何も銑十郎元帥
架空戦記。
というIF歴史改変小説と評した方が的確かもしれません。
何せこうした作品では戦争はお約束である上に戦闘描写を掲載するのは必然ですが、
最初から今に至る最後まで政治、外交ターンで辛うじて戦争があっても終わった後の描写。
という徹底ぶりで、
派手な戦闘も特になく(何せ戦車の「せ」も出てこない)
飛行機の「ひ」は辛うじて空軍設立を検討云々で出ただけで、
よく転生系SSで出てくる品質改善やら技術革新による先取り云々もまったくありません。
このようになろうに掲載されている小説としてかなり異色でありますが、
当時の日本の政治状況、政党に選挙といった七面倒臭い案件をきっちり丁寧に書いてあり、
それが戦争、あるいは戦闘シーンがなくとも読み手に対して十分すぎる説得力を与えています。
特に自分が感心したのは以下のやり取りです。
「渡辺総監、私はね。空軍には陸軍の言う事を聞く存在でいてほしい。
つまり統制を求めているのだ。時期はともかく、将来的には陸・海・空の三軍体制になるだろう。ここまではよいだろうか」
「当然ですね」
「…しかしだな、ここで問題が出てくる…今の憲法のどこに、空軍の存在が書かれている?」
「あっ」と寺内が声を上げ、あわてて周囲を見渡すと声をさらに潜めた。
「大元帥たる天皇陛下が陸海を統帥する。
ならば空軍だけが統帥権の枠外だとでもいうのか。
これはいかにも都合が悪い。
バロン・滋野を考えてみればわかるが、戦闘機乗りには、陸海のそれとは違う独自の気質がある」
「法的に問題なしという結論が出たとしても、納得はせんだろうな」
寺内が渋い表情で自分の頭をなでた。
あえて空軍のみを名指しで違憲と言う馬鹿もいないだろうが、
同じ命を書けるのに自分達だけが書かれていないとあっては面白くはないだろう。
天皇機関説問題で批判を受けた渡辺は「その問題には触れたくない」といわんばかりに腕を組んで黙り込んでいる。
それを見て林はさらに続けた。
「とりあえずは航空総監という形で様子を見ようと考えている。
跳ね返りの戦闘機乗り上がりの幹部を抑えられるのは、東條ぐらいのものだろう。
無論、将来的な空軍創設を取りやめたわけではないというのは理解してもらいたい」
「しかし、型にはまらないからこその戦闘機乗りではないのか?
東條流のやり方は航空部隊の実力と士気をそぐことになっては、本末転倒ではないか」
「陸軍中央の意向に従わない空軍こそ、意味がないのだ。
海軍の連中を包囲して国防方針の策定や軍事作戦において陸軍の主導権を確立するという当初の目的にも反する…ということではどうだろうか?」
あえて「陸軍の利益」を前面に打ち出す林に、寺内は一も二もなく賛成を表明し、
黙り込んでいた渡辺は苦笑いを浮かべた。この男、いつの間にこんな立場の使い分けが出来るようになったのやら。
「陸相…いや、総理。つまり貴方は将来的に憲法改正を視野に入れておられるのか」
渡辺の問い掛けにぎょっとした表情で目をむく寺内とは対照的に、林はにこやかな表情で髭をねじるだけであった。
もしも空軍という独立軍を新たに作れば、
陸海軍のみを対象とした明治以来の憲法の範疇から外れた存在になり、
それが天皇機関説と同様に政治問題として国家を揺るがしかねない点となりうるという指摘。
さらにそれを踏まえた上で神聖不可侵と化した明治憲法の改憲を考えるなど普通のドンパチだけの架空戦記では思いつかない話です。
そこに至るまで少なくとも「戦記」を読み込みだけでなく戦前の「政治文化」を詳しく読み込む必要があるのですから。
ぜひ見てください。
余談ですが作者の言葉を借りれば史実日本で内閣を作ろうとすると、
・厄介なのは陸軍だけだと思った?残念、内務省も一筋縄じゃ行かないんだよ。
・なお外務省と海軍さんにも魑魅魍魎がいっぱいなんだなこれが。陸軍以上の●ガイだっているらしい。
・商工省や農林省は、「私有財産?なにそれ食べ物?」という母なるモスクワの本家が裸足で逃げ出すアカから、
「国なんてなくてもいいんだよ」という米帝真っ青の自由放任論者まで多種多様な人材を取り揃えております。
・そして結局は財布を握る嫁さんと大蔵省主計局には勝てないんだなこれが。
・政党政治は崩壊したけど、政党は健在。
社会主義政党から国粋主義政党まで多種多様!
彼らの後ろには国民がいるから無視したらえらいことになるよ!
そして議会でごねたら予算案一つ通らないんだって。
・社会主義かぶれの新聞や知識人は一年中悪口しか書かないし、言わないぞ!
・経済界には米帝自由主義全盛時代以上の環境で勝ち残ってきた怪物がわんさかいるよ!
(なんせ独占禁止法も労働三法もない時代)増税?ハッハッハ!…あ?もしもし政友会(民政党)さん?
ちょっとこっち来てくれる?(ほんま財界は伏魔殿やでぇ…)
・さあ、君もこれらを全て踏まえたうえで、好きな内閣を組織して第2次世界大戦に臨もう!
というムリゲー(白目)状態だそうで・・・。
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