようと思い、
それをちょっとずつ勉強しています。

しかし、やっぱり、
分からないことにぶち当たる。

ふだんの生活や仕事では、
分かること:分からないこと=80:20なのが、

新しいことでは、
分かること:分からないこと=20:80くらいで
まったく正反対になってしまう。

となると、
だいたい気分は、
もやもやしてきて、
このまま続けても、

結局、ものに
ならないんじゃないか、

きっと苦手だろうから、
プロレベルになるのは
難しいかもしれないな、

とか考え始めます。

とりあえず始めたわけなので、
やる前から、
失敗するかどうかを考えすぎて、
やめてしまうよりは、マシでしょう。

そこでやめてしまったら、
たしかに、もったいないですからね。

でも、やっている最中にも、
もしかして失敗するんじゃないか、
失敗したらどうしよう、
恥ずかしいな…なんて考えていたら、
せっかくのチャレンジも
楽しくない部分がふくらんでいく。

だいたい、
初めてやろうとすることが、
うまくいくほうが珍しい。

そこで、最近、思うんです。

一生かけて学ぶつもりでやったら、
いいんじゃないか、と。

そうしたら、
失敗するかどうかは、
考えなくていい。

一生かけてやるつもりですから、
何度失敗してもいいわけです。

今それをやっていることが大切。
とにかく、やっていればいい。

だいたいにおいて、 器用さ、不器用さ、 っていうのは、 見た目に使われることが多い。

2012年06月23日 | 気になる世間
何かを使うとか、
何かを作るってことには、
器用さとか、不器用さが
表れるもんだと思います。

料理が器用だ、
という表現は、
あまり使われないようですが、
それは、きっと、
見た目よりも、
おいしいかまずいかの方が
重要だからでしょう。

だいたいにおいて、
器用さ、不器用さ、
っていうのは、
見た目に使われることが多い。

だから、
生き方が器用な人がいて、
生き方が不器用な人もいる。

それも、あくまで、
他人からの見た目。

器用だから幸せで、
不器用だから不幸だ、
というわけでもない。

器用、不器用を、
あまりにも大げさに
とらえなくてもいいんじゃないか。
才能の一つということにして。

不器用なら不器用なりに、
使えるものを使えばいい。

伝え方が不器用なら、
精いっぱいの自分を使って、
思いを伝えるしかない。

生き方も、それと同様だと思う。

広い世界にゃ 水一杯に 両手あわせる 人もいる

2012年06月22日 | ひとり言
押入れの中を整理してたら、セピア色に変わったシングルレコードの
ジャケットが。おそらく30年くらい前のモノ?



吹越通と言う歌手のものである。


B面の「こころ」と言う曲の歌詞に目が釘付けになった。


熱いみそ汁 炊きたてご飯

どこに不満の 種がある

広い世界にゃ 水一杯に

両手あわせる 人もいる

お前・・・・なるなよ 弱虫に・・










ちょっとずつでもいいから、 毎日毎日進んでいればいい。

2012年06月21日 | 気になる人々
分りやすい、
目の前のゴールに
急いで進んでいく人と、

今は分かっていない、
新しいゴールを目指して
試行錯誤しながら進んでいく人と、

きっと、
どちらのタイプも、
世の中にはいるわけですが、

これは、どっちがいい、
という問題じゃないこともある。

1つの会社にたとえるとすれば、
今ヒットしているものを
どんどん生産して販売し、
今の売上をアップさせる部門と、

そのヒットが
だんだん鈍くなることを予測して、
新しいヒット商品を
時間をかけながら開発していく部門が
必要なのに、似ているでしょう。

もちろん、
会社であれば、
どれだけ「ゆっくり」でもいい、
というわけにはいかず、
いくらかのスピードは
要求されることだろう。

ただ、人生について言えば、
今から始めたんじゃ、
1位にはなれないから
スタートしない、
という選択をする必要はなくて、

ちょっとずつでもいいから、
毎日毎日進んでいればいい。

とにかく
何かしらの進みがあればいい。

それが数ヵ月後、数年後、
大きな成長につながっている。
人生は、それでいいのだ。

やり直しはできる

2012年06月20日 | 気になる自分
いつでも、やり直せるよ、
っていうメッセージは、
心を軽くする。

ちょっとの失敗でも何でも、
責任をとらせるぞ、
っていうメッセージは、
心を重くする。

言葉でそれを
言うか言わないかに
かかわらず、

人は、それまでに
生きてきた道のりで、
最も効果があったと
思っている方法で
人を動かそうとするように
思います。

どうやら、私の場合は、
自分自身が
プレッシャーを感じやすいせいか、
また、そのプレッシャーで
動き始めることが多いせいか、

相手にも
プレッシャーを与えて、
(責任感をもたせるようにして)
動かそうとする嫌いがあります。

自分が
乗り越えてきたレベルの
問題であれ、
それ以上のレベルであれ、
同じようにしちゃっているかも。

もう少し冷静になって、
自分で未体験なことについては、
寛容になった方がいいな、
と反省です。

さらには、体験したことでも、
相手は相手なりの生き方があるんだから、
それを見られるようになった方がいい。

やり直しはできる、
っていうメッセージを発する人間になる、
というのは、なかなか難しそうだ。

買い物の値段は たいそうむずかしい。

高いのか安いのか、 それとも妥当なのか。 買い物の値段は たいそうむずかしい。 それどころか 人生の永遠の課題でもある。 (野蛮な読書、平松洋子) お正月には、 ほとんどの売り場に、 「福袋」が並んでいます。 かなり以前には、 その中身は買ってからの楽しみ、 ということが多かったように思うが、 今は、最初から 分かっていることの方が多い。 福袋っていうより、 ふつうの買い物であり、 問題は、その値段で お得かそうじゃないか、 ってことになっている。 何を、いくらで買うか、 いくらだったから買わないのか、 っていうのは、生き様に通じる。 何かを買う、 っていうのは、 お金と交換するばかりでなく、 それに付き合う時間を作る、 っていうことも含めて 決めていることになりますからね。 逆に買わない、っていうのは、 今持っているものと付き合う時間の方を 大切にするってことだろうし。 お金が流通するようになってから、 買い物は、生きることと同じくらい、 大切なことになっちゃっている。 てきとうにやることもできないし、 逃げることも、 まかせっぱなしも、 できないことだろうなぁ~^^