
昨夜が雨だったことをようやく思い出した。夕方から湯豆腐で杯を重ねているうちに、どうやら適量を超えてしまったようだ。まだ確定したわけではないが、人を案内して入笠へ上がる計画があり、その打ち合わせなども兼ねていたため、つい酒量が嵩んだ。
入笠の雪の目安は、反対側の西山、就中経ヶ岳を眺めて判断している。昨夜降ったのが雨なのか雪なのか、多分雨だったろうと思いながら家の西裏に行ってみると、ぶ厚い雲の裾の辺りからたっぷりと雪を被った山腹が見えていた。やれやれである。
歴史上の人物で特段に人気の高いのが織田信長らしい。勝者の歴史とはいうものの、これはいくら何でもあまりにもおかしい。彼によってどれほど残虐悪行の数々が行われたか、かの国のちょび髭の独裁者が犯した狂気の罪過ほどには語られないのが幸いしているのだろう。加えて、その信長と言えば決まって使われる彼の肖像画、あの凡夫然としたのっぺり顔からは、とても数々の極悪非道を想像することは難しい。しかし、実際の顔とあまりに違っていたならあの気性、破り捨ててしまっただう。それどころか、下手をすれば絵師の生命が危なかったかも知れない。ということは、信長公認ということが考えられるが、それともあれは彼のあずかり知らぬ絵なのか。それと比べて、秀吉や家康の顔は、あの通りだったろうと無理なく思える。
それにしても、天下統一を果たした真の覇者がタヌキ顔の家康でなかったなら、どうなっていただろうか。歴史に「IF」は禁物だと言われているが、もしも織田信長の治世が続いていたとしたなら、狂乱は絶えず、戦乱は繰り返されていたかも知れない。そういう怖ろしい時代の流れを変えたのは、他ならない明智光秀の功績だと言ってもいいように思う。
先日、歴史の語り部的存在だった半藤一利が亡くなった。氏は海軍に甘く、陸軍には辛かったと言われるが、確かに山本五十六への評価に比べ、当然とはいえ東条英機に対しては厳しかった。東条は一国を統べるには相応しい人物ではなかったかも知れないが、身近な人の語る人物像は概して悪くない。一方の山本は、真珠湾奇襲が成功したことにより、以後彼や彼の信頼厚い連合艦隊主席参謀・黒島亀人の立てる作戦には誰も口を挟めなくなり、ついにはミッドウエイでの大敗北を招いてしまったと、どこかで読んだ記憶がある。端厳実直そのものの風貌ながら、愛人ともいうべき女性の存在も分かっている。
どうやら、武人とか軍人と呼ばれる人は、死すべき時に戦場で死ぬべきで、死に損なうと汚名を着せられてしまうという例だろうか。
末広さん久しぶりです。たまには目を通してくれているのですね。有難い限りです。赤羽さんそうですか、いい春が来そうじゃないですか。それにしても相変わらずの行動力、空海への心服には脱帽です。本日はこの辺で。