おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「雨にも負けず粗茶一服」 松村栄子

2008年09月07日 | ま行の作家
「雨にも負けず粗茶一服」 松村栄子著 マガジンハウス (08/09/07読了)

 相当昔(中学生の頃)に読んだ「いつもポケットにショパン」という漫画をふと思い出しました。主人公はピアニストの卵の季普ちゃん(本名はトシクニだけど、音読みのキシンちゃんが愛称)。作者は完全に忘れているし、子細のストーリーもあまり記憶にはないのですが…音楽学校(音大だったかな~?)に通っている主人公たちがいかに音楽に向き合うかというのがメインテーマ。突き詰めていうと、音楽とは特別なものではない。ピアノを弾くために、手を守るために、料理も何もせずに俗世と隔絶した生活の中から人の心を動かす音楽が生まれてくるのではなく、本当の音楽とは、普通の生活の中にあって、人を楽しませ、喜ばせるものだ-みたいな内容でした。

 「雨にも負けず粗茶一服」の遊馬(あすま)クンも、きっと、同じ結論に行き着こうとしているのだと思います。遊馬クンは、武家茶道・坂東巴流のお家元の長男。しかし、なんとなく家を継ぐのは鬱陶しく、京都の大学で勉強してこいという親の言いつけを無視して、予備校の授業料で自動車の免許を取り、大学受験に行ったフリして横浜にドライブと、やりたい放題。浪人中に小ウルサイ親から逃げるように、旅に出るバンド仲間にくっついて家出。転がり込んだ先は京都の畳屋。そこでめぐり合った人々を通じて、遊馬クンは、逃げてきたはずの茶の道に再び導かれていくのです。

勝手に異常に高い期待(参考にさせていただいている読書ブログでとっても評価が高かったので)を抱いていたほどではありませんでしたが…なかなか、面白かったです。私にとって、未知の世界である茶道の世界がとっても、興味深く思えました。今まで、お茶というと、なんとなく、ちょいお金持ちのお嬢様・奥様方がキレイな晴れ着を見せびらかすお茶会のためのものという思い込みがあったのですが、やはり、“茶道”と“道”が付くだけに、本来は、チャラチャラしたのとは程遠い世界。茶室の掛軸、茶器、茶菓、お花には、それぞれに意味があり、客人を思いやる心、季節をめでる心、歴史の知識などがあればあるほどにより楽しく、よりおいしくいただけるというもののようです。

遊馬クンがお家元である父親に宛てた手紙に書かれた詩の一節が物語の締め括りとなっているのですが、この詩が、本当に素晴らしい。ああ、私は、この一節を読むために、この物語を読んできたのだと、納得の行く、心洗われる文章です。ただ、途中、ちょっと散漫だったかなぁ-という気がしないでもないです。登場人物多すぎ、エピソードも、もうちょい絞り込んだ方がよかったのではないかなぁ。もともとは新聞連載小説ということで、どうしても、回数の誓約も含めて難しい点はあったのでしょうが。427ページの大長編でしたが、100ページ圧縮したら、もっともっと心に残る素晴らしい小説だったように思えてなりません。