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ちょっと気になる世間のこと、自分のこと

気になるアレコレ。自己満備忘録。
勝つか、負けるか、やるだけやるさ。

使い捨てにされる前に、 捨てるべきものは 私から捨ててやる。

2014年06月02日 | ツイッター
使い捨てにされる前に、
捨てるべきものは
私から捨ててやる。

(twitterより)



捨てるか、捨てられるか
という問題なら、
捨てた側の方が気分がいいはず。



けれども、もっとも
あと腐れがないのは、
捨てられた振りをすること。

誰だって、
捨てられたくないんだから、
捨てられた側の役をこなせば、
誰をも傷つけることはない。

自分が傷ついた振りを
していればいい。

そして、心の中では、
100%の自由を満喫し、
自分に磨きをかけるのだ。
それをしないと、本当に
「使い捨て」されたことになる。

ただ後になって、相手から
「あの時は捨てたりして、
 すまなかった。
 こちらが悪かった。
 考え直してくれないか。」
と言われるようなことは、
期待しない方がいい。

人は誰しも、
自分の判断ミスを
認めたくはないのだから。

恋愛に限らず、
親族とか身内、
会社やお客にも
通用することだろうなぁ…

捨てられた振りをして、
捨ててやる。これが一番いい。
心で、これをやってみよう。

人生には三つの坂がある。 一つ目は上り坂。 二つ目は下り坂。 三つ目はまさか。

2014年04月24日 | ツイッター
人生には三つの坂がある。
一つ目は上り坂。
二つ目は下り坂。
三つ目はまさか。

(twitterより)



もしかしたら、
すべては「まさか」から
始まるんじゃないかと思います。

そして、時間が経てば、
上り坂か、下り坂か、
結果が分かってくる。

しかし、それだって、
一時的な結果であって、
その後、反対の坂に
変わっていくこともありうる。
時代の流れや、自分の見方で…

生きている時間が長いと、
下り坂を、コロコロと
転がっていく他人の生き様を、
目にしたりすることがあります。

いや、コロコロと
小石が転がるどころでない、
ゴロゴロと、大きな岩が
転がるような感じも目にします。

でも、いつかは、
何かにぶつかって、
下り坂は終わる。

そこを、新しい世界と見て、
何かを切りひらくか、
あとは、落ちようがないから、
這い上がるために頑張るか。
それも、私たち次第。

ただ、油断はしたくないものです。
すぐ近くに、別の坂があって、
さらに落ちることも
ないわけじゃないですから。

それこそ「まさか」ですよ。


若さも美しさも長い人生ではわずかなものだ

2014年01月06日 | ツイッター
若さも美しさも長い人生ではわずかなものだ。

その両方を失った美人は、その他大勢の
中年のおばさんの中に投げ入れられる。

そしてそこから過ごす人生の方がずっと長いのだ。


twitterでこんな書き込みを見ました。

「おばさん」を「おじさん」に変えてもいいような
気がふとしました。

「若さ」って何だろう?「美しさ」って何だろう?

「若さ」・・私は常にチャレンジし続けるハートを持つことだと思います。



逃げてもいいけど、 いずれ逃げ道はなくなるよ。

2014年01月03日 | ツイッター
逃げてもいいけど、
いずれ逃げ道はなくなるよ。

(twitterより)



つらいことがあると
逃げたくなりますね。
私もです。


でも、逃げてもいずれは
行き止まりになってしまう。


絶対に、
逃げられないものがある。
それが分かれば、
逃げることが
賢明でない時も分かってくる。

人間誰しも、
「自分」からは
逃げられない。

逃げたつもりになっていても、
一番の原因、問題である自分を
連れて行ってるわけですから、
逃げた先で、
また逃げたくなるようなことが
起こるはずなんです。

それに気づくまで、おそらく、
何度も逃げたくなるかもしれない。

それでも、逃げ道があるうちは大丈夫。
その間に、気づけばいいから。
逃げられないものがあるってことに…

だからと言って、
逃げたい自分にただガマンさせても、
苦しくなる。

逃げたい自分に必要なのは、
逃げたいものに背を向ける逃げ道でなく、
立ち向かうための新しい道だと思います。

もちろん、新しい道だけあって、
間違いなくキツイ。

けれど、逃げ道がなくなるよりはいいはず。

立ち向かうための新しい道、今年は探せるかなぁ~


わからないことは わからないままでいいんだよ。

2013年12月19日 | ツイッター
わからないことは
わからないままでいいんだよ。
『わからない』ことが
答えなんだから。

(twitter より)


子供だったら、
自分の親とか先生について、

大人になって会社に勤めたら、
自分の上司について、

どうしてこの人なんだろう?
と首を傾げて、自分の境遇を
嘆きたくなることもある。

ハッキリと選べないものは、
くじ引きみたいなものと
あきらめるしかない。

隣りを見れば、
楽しそうな親や先生、
理解のありそうな上司が
その子供や生徒、部下から
慕われている姿があったりする。

そんな風景を見たときには、
なおさら、うらやましくなる。

どうやら、自分は、
「はずれ」を引いてしまったようだ。

あと何年、この「はずれ」期間を
ガマンすればいいのか?

いつかは終わると分かっていても、
「はずれ」なんて
気に入るわけがない。

「あたり」が欲しい。

「あたり」を求めて、
思い切ったことをしたけれど、
また「はずれ」になる時もありうる。

どうして?

分かるわけがない。
単なる「あたり」「はずれ」なのだから…

あとは、そこで必要な経験を
積むしかないのですよね。

買い物の値段は たいそうむずかしい。

高いのか安いのか、 それとも妥当なのか。 買い物の値段は たいそうむずかしい。 それどころか 人生の永遠の課題でもある。 (野蛮な読書、平松洋子) お正月には、 ほとんどの売り場に、 「福袋」が並んでいます。 かなり以前には、 その中身は買ってからの楽しみ、 ということが多かったように思うが、 今は、最初から 分かっていることの方が多い。 福袋っていうより、 ふつうの買い物であり、 問題は、その値段で お得かそうじゃないか、 ってことになっている。 何を、いくらで買うか、 いくらだったから買わないのか、 っていうのは、生き様に通じる。 何かを買う、 っていうのは、 お金と交換するばかりでなく、 それに付き合う時間を作る、 っていうことも含めて 決めていることになりますからね。 逆に買わない、っていうのは、 今持っているものと付き合う時間の方を 大切にするってことだろうし。 お金が流通するようになってから、 買い物は、生きることと同じくらい、 大切なことになっちゃっている。 てきとうにやることもできないし、 逃げることも、 まかせっぱなしも、 できないことだろうなぁ~^^