おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「FUTON」 中島京子

2011年08月15日 | な行の作家

FUTON 中島京子著 講談社文庫  

 

 この小説、相当、面白そうな空気が充満している。しかし、悲しいかな、私は田山花袋の「布団」を読んだことがない!!! 花袋の「布団」を読んだ人だけが共有できる「めちゃめちゃ、スゲー小説!」という知的興奮を味わえないことが、なんとも口惜しく思えてくる。

 

 登場人物が多く、ストーリーはかなり複雑。ベースとなっている花袋の「布団」は、弟子として預かっている女学生に恋い焦がれ鬱々とする、いじけた中年文筆家の情けない日々を描いたもの。師匠の気持ちを知ってか知らずか、女学生は同世代の男との恋にまっしぐら。紆余曲折を経て、恋破れた中年文筆家が、女子学生が去った後に、彼女が使っていた布団に頬を寄せ、さめざめと無くという、ストーカーチックな結末。(だそうです)

 

 で、「FUTON」は、アメリカ人の日本文学研究者であるデイブ・マッコーリーが花袋研究の過程で執筆している、「布団の打ち直し」(リライト小説にこのタイトル付けたことからして秀逸!)という小説が一層をなす。これは、「布団」という小説を、文筆家の妻の視点で書き直す試みで、いじけたアホ亭主を、リアリスティックな女の目で冷徹に分析しちゃうという趣向。「布団」と「FUTON」の二枚重ねだけでも相当、面白い。

 

しかし、それに加えて、研究者としてのデイブ・マッコーリーは情けない男を妻の視点で描いているのですが、恋する男としてのデイブ・マッコーリーはいじけた中年文筆家と何ら変わるところのない情けない男。大学の自分の講義を聴きにきた黒髪美しい日系の女子大生エミに恋い焦がれ、耽溺していく。同世代の日本人と恋仲になり、日本に行ってしまったエミを追いかけ、デイブ・マッコリーは東京へ 。と、「布団の打ち直し」を書いているデイブ・マッコーリーも、自ら、「布団の打ち直し」をしているという三層構造になっている。

 

 だけではなく、さらに、エミの曾祖父ちゃんを登場させることで、100年前も現在も、恋する男は純情でかつ情けなく、女はしぶとく逞しいという、時代を超えた真実を浮かび上がらせている。70歳になって家業の蕎麦屋をたたみ、ラブウェイ(って、多分、サブウェイのことだよね?)のフランチャイジーになったエミの祖父ちゃんも脇役としてめちゃめちゃ良い味を出している。

 

 かえすがえすも、花袋の「布団」を読んでいないのが残念でした。「布団」を知っている人には、知的な遊び心が面白くてたまらないだろうなぁ。

 

 ちなみに、この作品が中島京子氏の処女作だそうだ。最初からこんなスゴイ作品を書いている人って、いったい、この後、どんなふうになっていくんだろう。直木賞受賞作の「小さいおうち」も読んでみたくなりました。

 



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