なんでしょ? これ。
じつはこれ、「ぬえ ぬいぐるみ」と申します! なんとっ、ぬえはぬいぐるみになっていたんですか~~(*^_^*) 先日 伊豆に行ったときに無理を言って頂いてきてしまいましたっ(^^)V
なぜ伊豆に「ぬえ ぬいぐるみ」があるのか? というと、これが長~い話なんです。
ぬえ…いや鵺は能『鵺』にもある通り近衛天皇を悩ませた怪物で、源頼政によって退治されたのは『平家物語』でも有名な話。でもその話は都での事件であるはず。…じつは頼政の愛妻として『源平盛衰記』などに描かれる「菖蒲前(あやめのまえ)」が、ここ伊豆の長岡・古奈地区の出身という伝承があるのです。
『源平盛衰記』に書かれているのは「頼政は鳥羽院に仕える菖蒲前をひと目垣間見て一目惚れをし、文を送り続けたけれども返事がない。そうしているうちに三年の月日が経ち、あるときその事は鳥羽院の耳に入ることになった。鳥羽院は頼政を試そうと菖蒲前によく似た年齢・美貌の女御を集めて菖蒲前とともに立たせ、頼政に思いを掛ける菖蒲前を選び出せ、と言った。頼政は赤面して<五月雨に沼の石垣水こえて何かあやめ引ぞわづらふ>と、いずれもの美貌に選び出すことはできませんと歌を詠んで返答した。院はこの返答に感動して涙を流し、みずから菖蒲前の手を取って頼政に賜った」というもの。
ここから先、つまり「菖蒲前」が伊豆出身というのはどうも史料には乏しいようですが、それでも『源平盛衰記』には頼政の嫡男・仲綱はこの菖蒲前の子とされていて、その仲綱は伊豆守でしたから、あながち伝説とも言い切れないのかも。余談ですが仲綱といえば平宗盛が仲綱の秘蔵する名馬を欲して叶わず、ついに権勢にものを言わせて奪い取り、ところが供出を惜しんだ仲綱の振る舞いを憎んだ宗盛が奪い取った馬に「仲綱」と名づけて愚弄した、と『平家物語』に書かれてあって、これが平等院で頼政が討ち死にする以仁王の乱の原因のひとつとされているのも有名で、なかなか複雑な人間模様が彼らを取り巻いているのでした。
ともあれ伊豆では「あやめ御前」として地元のヒロインとなっているわけです。当地では「あやめ祭り」や。。そうしてご相伴にあずかった形で「ぬえ祓い祭り」も毎年盛大に執り行われていまして、どうもこの ぬいぐるみも鵺に関連した過去のイベントの中で作られたもののようです。
がしかし!『平家物語』に描かれる「頭は猿、尾は蛇、足手は虎」という鵺の姿をここまで忠実に再現した ぬいぐるみが存在していたことにまず感動!
後ろ姿に注目! ちゃあんとシッポがヘビになっています。ああ~ ぬえってヒーローなのねえ(←違)
。。ちなみに ぬえというハンドルは ぬえが能『鵺』を舞ったときにつけたもの。
当時は「頭は猿、尾は蛇、足手は虎のごとく」という謡曲の表現に「ををっ、カッコイイじゃん!」と思ったものでしたが、後日 よくよく『平家物語』を読み返してみたら。。謡曲にはこの表現が抜け落ちていました。。
「お腹はタヌキ」
。。(×_×;)
「鵺」という怪物の成り立ちは吉凶禍福に関係ある東西南北の各中間方向、
鬼門に当たる北東(丑寅)を「とら」、辰巳は「み」、
という風に略して当てはめていくと「虎・蛇・猿」という具合に鵺が出来上がり、
最後に残った猪は「猪の早太」で頼政の介添役として鵺退治をした役目ですから、
結局四隅を鎮定する意味になる、・・・と、佐野巌先生(宝生流)著、「うたい難語句読本」にあります。
伝説の鵺も実態の怪物ではなく全くぬえ式な話。
しかし、「たぬき」は一体どうなるんでしょうね;^_^)・・・。