ぬえの能楽通信blog

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扇の話(その17) ~どの鬘扇? なぜ修羅扇?<8>

2008-02-28 00:49:47 | 能楽
それで、扇。(;^_^A

。。でも、ぬえはここに至って、扇や装束の解説の例に『葵上』を選んだのは失敗だったかなあ。。と思っていたりします。『葵上』でシテが使うのは「鬼扇」と決まっていて、ぬえが言いたい「シテが使う扇も、じつはそれほど厳密に決められているわけではない」という趣旨の例題としては不適切だったんです。。

ま、今回は『葵上』の話題のついでに鬼扇にも言及して、それからほかの扇について考えてみることにしましょう。。

鬼扇というのは赤地に大きな一輪牡丹の図を描いた扇で、「鬼」と言っても鬼女専用、それも事実上『葵上』と『道成寺』の前シテにしか用いられません。曲目の選択肢が狭いことでは扇の中でも屈指でしょう。ああ、やっぱり『葵上』を選ぶんじゃなかった。ちなみに『道成寺』ではご存じの通り前シテの間だけこの鬼扇を使い、後シテは打杖を持っていて扇は使いません。また『葵上』ではやはり後シテは打杖を使うのですが、ワキに調伏されたあとのキリの部分で再び鬼扇を持ちます。もっとも『葵上』のキリでは扇は使わずに打杖のままでも良いことになっていますし、また小書がついた場合は打杖のままで扇は使いません。

それと、鬼扇には「替エの鬼扇」というものがある、のだそうです。赤地に金の座をいくつも置いて、その中に草花の図を描いたものなのですが。。ぬえはこれは本に載った写真を見ただけで、実際に使われているのを見たこともないし、師家にもあえて「替エの鬼扇」とされた扇もありません。そういう扇がある、という事を ぬえは本で読み、写真でその扇を見ただけだから、決定的なことは言えないのですが、その図柄の扇といったら。。それは『猩々乱』だけに用いられる「乱扇(みだれおうぎ)」にしか。。ぬえには見えなかった。いや実物があるとすれば、実際には「乱扇」とは細かい点で違いがあるのかも知れませんが。。ナゾがナゾを呼ぶ。

なお、やはり「鬼扇の替エ」と言ってよいのでしょうね。『道成寺扇』というものがあります。もちろん『道成寺』の前シテで使う専用の扇ですが、何のことはない、表側は普通の鬼扇とまったく同じ赤地一輪牡丹図で、裏面が一輪牡丹の図は同じながら、赤地ではなく金地で作った扇を言うのです(これも ぬえのサイトに→画像を載せてありますのでご覧下さい)。

この扇、『道成寺扇』と呼ばない能楽師も多いかもしれません。。やはり鬼扇の図柄の替エ、バリエーションと言った方が内容としても近いかもしれませんですね。いずれにしても『葵上』で使うのは ちょっと仰々しすぎる、というか、やはり『道成寺』で使うのが適当だと思います。

ちなみに上記の ぬえのサイトに載せた画像は、ぬえが『道成寺』を披いた時に自分で新調した扇なのですが、上演の際に使う時にはちょっとした苦労がありました。扇って、閉じた状態で右手に持つと、その外側。。つまり見所から見えるのは扇の裏面の部分なんです。わかりますでしょうか。。仕舞などで使う鎮メ扇ならばそれほど気を遣わなくてもよいのでしょうが、能で使う中啓は閉じていても末広がりに造られているため、裏面の、まあ描かれている図柄は定かには見えないでしょうが、地色だけはハッキリとわかります。そのため、この「道成寺扇」を右手に普通に握ると、扇の裏面の金色の地紙が見所から丸見えになってしまうのです。「あ、扇が金色だ」というように。。

やはり「鬼扇」は赤地に見えないと。『道成寺』で扇を拡げるのは急之舞の途中からですから、それまでずうっと金色の地紙を見所に晒しておくのは、ぬえには違和感がありました。鬼扇はいつものように赤地に見える。ところが急之舞の中で扇をパッと拡げると、片面が赤地、もう片面が金地の対照的な扇だったことが初めてお客さまの目に入る。。こういう演出があってはじめて地色変わりの扇も生きてくる、というものでしょう。

そこで ぬえは、前シテの登場から扇を裏返しに持って出たのです。赤地が外側に見えるように。そして、急之舞の中で、サッと一瞬で扇の裏表を返して持ち直して、そして扇を拡げました。ヘタをすれば扇を裏がえしのまま舞う事になってしまうのですが、当日は無事に持ち直すことができました。急之舞の、あの怒濤の速さの舞の中で扇を持ち直すのは とっても心配でしたが。。『道成寺』は「百日稽古」と言われますが、扇を拡げる場面でも失敗は万が一にもないように、それはもう何度も、何十回も、稽古はしました。あ~結果が出せてよかった~(T.T)


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