大前研一のニュースのポイント

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日本の変革期を担う若者の活躍を期待したい

2009年06月30日 | ニュースの視点
収賄罪で起訴された鶴岡啓一前市長の辞職に伴う千葉市長選は14日投開票され、民主党が推薦する無所属新人の前市議、熊谷俊人氏(31)が初当選した。

投票率は43.50%で、2005年の前回選挙を6.30ポイント上回る結果となった。

今回当選を果たした熊谷俊人氏は、NPO法人・政策学校の「一新塾」の出身。06年5月から1年間「一新塾」に所属し、政治活動についてきちんと勉強しているというのは、評価に値する点だろう。

実際、熊谷氏が「一新塾」で学んでいたということが、いくつかのマスコミでも取り上げられており、まじめに政治について研鑽を積んでいたというアピールポイントになっているようだ。

「一新塾」は「理想を語り、 政策を論じ、自らが行動し社会創造のプロセスに参加してゆく『主体的市民』を作る」ということを目的に、1994年私が創設した。現在、組織自体はNPO法人として活動している。

これまでに国会議員5名、現職の地方議員67名を輩出している実績は、客観的に見ても評価に値すると感じている。

「一新塾」出身者は創設から15年間で3000名を超えるほどになっている。さらにこの3000名の中から、熊谷氏のような若い世代が活躍してくれることを、私は大いに期待している。

31歳という全国で最も若い熊谷氏の市長当選を受けて、明治維新の頃活躍した「人材」について考えさせられた。

明治維新を先導し、日本を近代国家へと導く変革を成し遂げた人たちの多くは、20代という若さだった。

例えば、1860年に日米修好通商条約の批准書を携えた遣米使節に随行した咸臨丸には、福澤諭吉など、後に日本の発展に大きな貢献をした人物も乗船していた。

私はどのようにして、当時の為政者が日本の近代化を担う「人材」となる若者を見つけ出したのかという点に非常に興味を持った。

1860年の時点で20代の若さだったと言うことは、おそらく10代の頃には頭角を現していたような人材だったと思う。

そうでなければ、咸臨丸へ乗船して渡米するという国家の将来を担うであろうプロジェクトに参加することは許されなかっただろう。

そのような稀有な人材をいかにして見つけ出すことが出来たのか? その人材選定のノウハウが何かドキュメントとして残っているものはないか? いくつか探してみたのだが、残念ながら見つからなかった。

この150年の歴史を紐解いてみると、日本が大きく変革する時代には、20代の若者が大きく活躍している。

松下幸之助氏や本田宗一郎氏なども、20代のうちに起業し、30代の頃には、すでに組織の骨格を作り上げて固めることに成功している。

日本の場合には、これまでの150年間で2回の大きな変革期を体験したと言える。

3回目の機会はITバブルの崩壊で空振りに終わり、残念ながら上手くいかなかった。

今、「一新塾」出身者を見ていると、30歳前後で積極的に手を上げて、どんどんと活躍の場を広げていこうとしている。

そんな彼らの活動を見ていると、本当に私自身「一新塾」を創って良かったと感じている。

千葉市長に当選した熊谷氏は、千葉都市モノレールの社長公募の検討をするなど、色々と新しい試みを始めているようだ。

ただ、事情が厳しい千葉市には取り組むべき問題が山積している。それらの問題解決の任に堪えられるかどうか、当たり前だが、これからが熊谷氏の真価を問われる時だ。

熊谷氏の手腕に期待したいしつつ、今後の動向を注目していきたいと思っている。

6 コメント

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福沢諭吉 (wadach1)
2009-06-30 14:19:48
日朝秀宜(日本女子大学附属高等学校教諭)氏がどのように福沢諭吉が中央政権と関係を持ったかを記載されておりますので参考までにLinkをお送り致します。

http://www.keio-up.co.jp/kup/webonly/ko/fukuzawaya/5.html

当方44歳ですがまだまだ若いもんには負けん、の気概でがんばりたい所存です。
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イイネ若いね! (ちゃっぷんこ)
2009-07-01 07:44:22
私はもう十年以上大前ファンをしております。先生の著作もほとんど読んで、先生の実姉の著作も読まして頂いております。そんな私ももう35歳、最近思うのは、もうこの国は救いようが無いんじゃないかということ。バカは死ななきゃ、といいますが。この国も三等国ぐらいにならないと、国民も気付かないんじゃないですか?そんな私はさっさと金貯めてさっさとシンガポール辺りに家族と移住したいと思っております。大前先生は二十年以上日本のため活動されて、負け戦も何度も経験されてこられ、それでもまだこの国のために行動しようという気力にはただ頭が下がるばかりです。金もある名声もある先生のような人なら地中海でヨット浮かべて遊び暮らしていけるのに、私財をなげうって参議院選挙に出馬されたり、金にもならないような本かいたり。本当に国民栄誉賞もんですよ。定額給付金ニ兆円配るのに800億円なんて話を聞くたびに、腐ったメディアや官僚、政治家に蝕まれ、この国の凋落はもう止められないとの思いが日々、確信に変わってきています。
今の自分は仕事と試験勉強と子育てで政治的な活動は何もできませんが、今度の衆議院選挙では何か起こる事を願って止みません。
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馬鹿がみる猿のケツ (猿のケツ)
2009-07-02 14:29:43
今の日本の停滞感、斜陽の国を覆う諦めムード。 明治維新の時は、ヨーロッパの列強を目指し、戦後はアメリカを目指し。今は目指すべき国はどこにもないですね。自分たちで新しい国の形を模索することは苦手。というよりモノまねしたものを改良することは得意でも、自分たちで全く新しいことを発明するのは苦手なのよ。日本人は。
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福澤諭吉 (牧兼充)
2009-07-03 12:00:37
確かに為政者たちがどう若者を見つけたかは興味あるテーマですよね。ただ、福澤諭吉が咸臨丸に乗りこんだときは、本人はそもそも政府から声がかかった訳ではなかったけれども、どうしても乗船したくて、ありとあらゆる人脈を駆使して、通訳か何かの立場で乗り込むことができた、という風に記憶しています。

為政者たちがどう人材を発掘するかと同時に、どれだけ福澤のように無理やりにでも道をこじ開けていく若者がいるか、ということも大事なんだろうなと思いました。
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人材発掘は大事ですよね (不動産ブローカー)
2009-07-22 00:45:33
 東国原氏の回も今回も政治はプロがやるべき!
という趣旨は賛同します。
 熊谷氏が当選したのは彼のビジョンが市民に理解されたからでしょうか。公職選挙法に従って選挙運動をすれば、積極的に政策を知ろうとしている人以外に政策を伝えることは不可能です。
 〝06年5月から1年間「一新塾」に所属し〟
とありますが、市長になるための修行期間としては驚くほど短いですよね。市議の期間も加えればもう少し長くなりますけど。
 今の日本でこうゆう国にしたいといった青雲の志を持った人を発掘するのは無理でしょう。「首相になりたい」とか野望を持った人を探すのに困難はありませんが。(東国原氏のことだけを言ってるわけではないですよ)
 コンプライアンスを法令順守と訳す社会ですよ、国でも自治体でも企業でも自分たちのあるべき姿を思い描いて行動してる人なんてそう何人もいないですよ。
(英語で言った場合後者の意味でしか使いません)
 選挙がある以上誰か当選するわけですから、それがとんでもない人でないことを願うだけですよ。


 
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ma japon a moi (pierre)
2009-07-23 12:30:25
初めまして。サイト運営者さんのタイトルを読みながら、明治期はさておき、今なら「若者」って何歳ぐらいを想定しているのだろうかと思った。
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