ちょっと気になる世間のこと、自分のこと

気になるアレコレ。自己満備忘録。
勝つか、負けるか、やるだけやるさ。

脳は、使い続けることで元気になる。

2014年08月31日 | 気になる言葉
脳は、使い続けることで元気になる。
甘やかさないことが大事です。

(雑誌「anan」)




何かのヒントを得るため、
毎日のように私がふれてる情報は、
けっこうな量のように思います。

それだけの量の情報に
ふれているから、
バンバンひらめく日もあれば、

まったく、うんともすんとも、
ひらめきが働かない日もあります。

以前は、ひらめかない日には、
焦ることもありましたが、
スイッチが入らない以上、
やっぱりしょうがないわけでして、

そんなことに焦るよりだったら、
スイッチが入るための行動を
しようと思うようになりました。

その中には、
外に出るというものもあれば、
誰かと話すとか、写真を撮るとか、
場合によっては、何もしない、
というものもあります。

脳にヒントが与えられれば、
何でもいいことだと思うのです。

ひらめく自分を信じて、
脳が動くスイッチを探す。

ひらめかない日と、
ひらめく日どちらも経験すると、
ますます、脳ってすごいなぁ、
と思ったりするもんです。

考えるスピードや記憶力は、
衰えたとしても、

なんていうか、
組み合わせる力や思考力は、
衰えない気がするんですよね。

そういう点では、
年をとるのは楽しみです。









知らないことは恥じゃない、 知ろうとしないことが恥なんだ。

2014年08月30日 | 気になる言葉
知らないことは恥じゃない、 知ろうとしないことが恥なんだ。 (五木寛之)

やはり、あのことわざを思い出す。
「聞くは一時の恥、 知らぬは一生の恥」
もう、これだけ情報が氾濫している時代。

知らないことがあっても、おかしくない。 本当に、そう思う。
だから、知らないことなんて、 恥ずかしがる必要はない。

それより、見栄とか体裁とかを考えて、 知るべきことに対しての興味を抑えている方が、
かなり問題ありじゃないだろうか。

自分の興味を抑え、 また、それに加え、 他人の興味を抑えているとしたら、
その人が得るはずのものの多くを 失ってしまうように思う。

ま、なかには、 興味を持つべきじゃないこともあると思う。

すべての興味が善とも言えない。 身を滅ぼす興味というものも、確かにあるから。
興味って、人生の糧なんですよね。 本当に…


「興味の幅が広がらず、 同窓会に行きたくなったり、 昔話をしたくなったりしたら 成長が止まった証拠です。」

(船井幸雄)


この言葉、言い切り過ぎかもしれませんけど、 私に置き換えてみると、当たっているな、 と思うことがあります。










どうせという言葉を 使ったときに、 人間、できることも できなくなる。

2014年08月29日 | 気になる言葉
どうせという言葉を 使ったときに、 人間、できることも できなくなる。 (銀婚式、篠田節子)

どんな言葉を使うかで、 思っていることが 果たせるか果たせないか、 違ってくるかもしれない。
「きっと」 と思いながら、 可能性や道を 探そうとするなら、 やっぱり見つかるでしょう。

「どうせ」 と思いながら、 何もしないなら、 たとえ目の前を チャンスがゆっくりと 通りすぎていっても、
ほとんど気づかないでしょう。

面白いことに、 「どうせ」という言葉を 頻繁に使う時ほど、
どうせ、という結論づけられるほどの 情報を持っていないことが多いんです。

どうせ、 やっても意味がない、 という判断の前に、 意味がないと 判断できるだけの、
情報も知識も 学ぼうとしていない わけです。

新しいことを 何も学ばなければ、 だいたい、 凝り固まった頭に なってしまう。


そんなことで考えることには、 可能性なんて、見つかりっこない。 悪循環ですね。

人の未来の姿なんか、 だれにも、コンピュータにもわからない。

2014年08月28日 | 気になる言葉
人の未来の姿なんか、
だれにも、コンピュータにもわからない。

姿形は遺伝子だけでは決まらない。
遺伝子と同じくらい、
経験が影響する場合だってある。

(ミッシング、アレックス・シアラー)


未来は、
コンピュータでも予想できない。

そう言われると、
なんか、気楽になれます。

コンピュータでも
予想しきれない大変な人生を、
しっかり歩いているんだ、
っていう自信?

