鼠丼

神の言葉を鼠が語る

<734> 久しぶりに緑の電話を使う人を見たので

2019-04-01 18:33:27 | 日記
 毎度!ねずみだ。

 新元号が「令和」に決定したとの事。まあどうでも良い。職場でぎゃあぎゃあ騒いでいるが何が楽しいのかさっぱり解らない。

 さて、先日の事。新宿で奥さんと待ち合わせする。京王デパートの1階のファンケルで待ち合わせだったのだが、案の定着いてみると奥さんは店員さんに化粧してもらっている。結局買わされる羽目になるだろうが、まああまり無駄遣いをする人ではないので、こんな時くらい見て見ぬふりを。声をかけるのもどうかと思い、化粧が終わるのを待つことに。

 ファンケルの隣は出入口になっており、老若男女国籍を問わず足早に行き交う。そんな様と化粧を施される奥さんの後姿を交互にぼーっと眺めていた。
 
 一人の爺さんがゆっくりゆっくり目の前を通り過ぎる。手にはポリ袋がぶら下がっている。反対の手には杖と紙袋。せわしなく行きかう人たちの中でゼンマイが切れかけたようにゆっくり歩いている。年のころなら80位か。ウチの父親と同年代だと思われる。
 彼は公衆電話の前に立ち止まると、持っていた杖と紙袋をどこに置いたものかしばし逡巡している。どうやら電話をかけようとしている。公衆電話を使う人を見るのは久しぶりだわい、と思いつつ見るとはなく見る。老人はポケットから取り出した小銭入れからコインを取り出し、ゆっくり投入口に入れた。

 続いて受話器を外しそばに置くと、おもむろにボタンを押し始めた。なんだか嫌な予感がする。案の定ボタンを押し終わって受話器を耳にあてるも、通話音が聞こえないようで何度もボタンを押したり受話器のフックをガチャガチャやりだした。受話器を置くもコインが出てこない。飲まれたのだ。受話器をはずしたままボタンを押しているうちにどこかに繋がってしまい、フックを下げた瞬間終了。おそらくそんな感じだろう。
 老人はしばらくあちこち公衆電話を押したりコインの取り出し口をガチャガチャ言わしたりしていた。まあ公衆電話はそんな事でコインを吐き出すはずもなく、彼は暫く途方に暮れている。
 やがて彼は周囲を見回し、店内に入るとファンケルの店員を連れて再び公衆電話に戻った。話を聞きながら、明らかに店員は「あー、面倒な奴につかまった。」というような顔をしている。「すみません、公衆電話はデパート側の管理となりますので総合案内所にお願いします。」とよく分からないことを言っているのが聞こえる。
 
 こりゃだめだ、と思い二人の間に割って入る。店員に「この人はこれこれこういう訳でコインを飲まれてしまったんだ。」と説明し、返す刀で爺さんに「ボタンを押しているうちに飲まれちゃったんだよ。あきらめた方が良い。」と話した。
 ポケットをまさぐると10円玉が3枚と100円玉・500円玉がそれぞれ1枚出てきた。普段小銭を持ち歩かないのだがたまたま出かけた先で小銭のお釣りがあり、そのままポケットに突っ込んでおいたのだ。

 10円玉を3枚放り込むと「電話番号は?」と聞く。爺さんの言うとおりにボタンを押すもツーッという音が聞こえない。すると店員が「都内にかける時も03と入れる必要があります。」などと今さら教えてくれた。なるほどそれを早く言えと思いながらもう一度10円玉を入れなおし03と押し始めると、今度は呼び出し音が鳴っている。「ほれ、繋がったよ」と受話器を爺さんに渡して、ファンケルの店員に「すみません、ご迷惑をおかけしました。」と謝る。なんで俺が謝る必要があるのか、と思いながら。

 爺さんの話し相手は奥さんだろうか、「今京王でおかずを買ったからこれから帰るよ。」というような内容の短い会話を数回交わした後、受話器を戻した。3枚投入した10円玉は2枚になって戻ってきた。すみませんすみませんご迷惑をおかけしました、と繰り返す老人に「いあ、公衆電話は普段使わないと分からないよね。10円はおごりだよ。」とやや大きな声で返す。ウチの父親が耳が遠いせいで老人と話す時に自然と声がでかくなってしまう。
 いやいやそれはダメだ、と爺さんは小銭入れの中から50円玉を出して押し付けるように手渡される。そして何度も頭を下げてヨチヨチとその場を離れた。

 その話をとっくに化粧が終わって興味深げに見ていた奥さんに説明したら大喜びしている。

 爺さんに親切にしたら10円玉が50円玉になったよ。

 じゃ。