ボクは怖ろしいことに七十七歳という年寄りになった。
わかってはいたことだが、七十七歳なんて、どんでもない
年令だと確認を求められたような感じは、決して嬉しい
ものじゃない。
なのに朝っぱらから、民主党の原口相手に喧嘩を
売っている。これじゃイケナイ。
振返って見ると、40歳になる寸前に、最も派手な抵抗を
した。39歳の最後の夜に、盛大なお通夜を行ったのだ。
課長だったが課員は元より、会社内の後輩連中、取引先の人々。
中には岡山県や石川県から、わざわざ出張して来る
人たちも。
安いスナックを振りだしに、何軒かハシゴして、最後は
北新地の高級クラブ。そこでカウントダウンがあり、
チーン御臨終です。
あの時の野郎ども、誰一人「香典」を呉れなかった。
五十歳になる前にも、二年ほども前から落ち込んでいた。
すでに自分の会社を作って何年か経ったいたから、
ボクの周囲には、女性の方が圧倒的に多かった。
彼女たちが心配してくれた。
「何よ、このごろ元気ないじゃない」
今から思えば40代の終わりなんて、まだ青春時代で
あった。今日から七十七歳か。少しは大人らしく
しなくっちゃな。
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喜寿のお祝いですね。
(数えだと昨年だったのかしら?)
実はパパゲーノさん、私の母と同い年。
いつまでもお元気で、ご活躍を期待しております。
七十七歳になっても、何の変化がありません。同年のお母様のご健勝をお祈りします。