あるいは、
どうにもならない、
というあきらめ?

予想外の出来事に遭って
苦労していることに、
ちょっとした光が差してくる…

人生には、
それだけ、いろんな要素が、
あるっていうことで、
それだから救われて、
なおかつ、面白い。

運命とか、たどり着く先を、
コンピュータが
計算してくれるわけじゃない。

一つ一つの経験とか、
知ったこと、学んだことが、
ちょっとずつ、行き先を
ずらしてくれる。

そのズレが、
いつも良い方向とばかりは
限らないのも、人生の特徴で、

いずれにしろ、
自分で経験して、
進んでいくしかないのだ。

コンピュータにも、
誰にも、分からないのだから。

助言ですら、
過去の経験から
生まれたものにすぎない。

未来から来た助言などは、
めった(?)にないわけだから、
しっかり、自分の人生を生きたいものです。

ちょっと気になるデジタルアイテム

だれかとつながっていたい。

2014年08月26日 | 気になる言葉
いつの時代も、人間は
コミュニケーションを
したがる生物である。

だれかとつながっていたい。
これは食欲や性欲、
睡眠欲などと並ぶ、
人間の本能的な欲望だ。

人間の本質は変わらない。
こう考えれば、
どんなメディアの時代が来ても
さほど怖くない。

(使ってもらえる広告、須田和博)



今の時代からすれば、
家庭の固定電話など
古いものになってきているが、

そんな電話を、
おそろしいツールだと思って、
遠ざけていた人が
登場したばかりの時にはいたはず。

そういう現象は、
パソコンの時にも、
そうだったろうし、

ポケベルや、
携帯電話の時も、
同じだったろう。

人間は、とにかく、
人とつながっていたいだけ。

その方法は、進化していく。

ただ、新しいものが出たばかりの時には、
慣れているコミュニケーション方法に
執着したりもする。

つながりたい、
という願いを叶えるために、人間は、
いろんなツールを生み出している。

とは言え、
ついていけないと考える人もいる。

そのうち、脳と脳を
無線でつながあって、
コミュニケーションできる方法とかも
出てくるんじゃないかな。

その時代には、
声を出しての会話は、
なくなってしまう?

たしかに、味気なさそうだけど、
つながりたい願望のためなら、
人間はそこまで進化しても
おかしくない気がする。



買い物の値段は たいそうむずかしい。

高いのか安いのか、 それとも妥当なのか。 買い物の値段は たいそうむずかしい。 それどころか 人生の永遠の課題でもある。 (野蛮な読書、平松洋子) お正月には、 ほとんどの売り場に、 「福袋」が並んでいます。 かなり以前には、 その中身は買ってからの楽しみ、 ということが多かったように思うが、 今は、最初から 分かっていることの方が多い。 福袋っていうより、 ふつうの買い物であり、 問題は、その値段で お得かそうじゃないか、 ってことになっている。 何を、いくらで買うか、 いくらだったから買わないのか、 っていうのは、生き様に通じる。 何かを買う、 っていうのは、 お金と交換するばかりでなく、 それに付き合う時間を作る、 っていうことも含めて 決めていることになりますからね。 逆に買わない、っていうのは、 今持っているものと付き合う時間の方を 大切にするってことだろうし。 お金が流通するようになってから、 買い物は、生きることと同じくらい、 大切なことになっちゃっている。 てきとうにやることもできないし、 逃げることも、 まかせっぱなしも、 できないことだろうなぁ~^^