見てはいけないものを見てしまった。
96歳のタダシが
亀の歩みで車椅子を走らせていた。
のろのろ、のろのろ。
その先にある自分の部屋まで
いったいいつになったらだどりつくのだろう。
そこへ車椅子のユウコが登場。
食堂から出てきた彼女はタダシの車椅子の後ろに着く。
進む方向は同じだ。
廊下はそれほど狭くないから追い越せばいい。
しかしユウコはタダシの車椅子にピタリとついて
追走している。
ユウコはほとんど耳が聴こえず
そのせいで、誰とも会話をしない。
唯一のコミュニケーションツールは穏やかな笑顔。
そんな女性だ。
その彼女がわざわざタダシののろのろ走行の後ろにつき
やがて、思わぬ行動に出た。
背後から思い切りタダシの車椅子の車輪を蹴飛ばしたのだ。
遠くから事態を見守っていた私は
大慌てで現場に急行。
タダシの車椅子を押して部屋まで連れて行った。
どーしたの? 何があったの?
と、タダシはワケがわからないようだったが…。
恐るべし、ユウコ。
沈黙と穏やかな笑顔の裏に、彼女は凶器を孕んでいる。
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