おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「文楽春巡業」 昼の部

2010年03月21日 | 文楽のこと。
文楽春巡業 昼の部

秋巡業と演目は同じで配役違い。昼の部は「卅三間堂棟由来」と「本朝廿四孝」。「卅三間堂」の実直なお父ちゃんの平太郎は玉也さん。私にとっては、玉也さんが悪役ではないお人形を遣われるのは初めてかも…。でも、なぜか、玉也さんが使われると、ただの実直なお父ちゃんではなくて、躾に厳しい厳格な父親に見えるのが不思議です。

「廿四孝」は色々な意味で注目の演目。「これを見たくて、春巡業に参戦した」-と言っても過言でもないぐらい。って、私は、天邪鬼でしょうか???

文雀師匠の八重垣姫、やっぱり、私的にはキツかったです。以前から、足腰が弱っていることは目に見えていました。勝頼を愛するがあまり、狐に化身してまで凍った湖を渡っていく八重垣姫。「化けて出る」って、物凄いエネルギーだと思うのです。弱々しい文雀・八重垣姫からはそのエネルギーが感じられなかった。

実際の人生では、化けて出るほど誰かを愛したりも、憎んだりもしないフツーの人が物語の世界に引きずり込まれて、束の間の非日常を体験する。それが演劇の魅力であるとすれば、奥庭狐火の段を、こんな冷めた気分で見ていてはいけないのです!

それでも、演じ続けたいという情熱は素晴らしいと思います。でも、大衆芸能は演じる人のためにあるのではなく、観客のためにあると思うのです。

一番、シュールだったのは、咲甫さんの伸びやかな声が「ハッと飛びのき」と響いたところで、八重垣姫がヨロヨロしながら、ようやっと移動する場面。別の意味で、泣けてきました。咲甫、清志郎、龍爾、寛太郎というネクスト・ジェネレーションの床は、荒削りながら、それでも、フレッシュで勢いがありました。だからこそ、余計に、八重垣姫の老いが痛々しかった。

改めて、世代交代という言葉を考えさせられる公演でした。