作家 小林真一のブログ パパゲーノの華麗な生活

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【 吉良の仁吉 】

2007-12-14 14:30:56 | 02 華麗な生活

東京に行くのは何年ぶりのことだろう。少なくも
五年は行っていない。
新神戸から「のぞみ」に乗ったら、三時間未満で
東京駅に着いた。プラットフォームに懐かしい顔
があった。カレだけに、上京する旨を伝えておいた。
仁吉だ。仁吉はもちろんニックネームだ。吉良の
仁吉から取った。

ニックネームの由来の通り、義理と人情において、
カレの右に出る者をボクは知らない。

お互い、知り合ったのは四十年もムカシのことで、
場所はハンブルグだ。
北ドイツにある、古くからの商業の町として栄えて
きた、そのハンブルグに商社をはじめ、日本企業
の拠点があり、ボク等は共にハンブルグ支店員と
して派遣されていた。

仁吉の人となりから、エピソードの数々を語るには、
ステージの制限字数では足りない。

ボクは、十一年目に入った人工透析患者で、障害者
一級の手帳を持つ情けない身分で、しかも二年近く
になる、脊柱管狭窄症で、歩行器を持ち歩いている。

そんなボクが東京に日帰りで出かけた理由は、
新潮社でのインタビューに応じるためだった。初めて
書いた本「炎の商社マン」の、出版に到った背景など
を聞きたいとのことで、神楽坂はボクにとって懐かしい
場所でもあったし、今年前半のテレビドラマ
「拝啓 父上様」の舞台でもあり、その神楽坂に本社
がある新潮社だから、喜んで出かけた次第であった。

懐かしい場所と言ったが、料亭なぞとは縁が無い。
かつて仁吉と共に勤務した商社の、出張者用の
施設が、その近くにあったのだ。

東京駅からは、地下鉄東西線を使って行った。今
をときめく東京だから、さぞかしバリアフリーも徹底
しているだろうとの期待は、見事に裏切られた。
神楽坂駅にはエレベーターの設置がなかった。

仁吉がボクの歩行器を抱えて、階段を登ってくれた。
帰りは別の入り口から地下鉄に降りたのだが、当て
にしていたエスカレーターは昇り専用だった。またも
仁吉が歩行器を抱えて、降りてくれた。そのおかげで
ボクは我が身だけを処理すれば良かったのだが、
それでも久方ぶりに階段を昇り降りさせられて、大い
にこたえた。

東京駅で四十分近く時間があった。
日本酒のショットバーがあり、そこで東京都で造られて
いる清酒を、オン・ジ・アイスで飲んだ。美味かった。
これなら下手な白ワインよりも、はるかに好い。
仁吉は当然のように新幹線にまで送ってきて、弁当
を固辞したボクに「お茶」のボトルと、日経夕刊を
買ってくれた。

仁吉だって、それから千葉県松戸市まで帰るのだ。
しかも駅からかなりの距離を自転車に乗る。

新神戸駅に止めてあったクルマで帰宅。アルコール
検出に引っかかったらどうしようと、ボクはビビって
いた。幸いに検問は無かった。



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